俳優・佐藤 輝 -5

あそびごころの
佐藤 輝の世界 俳優・佐藤 輝 - 5
2004年4月〜8
 
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2004年4月〜8月

『ハルウララ』高知ロケ初日 

 台風15号に続いての16号。被災された皆さんに心からお見舞い申し上げます。

 8月29日、『ハルウララ』高知ロケ初日は競馬開催日に合わせた馬券売り場の1シーンのみの撮影となって飛行機で日帰りした。
 その朝、小雨模様の東京は涼しいと言うより肌寒く、長袖のシャツに薄手のジャンパーを羽織る。
 台風16号がゆっくりと九州を目指して北上中、ひょっとして帰りの便は欠航するかも知れないと泊まりの着替えまで持参して出発した。
 三浦半島から相模灘にかけて少し揺れたもののその後は順調フライト。だけど雲間から見える黒潮には、次々と寄せる大きなうねりの中に白い三角波が闇夜の風花のように散っている。

 空港からロケ隊の基地になっているスポーツパレス春野に向かう途中、月の名所の桂浜に続く海岸道路からは、土地の人がこんな大きいのは久し振りだと言う10メートル近い大波が白い壁となって崩れ落ちて来るのが見える。何とも恐ろしい自然の迫力だ。

 高知はそれにしても蒸し暑い ! ちょっと歩いただけで衣装のシャツが背中に張り付く汗。それでも森川監督はお元気で段取り良く演技の指示を出している。公私共に27年お付合いして頂いている監督と撮影現場でお仕事が出来るのは何とも嬉しい。今回の出演も、出番は少ないが、森川監督と仕事がしたくて特別にお願いして出してもらったものだ。


俳優佐藤輝 森川時久監督『ハルウララ』高知ロケ
馬券売場前でスタッフと打ち合わせをする森川時久監督(右から2人目)



 地元エキストラの皆さんの協力で馬券売り場シーンはあっという間に撮影終了。前日に陸路を東京からロケバスに揺られて高知入りし、これから1ヶ月間缶詰めになってロケ生活が続くスタッフの皆さんには申し訳ないけど、明日は大荒れと言う予報が出ている高知を後にした。

                  輝 ☆彡 04.8.31


故郷・庄内・だだちゃ豆

 帰省から5日振りに戻った東京で待っていたのはチュン! チュン! と大声で喜ぶ紅子の大歓迎の鳴き声と、可憐に咲いたオジギソウ。
 実生から育てたオジギソウは朝は元気でも夜には乾いてよれよれになっていたのに、今年の酷暑に耐えて涼しげな花を咲かせてくれていた。この花が見たくて毎朝の水やりを頑張った、その甲斐あっての感激。


俳優佐藤輝 おじぎ草


 高校卒業40周年記念会出席と故郷の皆さんへの挨拶をしに、山形・庄内平野の真ん中にある余目町(あまるめまち)に11年振りにお盆の帰省。


俳優佐藤輝 山形県鶴岡市由良海岸 白山島
家族キャンプ、海浜学校などで何度も過ごした思い出の海。由良、白山島(鶴岡市)


余目から見た出羽富士・鳥海山(2236メートル)


 余目から最上川を渡った北隣、酒田市の会場正面には出羽富士の名を持つ2230メートルの鳥海山が万年雪を白く抱き青々と気高く秀麗な姿をすっくと見せている。
 酒田東高等学校卒業40周年記念会。同期6クラスの約3分の1の100人と恩師5名が集まった。
 1次会は名古屋大学大学院文学研究科・高等研究院教授で02年にヨーロッパ中世史の研究で学士院賞を受賞した同期の佐藤彰一さんが『ポスト・ローマ研究回顧』と題して特別講演。
 会場を変えた2次会では僕の30分のアトラクション。
 『ラ・マンチャの男』と『見果てぬ夢』を歌い、『子午線の祀り』伊勢三郎義盛のセリフの一節を入れて、俳優として歩んできた40年の道のりを語った。そしてみんなで『高校三年生』『修学旅行』を合唱、気持ちと表情は一瞬にして高校時代にもどって大いに盛り上がった。僕の話を自分の40年に重ね合わせて聞いてくれた同期の仲間たちからは「感動して涙が出たよ! 」との感想。夫々に重い人生がある。


         俳優佐藤輝 酒田東高校同期 39会
                           『見果てぬ夢』を熱唱


 更にクラスやグループごとに会場を変えて3次会。宿泊を予約しておいた、今回の事務局長を勤めた佐藤幸徳クン経営の旅館『最上屋』で更に4次会。卒業以来40年振りに会えた人もあり、出始めた庄内特産「だだちゃ豆」の馥郁としたこくと甘味を味わいながら、思い出と現在を語り合って夜が更けた。


