俳優・佐藤 輝 -9

あそびごころの 佐藤 輝の世界 俳優・佐藤 輝 - 9
2005年10月2006年1
  
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■2005年10月〜06年1


『OHダディー! 』歌稽古

 ・・・、などと言っている間に、1月も尽きてしまう。2006年の12分の1が終る。
  ドン・コルレオーネの歌に「信じろ 若者にはわからない 月日が過ぎ去る速さを」と言う歌詞があるが、実感をかみしめながら歌の練習をしている。
 1月は明けても暮れても歌・歌・歌・歌、寝ていても歌・歌・歌・歌・・・の毎日。
  三木たかしさん作曲の歌が難しいの何の ! それもソロの歌よりもコーラス部分がチョー難しい。出演者が少ないから各パートは夫々1人ずつ、自分を頼るしかないこの孤独感。
 これだけ苦労していても客席にはきっと気持ち良いやさしい歌として響くのだろう。でも、「覚えるのに苦労したんだろうな」とお客さんに同情されるのは出演者としては最悪。僕らはお客さんに気持ち良く楽しんで貰えれば幸せだ。・・うん、まあ、良しとするか。


俳優佐藤輝 東京の雪


 21日には東京でもこんなに雪が降った。その日も歌・歌・歌 !


俳優佐藤輝 撮影 ビル越しの多摩の山
ビルの向こうに多摩の山々が連なっている。


 こんなに富士筑波、日光男体山、谷川岳の山々が見える冬も珍しいが、そんな日も歌・歌・歌 ! だ。
 湿度が10数パーセントの日もあって、鼻と咽喉には最悪の環境だから、お茶をたくさん飲みながら歌の練習の時も眠る時もマスクをしたままでいる。

 故郷から生の寒鱈が届いた。荒れる日本海で漁師さんが命がけで獲った鱈だろう。
 豆腐、ネギを入れた味噌仕立てに岩ノリを浮かべたどんがら汁にして熱々をふうふう言いながら食べる。
 白子を少し、軽くあぶって塩かポン酢。これもうまい。
 折り良く八百屋で、庄内砂丘特産の早春の味、アサツキ(浅葱、キモト)を見付けたのでこれもさっと湯がいて酢みそ和え。今年は砂丘も雪が厚く積もって砂丘から掘り起こす作業に苦労しているらしい。
 ほおぅ、あったあった、庄内の旨い吟醸酒 !
 庄内の味のフルコース。これで元気をつけて稽古は次の段階へ !

                輝 ☆彡 06.1.31


『水戸黄門』新春・肥後八代に出演

放送 2006年1月9日(月)20時〜20時54分 TBS系全国放送 
老舗菓子屋・本家不知火堂の老番頭武助役で出演。
脚本・桜井康裕 監督・矢田清巳
出演は里見浩太朗、原田龍二、合田雅吏、由美かおる、三波豊和、
舞坂ゆき子、福島カツシゲ、東山明美。

俳優佐藤輝 水戸黄門 肥後・八代 東映京都撮影所



ツレちゃん、受賞パーティー
 
 去年の秋に紫綬褒章を受賞したツレちゃんこと鳳蘭さんの受賞を祝う会が8日夕方、日比谷・東京会館で開かれて僕もお祝いに駆けつけた。


      俳優佐藤輝 ミュージカル『ラ・マンチャの男』サンチョ 鳳蘭ツレチャン紫綬褒章


 宝塚の関係者、宝塚同期生、『狸御殿』の共演者「たぬき組」は勿論、各界の著名人、長嶋茂雄さん、王貞治さんも出席されて盛会だった。この2人が直接会ったのは王さんが巨人を退団して以来のことらしい。