俳優佐藤輝 山形県酒田市松嶺 眺海の森 最上川 日本海
余目町の東北、松山町の『眺海の森』から日本海に注ぐ最上川を望む



 東京に帰る日、母校の近く、新田川(にいだがわ)沿いに建つ山居倉庫に出来た農家直売店に立ち寄って庄内の新鮮な野菜・果物に目を見張った。このつやつやした自然の色と輝き、そしてかぐわしい自然の匂い。試食品を食べながら「うん、うん」、噛みしめながら味の良さに感動し納得している。そして、安い ! つい「こんなに新鮮で美味いものは東京では食べられない。もし手に入れるとすればどんな値段になるのだろう」と考えてしまう。(保冷輸送が発達した今、本気でやる気になれば本物の美味さを安く供給することは可能だと思うのだが ! ! そうすれば庄内ブランドの評価もゼッタイ上る筈だ。)
 庄内は風景の美しさに加えて地元で生産収穫されるこうした農産物・海産物(鳥海山のミネラルをたっぷり含んだ伏流水が日本海に注ぐ海域で採れる岩牡蛎 ! とろりと甘く、つるりとのどを通る感触は得も言われぬ快感 ! ! 今回は5個を満喫 ! タイもくちぼそカレイも美味い)の豊富さと味の良さ。自分がこんなに豊かな土地に生まれ育ったことをあらためて認識し、それによって感性がはぐくまれたことに感謝した。


俳優佐藤輝 山形県酒田市 日本海の岩ガキ
庄内の岩牡蛎 酒田駅前・東急イン3階『ル・ポットフー』にて


 一口茄子(小茄子)もトマトも葡萄も、もちろん「だだちゃ豆」も。車に積んで心豊かな気持ちで帰路についた。

 「夏の故郷」。良い故郷の夏だった。こんな新鮮な思いを持てるきっかけを作ってくれた記念会実行委員のメンバー、一年間の苦労に心からの感謝だ。

                  輝 ☆彡 04.8.20


朝の蝉・・・。

 昨日の朝刊に嬉しい記事と、哀しい報せ。

 映画『若者たち』で知られる森川時久監督が久し振りに劇場用映画『ハルウララ』を監督する。あの112連敗中の競走馬を巡る人間ドラマだ。1日にその製作発表が高知の競馬場であったと言う記事。
 森川監督と初めてお仕事したのは78年(昭和53)にTBSで放送された『八甲田山』。
 僕の役は温泉での温かな食事を楽しみに、持参の凍りついた握り飯を捨ててしまうのんきな輜重兵の役だった。1月末から2月初めにかけて福島県・岳温泉をベースに厳冬の安達太良山でロケをした。降る雪の中で立ったまま弁当を食べた。ご飯の上に雪の結晶が積み重なった。
 以来、テレビドラマ『望郷』をはじめ『死刑執行48時間』『野麦峠』、映画『きみが輝くとき』『次郎物語』『童謡物語』など庶民を描いた多くの作品に出させて頂いた。
 今度の『ハルウララ』にも競馬ファンの一人として出演させて頂くことになった。『童謡物語』の長野ロケ以来久し振りにご一緒にお仕事が出来る。ロケが楽しみだ。

 訃報欄に演出家・佐藤浩史さん死去の報。まだ61歳の若さだったとは !
 東宝専属の演出家としてミュージカル『マイ・フェア・レディ』や『屋根の上のヴァイオリン弾き』の演出を担当し、外部でも幅広い仕事をされていた。
 僕が初めて東宝のミュージカルに出演した『マイ・フェア・レディ』93年大阪・劇場飛天公演以来、翌年から始まった西田敏行版『屋根の上のヴァイオリン弾き』など多くの公演でお世話になった。若い出演者の悩みなども良く聞いてくれる気さくな苦労人で、みんなから本名の「洋(よう)さん、洋さん」と呼ばれて慕われていた。
 ただただご冥福をお祈りするしかない。合掌。

 朝の蝉は、時に情熱的に、時に哀しく聞える。

                  輝 ☆彡 04.8.3


過酷な夏をエシャレット?

 千夜一夜物語についての新聞記事を読んで、高校の頃から気になっていたことを思い出した。それは物語に何度か出てくる「ニンニク入りのシチュー」。どんな味のどんな料理なのだろう。アダルトな物語と相まって、少年には理解しえない淫靡な世界の象徴のように想像を巡らしたものだった。

 その後も物語に出てくるシチューはこれだと言うものを口にしたことは無いが、スペインに行くようになって、ニンニク入りの熱々のスープ「ソパ・デ・アホ」をすすりながら「千夜一夜物語」のシチューはこんなものだったのかも知れないと思うようになった。
 アンダルシアの夏の冷たいスープ「ガスパッチョ」にもニンニクがすり下ろしてある。アラブがスペインに残したイスラム文化と「千夜一夜物語」の世界は重なる。

 乾燥少雨のあの過酷なラ・マンチャの気候の中でサンチョはニンニクやタマネギを丸かじりしながら生きた。そうだ、この過酷な今年の夏を乗り切るためにハポンのサンチョも本家サンチョに倣おうと思いスーパーの青果売り場に出かけた。
 ニンニクの丸かじりじゃ刺激が強すぎるしなどと思案しながら目に留まったのが静岡産と書かれた青々とした葉の付いたエシャレット。味噌を付けて、これなら冷酒にもぴったりだ。

 いそいそと準備万端整えてエシャレットの葉を巻いている紫のビニール帯を切った途端に驚いた。折り畳んだ青い葉のかたまりがばさりと落ちた。手には枯葉のように茶色に変色した軸を10センチほど付けたエシャレット本体が8個。その茶色の切り口は付いていた青葉とは鮮度も違うし種類も違う全く別種類の葉っぱ。全く違う植物の葉がエシャレットの茶色に変色した軸を包んでいたのだった。

 球根からのびたエシャレットそのものの葉を折りたたんで売っているのが普通だと思っていた。青々とした葉っぱとその下から出てきた茶色に枯れたエシャレット本体軸の鮮度の較差にがっかりした。期待しただけに現実との落差が大きい。最初から茶色に枯れた軸を見ていたら納得して買っていたかも知れないし、これじゃ買わないと、どちらにしても自分で納得出来ていた筈だ。
 それにしてもどうしてこんな手間ひまをかけて結局は消費者を裏切るようなことをするのだろう。これをサービスと言うならば商品本体の質を上げることに力を入れれば良いと思うのだが、今の時代の消費者感覚が分かっていないのじゃないだろうか。
 生産地の偽装や食品問題が次々と出てくる。生産団体はそれとは違うと言うだろう。しかし、あるがままを示して選択は消費者に任せる、それが今の時代の生産者と消費者のあるべき関係だと思うのだがどうだろう。
 直ぐに買ったスーパーに連絡を入れた。翌日、青果担当者から返事が来た。その結果については次回をお待ち下さい。

 夕べは月齢14.7の満月が煌々と冴え渡る空に隅田川花火。
 少々遠いのだがベランダで生ビールを飲みながら花火を楽しんだ。熱のこもった部屋からベランダに出ると涼しい夜風が気持ち良く、風に乗った花火の音が遅れて聞えて来る。
 玄関前の廊下に出ると直ぐ近くの浦安、それからもう少し北の花火も見える。

 今夜は地元江東花火大会。1時間で3000発と少ないが、凝縮した時間を間近で味わえると人気だ。玄関前にテーブルを置いてビールに枝豆、ご近所の皆さんと花火を楽しむ予定。

                  輝 ☆彡 04.8.1


最高記録39.5℃! !

 暑中お見舞い申し上げます。

 梅雨明け10日とは言うけれど、今年は梅雨の最中から30℃を越える日が続き、揚げ句の果てが昨日の超猛暑。 (~Q~;)
 フィットネス・クラブのプールでアクア・エクササイズを2クラス受けたが、プールサイドで動きの手本を示しながらを声を張り上げ走り回っているインストラクターの方が汗びっしょりでへとへとになっていた。
 暑さで乾いてがおらないように、スポーツドリンクを飲みましょう!
 今日の土用の丑の日、うなぎがすごい売れるだろうな。冷夏だった去年の分まで夏物商品が売れて少しでも経済に潤いが出ると良いなぁ。(日本経済復興に協力して今夜はうなぎに冷酒? ビール? どっちにしようか・・・・両方だな! )

 手を抜けるところは手を抜いて、この暑さを乗り切りましょう! !

                  輝 ☆彡 04.7.21

『夢追い俳句紀行』

 若き俳人の大高翔(おおたかしょう)さんから俳句と旅のエッセイ『夢追い俳句紀行』(NHK出版刊)を頂いた。出版の喜びに加えて3月に一児を初出産したばかりの感激が挨拶状に溢れている。

 正岡子規、太宰治、夏目漱石、北原白秋、林芙美子、樋口一葉などのゆかりの地を訪ねて旅をした紀行とそこで詠んだ俳句を原稿用紙20枚の長文にまとめている。大高さんの実感と多くの資料を彼女の感性が鮮やかにつなぎまとめて、夫々の作家の世界とその背景を描いて「大高翔の作家論」とも言える読みごたえのある力作だ。

 13歳から句作を始め、18歳で処女句集『ひとりの聖域』、20歳で第2句集『17文字の孤独』を発表して話題となった大高翔さんは今年3月まで4年間、NHK-BS『俳句王国』に自らも俳句を作る司会者として毎週土曜日レギュラー出演していた。
 私は2000年10月に田捨女(でんすてじょ)の「雪の朝 二の字二の字の 下駄のあと」で知られる丹波・柏原(かいばら)町で行われた吟行『俳句王国』に出演した際に初めてご一緒して以来、4回ご一緒したが、感性が似ているのか選ぶ俳句が同じになったりお互いの俳句を選ぶことが多かった (ように思う)。

 大学生だった大高翔さんが『俳句王国』の司会と『小説宝石』への紀行文連載を始め、それを続けながら卒業、結婚、妊娠、母へと重ねた体験を踏まえた紀行文は4年間の女性としての大きな変化の軌跡でもある。
 母親となった俳人・大高翔さんの今後も楽しみだ。

                  輝 ☆彡 04.7.19


明日に備えて今夜は(-_-)zzz

 このところいつも、自動車に乗る前に窓を全開にし車内の熱気を外に出し、熱いドアも開け放って一息ついてから運転席に座るようにしている。そうしないと炎天下で密閉された車はそのまま蒸焼き器になってしまう。
  それだけ用心していても安全ベルトの金具やハンドルに無意識に触れては余りの熱さに「あちちッ!」とあわてて手を放す。火傷しそうな熱さに思える。
 気がついたら、昨日の夜と雲が多くなった今日の午後はそんなことを気にしないで運転席に座っていた。ほ〜ッと一息。