 ツレちゃんは僕の大切な恩人だ。

 95年に僕がサンチョとして初出演した時にツレちゃんもアルドンサとして初出演した、いわば『ラ・マンチャの男』組の同期。
 長く上演されてすべてが出来上がっている作品に途中から参加する出演者には大きなギャップがある。それまでに演じてきた出演者のイメージが強く残っているし、それを乗り越えて自分の存在感を出し、なおかつ、前から継続して出ている出演者のレベルと同等の表現レベルを短時間に要求される。この点ではツレちゃんも僕も立場は同じ。稽古場で初めて対面して以来、二人だけの場面を二人だけで何度も何度もセリフ合わせをしたり、立ち稽古に入ってからもああしようこうしようと打ち合わせをしながら稽古を乗り切った。
 サンチョを演じることの大変さ難しさを解ってくれているツレちゃんだったからこそ、こうした細かな稽古の相手をして貰うことが出来た。
 公演に入ると、僕が昼夜の間の食事を手配している様子を聞きつけて「大変なサンチョをやりながらそんなことまで無理よ。私に届く差し入れ弁当を分けて上げるから食べて」と向かいの楽屋から毎回心のこもった食事を届けてくれるようになった。それは2001年、アルドンサ297回でツレちゃんが『ラ・マンチャの男』を最後にするまで続いた。
 ツレちゃんには共演者として演技面だけでなく心をも、食生活、いや健康面まで支えて貰った。ツレちゃんと一緒だったから初出演のサンチョを演じることが出来たしそれがあって今まで演じ続けて来られた、と心から感謝している。

 ツレちゃんはまだまだ若い。優雅な鳳の羽ばたきと咲きほこる豪華な蘭のようにますますのご活躍を楽しみにしている。
 また、何かでご一緒出来たら嬉しい。

                   輝 ☆彡 06.1.9


2006年、あけましておめでとう!
 
 昨05年は、前年暮から好評だった伊勢三郎義盛役の『子午線の祀り』公演が続いて年が明け、400回出演を数えた『ラ・マンチャの男』のサンチョも好評を頂き、『ドン・キホーテ』出版400年に俳優生活40年(65年小幡欣治作『畸型児』社員Bでプロ初出演)、60歳など沢山の私的な記念も重なった思い出深い年となりました。
 こう思えるのも、ひとえに応援して下さった皆様と支えてくれたスタッフの皆さんのお陰です。ありがとうございました。

 サンチョの役作りで2月に訪ねた6回目のスペイン。
 日本の敗戦記念日8月15日に故郷庄内で公演した『ろば2005』のリーディングドラマ。(劇中の弾き語りのために、新しいスペイン製のギターを買ってしまった。)
 11月8日の母校の高校創立記念日には記念講演をさせて頂き、後輩たちから熱い希望のエネルギーを貰った。
 NHK『俳句王国』での稲畑汀子さんとの出会い。感性を求められる第一線で長く活躍される生き方を学ばせて頂いた。
 こうした沢山の良い思い出の詰まった昨年でした。が、人生の縮図のように辛いことも同時にありました。
 その一つが暮も暮、クリスマスの夜に起きた故郷・庄内町での羽越線特急いなほ脱線転覆事故。自分が育った冬の厳しい自然と今現在そこで生きている人たちのことを強く思い出させてくれた。犠牲になった5名の方のご冥福をお祈り致します。

 来週9日には久し振りに出演の時代劇ドラマ『水戸黄門』が放送される。
 老舗まんじゅう屋の老番頭役。僕は早く老け役を演りたいと希望していたので「老番頭役」と聞いて「黄門さま」くらいの大老け役を想像して喜んでかつら合わせに行った。ところが東映京都のかつら屋さんは僕の顔を見るなり「老番頭・・? 」。その結果、僕が思い描いたような大老けにはならずザンネン。番組をご覧下さい。

 おとそ気分が抜けると『OH ダディー! 』の稽古が本格的に始まる。いままで余り演ったことの無い役柄でこれも楽しみだ。オペラ好きのマフィアのドン、コルレオーネなんて聞いただけで何かわくわくするでしょう? 僕もわくわくしながら台本を読んでいる。

 もうファンタスティコな2006年が明けている。今年も僕は「毎日が初日」でアデランテ !
 皆さんにとっても、ファンタスティコでムイ・ビエンな1年でありますように !