 そろそろ梅雨も終わろうと言うのに、今年のくちなしは頼もしくまだ次々と咲き続けてくれている。
 種を蒔いてから23年目にして初めて咲いた『仮面ライダー スーパー1』くちなしに加えて、それより数年前に近くの植え込みの一枝を挿した株も今年初めて5個の大きな花を咲かせてくれた。この株は屋久杉の古木のような立派な根張りをしている。

 今年こんなに植物たちが元気なのは、去年の秋の植え替えとタイミング良く十分に施した寒肥、それに春から今までの水やりが上手く出来たことだ。それが出来たのは、久しぶりにこの時期、芝居をしていないから水やりをする余裕があったのだ。


俳優佐藤輝 おじぎ草


 おじぎ草も順調。
 成育に適した温度が20〜30℃の植物だから今年の梅雨を喜んでいるようだ。一番元気な株は10対の小葉が2本ついた6本目の本葉が大きく広がり7本目の本葉がグイと伸びつつある。

 明日から晴天が続く予報。子供を車に放置したままでパチンコに夢中になるのだけは止めてくれよ! !
 明日からの暑さに耐えるために、ちょっと涼しい今夜をぐっすり寝よう。

                  輝 ☆彡 04.7.12


(-o-;) 暑ッ! 34.8℃の七夕

 今夜の天の川は見えるかな?

        俳優佐藤輝 竹やぶの七夕

 織姫、彦星は見えなくても、人それぞれの思いを抱きながら夜空を見上げる。こんな日が暦の中にあるのも、長い人の歴史が作った人が希望を持って生きるための良い知恵だ。星の動きをこんな風に男女の出会いにたとえた人は何というロマンと想像力の持ち主だったのだろうと思う。

 この暑さにも植物たちは耐えている。
 台風の時は南からの強風で折れるかと思うほど真横に吹き曲げられていた竹林も、朝夕の水やりで生気あふれる緑を見せてくれる。
 その竹林に直接、恒例の七夕飾り。魚を捕る網、着物、財布、折鶴と、願いを書いた短冊。僕は『子午線の祀り』『ラ・マンチャの男』の公演成功と健康を祈った。
 紅子は「お水じゃぼじゃぼ、お口のごいのごい、出ました出ましたがフルコースで出来ますように」と自分の好きな遊びの願いを書いていた。

                  輝 ☆彡 04.7.7


悪夢

 交差点で右折車線に入ったらパジェロの直ぐ後ろになってしまった。車間を空けて停車。
 右折出来ないうちにやがて信号が赤に変って直進の車列も停った。左の車を見ると三菱のトラック! ヤバイッ! タイヤが外れても逃げる場所が無い。大きなタイヤでペチャンコになった自分の車を想像してみた。
 だが、待てよ。乗っているこの車も三菱の自動車 !
 悪夢から逃れようともがいたが逃れられないぞっとする現実の話。

 プロのいない無責任社会が広がっている。
 雪印も、トリインフルエンザも、会社もいろいろ社員もいろいろ、三菱自動車も、年金問題の実態も、列挙するのにいとまが無い。どれもこれも同根。
 全国紙に1ページ全面のお詫びと反省の広告を出したのはほんの数年前だったのに、再度ほとんど同じ全面広告を出し、それでも実は隠している事ばかりだった。死亡事故に至る欠陥を分っていながら売り、責任ある修理もしなかった。未必の故意の殺人では?
 まともには考えず答えずはぐらかし、中途半端の言い逃れで既成事実を積み重ねすべてがうやむやの無責任。哲学を持たないプロまがいの専門家たち。それが無気力社会を育てている。

 希望を持って明るく生きたいと誰もが思っている。歯ぎしりしているだけでは何も変らない。
 参議院選挙が始まる。
                  輝 ☆彡 04.6.18


あの角 曲れば・・・

 あの角 曲れば 夢がある
 いつか 誰かと 信じあう 心と心
 二人だけの 夢
 くちなしの 花の香りに 潜んでる
 夜のため息 若いあこがれ

 あの角曲れば 夜がある
 ・・・・・

 この歌詞、うろ覚えで間違っているかも知れないし、元々は誰が歌った歌なのかも知らない歌。くちなしの花の香りに誘われて口ずさむ。
 40年近く前、最初に在籍した劇団の研究生仲間の一人が酒を飲むとギターを抱えては小さな声で歌っていた。新宿西口の「きくや」や区役所の北にあった「小茶」と言う名の小さな飲み屋の2階だった。
 彼は今、どうしているのかな。あの時の仲間たちは・・・。

 今朝八重咲きのくちなしが一気に11個もの花を開いた。その香りがベランダの闇いっぱいに漂っている。
 
 TBSの『みかんきんかん夏みかん』の番組打上げパーティーで、今は亡き女優の山岡久乃さんが出席者みんなにくちなしの花をプレゼントしてくれたのもこんな季節だった。33年も前になる。

                  輝 ☆彡 04.6.16


梅雨の晴れ間

 梅雨らしい空が1週間続いて、薄陽の射した今日は紫陽花の見頃。
 新しい竹の葉が伸び、竹林の彩りに奥行きを加えている。

        俳優佐藤輝 あじさい 竹

 今朝、クチナシの良〜い香りで一番花が咲いたことを知った。
  23年前、『仮面ライダー スーパー1』のロケに行った荻窪の空手道場で貰った種を蒔いた実生株の初めての花。他の鉢も咲きそうで、今年はベランダ植物園の当たり年。
 17鉢に植え替えしたおじぎ草は2つ目の本葉が元気良く伸びている。

 劇団ハートランドの『プカプカ漂流記』と劇団青年座の『夫婦レコード』、中島淳彦作品を続けて観た。
 作品の違いがあるから違って当然なのだが、同じ劇作家の作品を違う集団が上演するとこうも感じの違った作品になるんだと、その違いの面白さをあらためて楽しんだ。
                  輝 ☆彡 04.6.13


ザンネン、今日が千秋楽

 心に残る、引っ掛かる芝居を観ました。
 下北沢、ザ・スズナリで女性だけの劇団・ハートランドが公演している中島淳彦作・演出『プカプカ漂流記』。面白い上に人の心の拠り所を切なく考えさせてくれる、中島淳彦の新作。多くの皆さんに観てもらいたいけど、今夜6時で千秋楽。気になる方は直ぐにザ・スズナリへ。どうしても都合のつかない方はハートランドのHPを見て気休めを。
 1月に出演した中島淳彦作『家族日記』も重いテーマをさらりと笑いに乗せた良い作品でした。
 今年、大ヒットの中島淳彦作品。現在、劇団青年座創立50周年記念公演として9日まで『夫婦レコード』も公演中です。是非一度、中島淳彦ワールドを覗いて見て下さい。中島作品にハズレ無し。これから観るのを楽しみにしている。

                  輝 ☆彡 04.6.6


おじぎ草は双葉より眠る

 驚いた! 余りにいじらしくて笑った!
 種を蒔いたおじぎ草は幼い双葉が出たばかりなのに、眠り草の別名の通り夜になると眠っているのを発見した。その姿が何とも愛らしい。「栴檀(せんだん)は双葉より芳し」を連想して「おじぎ草は双葉より眠る」。

   俳優佐藤輝 おじぎ草 俳優佐藤輝 おじぎ草
   今朝、目覚めの双葉      今夜、熟睡中の双葉

 9月になるとねむの木の花に似た薄いピンクの可憐な花を咲かせるおじぎ草。
 今迄は鉢植えになったものを買っていたが今年は種から育てている。多年草なのに寒さに弱く秋には枯れてしまう。それで園芸上では一年草の扱いだと言う。
 なにしろ発芽適温が20℃以上だから蒔いたのが5月24日。29日の朝に双葉が出始めた。65本も出て、ほぼ100%の発芽率。
 朝、水をやる時は他の植物同様だから、ただ「出た出た」と喜んでいたが、31日の夜、強くなった雨音が気になってベランダに出てみて気が付いた。発見! 何とおじぎ草の双葉が夜の闇の中で閉じて眠っている。

 今朝、双葉の間から、ねむの木の葉に似た小さな本葉が伸び始めた。
 9月の花の時期が待たれる。

                  輝 ☆彡 04.6.1


山形・庄内産の筍が届いた

 近況報告を兼ねて、ゴールデンウィークを故郷の兄弟たちはどう過しているのだろうかと5日になって順番に電話した。たまには電話もしてみるものだ。御利益がある。
 藤島町(余目町と鶴岡市の間にある町)に住む4番目の兄に電話したタイミングが良かった。丁度、屋敷内の竹林から孟宗の筍を収穫したところに電話をしたらしく、テレビ電話でも無いのに先方はまるで電話でその筍を見られてしまったかのように、直ぐに宅配便で送ると言ってくれた。
 翌朝、配達されたのを待ってましたとばかりに茹でた。
 3月末の熊本産から始まって和歌山産、伊豆産と好物の筍を今年は何度か食べたが、この筍は包丁が軽く感じられる程に軟らかい。今回が今年の喰い納めだろうと思いながら夜は筍の刺し身で酒を飲み、肉、コンニャクとの煮物、竹の子ご飯、筍の味噌汁を堪能した。味付けも中々だったと思うがエグ味の無い新鮮な筍の美味さが何にも勝った。
 この兄は舞台公演の度に多忙の公務スケジュールを縫って夫婦で欠かさず観に来てくれている。一番歳の近い兄なので子供の頃にも何かと面倒を見て貰った。小学校4年の頃だったか、自転車に二人乗りして暑い砂利道を羽黒山に連れて行って貰った。平野から羽黒山の門前町・手向(とうげ)へかかる上り坂で食べたトマトの美味かったこと。母が持たせてくれたおにぎりをあえぎあえぎ登る途中の茶店で庄内平野を眺めながら食べた時に茶店が出してくれた茄子と油揚の冷たいみそ汁の美味かった事などを思い出す。
 それ以来、僕は羽黒山が好きになり、その成り立ちや行事に興味を持つようになって花祭りや大晦日の松例祭などもふくめて、もう数えきれない回数訪ねている。
 その積み重ねから映画スタッフの仲間と『松例祭』の記録映画を制作してナレーションを担当したり、最上川の源流から河口までを取材したTBSのドキュメント番組「日立ドラマシティ」の『聖なる川・最上川』コーディネーターとしても取材させて貰った。こうした羽黒山との多くの関わりの中でも、丁度この季節、山頂の三山合祭殿で結婚式を挙げさせて貰ったことは何と言っても深いご縁だ。
 庄内人の生活や考え方に大きな影響を与えて来た信仰の山、羽黒・月山・湯殿山「出羽三山」。厳冬の農家で夜通し舞われる『黒川能』。吹雪の中で楽しむ農民歌舞伎『黒森歌舞伎』。山岳修業者の芸能『杉沢比山』など、庄内の民俗芸能、民俗信仰の精神が俳優としての僕の心をどれほど大きく支えてくれているかなどを思いながら、庄内の筍を味わった。

                  輝 ☆彡 04.5.12


『アマデウス』

 松本幸四郎さん演出・主演の『アマデウス』初日を観た。
 『ラ・マンチャの男』1000回、『勧進帳』700回に次いで27日の千秋楽に400回を迎える『アマデウス』。
 6年振りの公演。サリエリの、男の、芸術家の、押さえきれない嫉妬・苦悩・煩悶 が幸四郎さんご自身の演出によって更に生々しく迫って来た。役者として、わくわくドキドキが痛いほど感じられてのどが渇いた。スゴイ迫力の芝居だ。

                  輝 ☆彡 04.5.5


アスリート?!

 気温の高さに誘われて我が家の竹林にも竹の子が18本、すくすくと伸びている。かつては30本も出て来て竹の子汁にして食べたこともあったが、最近は細く少なくなっていてこんなに沢山出たのは久し振りだ。去年植え替えをして寒肥もしっかりやったのが効いたのかも知れない。毎朝水やりをしながら、一夜にして数センチも伸びる生命力を頼もしく眺めている。早いものは皮がはがれ始めた。
 竹林と言ってもベランダにあるプランターの中の小さな竹林。根元の方の節が太いほてい竹だ。

 昭和53年は、庄内の風土、民俗、芸能を調べるために何度も帰省した年だったが、4月末にも桜満開の故郷に帰った。コブシもハクモクレンも庄内砂丘のチューリップも春を謳っていた。
 鶴岡市在住の山岳修験研究家・戸川安章さん宅に伺って羽黒山伏の修験や庄内の民俗について教えて頂いたり、5月8日には羽黒町高寺雷電神社に伝わる延年の舞「高寺八講」を見物した。雪の残る月山を背景にして、色鮮やかな花笠をかぶった6人の舞手がささらを打ち鳴らしながら、平安鎌倉の昔を偲ばせる舞を優雅に舞った。(今年は黒土三男監督による藤沢周平原作『蝉しぐれ』の映画撮影の準備が高寺の直ぐ近くに作られたオープンセットで進んでいる)
 その帰省からの帰りに生家の近くに住んでいた姉の所から株を分けてもらって来て以来26年、竹は都会のベランダで転居による環境変化にも耐えて西日をさえぎり、毎年夏には生えたままに七夕飾りをつける竹になり、冬になれば雀がさえずる竹林として、一年中目を楽しませ話題を提供してくれている。今年は久し振りに大きな竹林に育ちそうだ。

 4月から木場にあるフィットネスクラブに通っている。8年前から始めた水中ウォーキングを中心にしたトレーニングだ。
 行く途中でバッタリ出会った近くの飲み屋のママに「プールのトレーニングに行く」と言ったら「どうして? 何のリハビリするの?」と訊かれてしまった。役者にも体力作りのトレーニングが欠かせないなんて思ってはくれないようだ。
 プログラムは日中だけでも初心者向きの基本的なものから振付の入った上級者用のエクササイズまで8クラスあって、元気の良い個性あるインストラクターが熱心に指導してくれる。水中運動はやる人夫々のレベルに合わせて自分で強さを調節出来る運動だ。どのクラスでやっても夫々に身に付くし楽しい。水の中でたっぷり汗を流している。
 初めて行った日、最初に「高精度体成分分析装置」と言う台に乗って体型分析をさせられた。何が何やら分らぬままに左右に出たハンドルをしばらく握っていたら直ぐに結果が出てカルテを渡された。こんなに簡単に計るのだからその結果なんて当てにはならないだろう、またトレーニングを続けているとは言え僕の体なんてぷよぷよに近いものだろうと思いながら「まあまあですか?」などと言いながら説明を聞いてびっくり。「結構、良いほうですよ」!? 。数値は小数点以下2桁まで細かに、体型分析、筋肉量バランス、体水分検査、バランス、体成分分析など各種のデータが出ている。最後のフィットネススコアには何と「アスリート」レベルの数値が出ている! ! おっとっとっとっ ! だ。
 「100歳まで現役俳優でいたい」と思っている僕が「アスリート」レベルの身体だとは何とも嬉しく自信を持った。竹の子のようにスクスクと伸びることは出来無くても、次の『子午線の祀り』『ラ・マンチャの男』の舞台を前の公演より更に良い舞台にする意欲と肉体は持ち続けられる !

                  輝 ☆彡 04.5.1


あぁ〜ァ、巨人ッ ! 上原ッ !

 20日、久し振りにプロ野球観戦。東京ドームの巨人・横浜戦。

 巨人勝利を確信して横浜攻撃の9回表、2アウトで帰り支度をしていた観客も息をのんで席に戻った。


俳優佐藤輝 東京ドーム 巨人横浜戦           


 上原は限界だったのに続投させられて勝利をふいにしてしまった。観客以上に悔しかっただろうな。これで巨人は最下位に。ロッテの10連敗を考えればまだまだ耐えなければ。
                  輝 ☆彡 04.4.20


高遠、コヒガンザクラ

 15日、思い立って念願の信州・高遠町に出掛けた。


俳優佐藤輝 高遠城 コヒガンザクラ


 遠出の花見はタイミングが難しい。見頃が何時と毎年決っている訳じゃないし、出来れば晴れた日に、更に人出が少ない時を見計らって行きたい。天気とスケジュールをにらめっこしながら何度見送って来たことか。

 晴天が4日続く予報を見て決行。中央自動車道に並行して青空に何本もの飛行機雲が見える。飛行機雲が見える日は天気が下り坂と聞いたことがあるが晴れっぱなし。笹子トンネルを抜けると正面にはまだまだ雪に覆われた南アルプス北岳が白銀に輝く威容を見せている。一宮町の桃の花が心を浮き立たせる。

 森川時久監督の『童謡物語』美麻村ロケは丁度この季節だったし、NHK『くらしの歴史』金沢・高山ロケ、更埴のアンズの里、越中八尾の風の盆などの行き帰り何度も通っている道だが、その度ごとにそれぞれの季節を感じさせてくれる好きな道だ。

 まだ雪の残る八ケ岳を右に見て諏訪南ICから甲州街道(国道20号)に出る。ツレちゃん(鳳蘭さん)や浜畑賢吉さん、『ラ・マンチャの男』出演者仲間と富士見町にある上條恒彦さんの自宅ログハウスに秋刀魚を食べに行った時に降りたのもこのICだった。

 茅野市で左折して国道152号線に入る。直ぐに杖突峠への上りとなって小さな急カーブが21も続く。上りも下りも大型バスが先頭になって長い車列が続いている。左右の落葉松林は日当たりの良い所では芽吹きが始まり高遠に続く山間の一本道のあちこちには満開の桜、道沿いには水仙やレンギョウが日向に明るい。


俳優佐藤輝 高遠城コヒガンザクラ 南アルプス仙丈ヶ岳
南東には南アルプス仙丈ヶ岳(3033m)


 高遠城址公園、城山全山が1500本の満開の桜の森。風も無いのにひらひらと舞い散る桜のドームの中に立っているとその中に住む桜の精になったような気持ちになる。花を見ると言うよりは、桜に包まれて身も心も桜色に染まる不思議な気持ちだ。酒を飲んでドンチャン騒ぐ気にはならない。戦国の終りに織田軍に攻められた武田方の3000人が討ち死にした高遠城の歴史が物言わず訪れる人々を厳かな気持ちにさせるているのかと思ってしまう。

 故郷の生家には通りから細い堰を隔てた東の角に桜の大木があって、毎年枝いっぱいの花をつけた。花の終りには清川ダシ風に吹かれて道いっぱい、屋敷いっぱいに舞い散った。余目小学校の北を流れる吉田堰の両土手には長い桜並木が続いて、背景に見える雪の残る鳥海山の雄大な広がりと共に大らかな心の広がりを感じたものだった。思い出の春の風景の中にはいつも忘れられない桜が咲いている。

                 輝 ☆彡 04.4.16


旬を食べる

 今年の桜は咲き始めは早かったけれど、その後の冷え込みで満開の時期は木によってばらつきが出た。それで長い期間花見を楽しむことが出来たが、盛り上がりに欠けた。
 今日あたりは遠目に美しく八重桜が満開。一重はすっかり散って桜若葉が目を和ませてくれる。半蔵門から桜田門に続く堀端の樫の新緑の萌え色も、生きてある喜びを感じさせてくれる。

 我が家の花見に付き物は孟宗の筍汁と初ガツオ。
 東京に出て来る前、昭和30年代、冷凍輸送の発達していなかった頃の故郷山形では初ガツオなんてどこの話かと思っていたが、孟宗の筍汁は大好きな山々笑う季節の庄内の味だった。特に作家・藤沢周平さんの生家に近い鶴岡の温泉地、湯田川あたりで採れる筍は有名で、その近くに住む次兄が裏山で採った太くてズシリと重いひと抱えもある筍を毎年届けてくれるのが楽しみだった。
 母が大鍋で米糠と一緒に煮てアク出しをした後、厚さ1センチほどの輪切りやイチョウに切り、鰹節でダシを取り大きめに切った油揚(東京で言う生揚げ)と酒粕を入れた味噌仕立ての孟宗汁にした。新鮮な筍にザクリと歯を立てる食感が何とも言えない生きる意欲をかき立ててくれる春の味だった。

 春の新鮮野菜は生で食べても味がある。新キャベツの軟らかさ、甘みのある美味さ。玉子とサッと炒めても美味しい。独身時代には良く作った。

 新聞の料理欄に新キャベツの煮込みの紹介記事があった。読み進むにつれてスペイン、ラ・マンチャ訪問の折にマドリーで食べた煮込み料理コシードとイメージが重なった。これはきっと美味いものが出来そう。キャンプ好きで料理好きの血が騒いだ。
 コシード(Cocido)は首都マドリー(マドリッド)を中心にしたカスティーリャ地方の代表的料理の一つで豚肉、チョリソ、生ハム、野菜、豆、パスタなどを素焼き壺で煮込んだもの。レストランでも大きな壺がテーブルに出される。そして最初にオリーブオイルたっぷりのスープを飲み、次にパスタ、豆、野菜、そして肉と続く塩味とハーブの利いたコース料理になっている。その間にサンチョの食事同様に生玉葱や青唐辛子をかじる、僕の好きな庶民の料理だ。


俳優佐藤輝 ミュージカル『ラ・マンチャの男』 コシード・サンチョ風


 中火で煮立ったところで弱火にし、落し蓋をして20分。キャベツの甘みが出て来たら天然塩を少し。煮込むこと更に20分。オリーブオイルと塩で味を整える。
 これは美味い。とろけるように軟らかいキャベツとベーコンの重なり。まるでミルフィーユみたいだ。野菜の甘みを引き立てるだけの薄い塩味が良い。
 『新キャベツのコシード、サンチョ風』の出来上り。家人にも好評で持て成し料理が一つ誕生した。詳しいレシピは又の機会に・・・。

                  輝 ☆彡 04.4.13


4月1日

           俳優佐藤輝 桜満開


 「センバツ、東北地方の3チームがそろって準決勝へ進出 ! 」と言いたいエイプリル・フール。イラクも、トリインフルエンザも嘘だった、とも。
 
 今日から国立大学が単独の国立大学法人に。
  母校酒田東高校時代にはピッチャーで4番だった同期の佐藤彰一さんが西洋史研究をこころざしたのは、酒田市にあった映画館で観た洋画に刺激されてと言う話を聞いたことがある(酒席の話で確信は持てない・・)が、夢こそが人間にパワーをもたらしてくれる。彰一さんは『修道院と農民』の研究で一昨年の学士院賞を受賞した名古屋大学大学院文学研究科・高等研究院教授。責任ある立場。今日からの制度の変更で多忙を極めていることでしょう。

 先月、その佐藤彰一さんから「歴史書を読む 『歴史十書』のテクスト科学」(山川出版社刊)と言う著書を頂いた。
 6世紀のフランス、トゥールの司教グレゴリウス(538-594)が後世へのメッセージとして書き残したアダムとイヴに始まる歴史を書いた『歴史十書』について「伝えられるようにフランク人の歴史を記すことを目的としていたのだろうか。内容だけでなく、テクストの分節構造を手がかりに、この史書に託した知られざる意図を解き明かしてゆこう。」と考察を始めている。

 『歴史十書』を読み解くための研究手引書だが、佐藤彰一さん独自の鋭い考察と研究方法に対する指摘がある。『歴史十書』はその後に続く歴史書の多くに引用されている西洋史の重要資料だそうだ。けれども僕はそもそもその土台になる『歴史十書』についての知識は無いしそれに含まれる『旧約聖書』『新約聖書』、加えてその時代に至るフランスの歴史など全くの門外漢で、何とか『歴史十書』の概要は理解出来たものの、具体的理解には程遠かった。それでも面白く読めたのは、歴史研究者が一つの資料に向かい合った時のエネルギーの凄さ。資料、知識、想像力を総動員して推論から具体的な結論を導きだす迫力に引っ張られた。この姿勢が役者が台本に向かい、感じ分析し、登場人物を存在させるために肉付けしてゆく、わくわくと心躍る作業と非常に良く似ているからだった。記述されている事件、事柄の詳細、その場所の様子、登場人物たちの表情までもが佐藤さんの目にはありありと見えていると感じられる。佐藤教授の講義は学生に人気があると聞く。時代を越えて、生き生きとした人物像を彷彿とさせる実感のこもった語りなのだろう。一度是非授業を聴講したいものだ。

 『ラ・マンチャの男』の役作りで勉強しただけの浅い知識だが、ヨーロッパにはモーロ人(アフリカのイスラム教徒)との間に長い闘争の歴史がある。スペインがあるイベリア半島は、イスラム王の最後の砦だったグラナダのアルハンブラ宮殿を放棄するまで800年にわたってイスラムが支配した。そうした歴史と文化や感情の上に現在の民族関係、国際関係が成り立っていると思う。
 機会があったら佐藤さんには、ヨーロッパ史の専門家たちは現在各地で起きている紛争をどのように捉えているのか、そんな事も教えてもらいたいと思っている。アメリカや日本から見た見方とは相当に違うのではないだろうか。

                 輝 ☆彡 2004.4.1
 


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