                  輝 ☆彡 2006.1.2


大三十日

 11月にブナ林を散策した新潟県津南町は積雪が3メートルを越えたとのテレビニュース。あの町がそんな豪雪地帯だったとは知らずにいたが、河岸段丘を眺めたマウンテンパークのスロープも今はゲレンデに変身してスキー客でにぎわっているだろう。

     富士筑波 見通せる日の 寒さかな

 秋から冬、からっ風が淀んだ空気を吹き飛ばしてくれると関東地方は空が澄んで、我が家からもこの季節にしか見られない遠くの山々を望めるようになる。
 富士山が見える日は真西にうっすらと雪をかぶった多摩の山々も連なって見える。多摩の山が見えても富士山が見えないこともあるし、北北東の筑波山も同様に見えたり見えなかったりする。
 これらの山々が見えても中々見えないのが真北から西に15度くらいの日光男体山、更に数度西の谷川岳あたりの山並み。快晴の日でもこのあたりの山々は越後から山を越えた雪雲に覆われて、山並みなのか雲なのか判然としない。山容がくっきりと見えることはまず皆無だ。
 寒風にさらされながらベランダから目を凝らして北の方角を眺め、ビルの間のその先に谷川岳とおぼしい、雲に包まれた雪の山ひだがおぼろげに見えると、その日は特別の日のような気持ちになる。そんな日は年に数回しかない。
 昨日の朝はそんな特別な朝だった。

 今朝は風が無く、穏やかに晴れ上ったがこんな日は快晴でも山は見えない。
 大晦日(大三十日)を明日に控えた街は、人も車も少なく、ショッピングセンターの駐車場だけが満杯になっていた。

 思い出に残る沢山の色んなことがあった2005年も明日1日だけ。
 迎える2006年が穏やかな年であってほしいし、くっきりと遠くまで見通せる希望の持てる年になってほしい。
 このホームページを読んで下さっている皆さんのご健康と幸せをお祈りします。

     夢語る 子らの瞳や 冬木の芽

                  輝 ☆彡 2005.12.30


特急『いなほ』脱線転覆事故

     地吹雪の 晴れて一村 間近なり

 去年1月のNHK『俳句王国』にゲスト出演した折りに詠んだ俳句は、故郷・庄内平野の冬景色だ。

 例年1月から2月にかけて日本海の冷気をふくんだ強烈な西風が、地表のすべてのものを空に巻き上げるように吹き上げる。降る雪に地表から巻き上げられた雪も加わって、数メートル先も見えないブリザードとなる。

 風が強く吹き抜ける民家と民家の間には屋根の高さまで雪が吹き積もった「吹き山」が出来て道をふさぐ。除雪車の無かった子供の頃は、強風と吹雪で息もつけない、目も開けられないその吹き山を、足跡を踏みしめながら先に行く6年生の直ぐ後にすがりつくようにして越えたものだった。
 吹きッさらしの田圃の地吹雪も辛いが、吹き山に集って来て吹雪く風はもっと恐ろしかった。

 ここ数十年は暖冬傾向が続いて、そんな地吹雪も少なくなったと話題になるほどだったが、今年は本物の冬が早々と日本列島を覆った。

 そして25日夜、JR羽越線特急『いなほ』14号の脱線転覆事故。
 場所は僕が生まれ育った故郷・庄内町。最上川の鉄橋を渡った直ぐ南。
 あの鉄橋から直ぐの東側には昔、手漕ぎの渡船があって何度も乗せてもらって遊んだし、河川敷では草競馬が開かれた思い出がある。リヤカーに薪や鍋を積んで行っては学校行事の、家族、仲間との芋煮会を何度も楽しんだ、慣れ親しんだ場所だ。

 運転士の「橋梁を過ぎたあたりで右方向から強い風を受け、電車が左に傾いた」との話をテレビで聞いて、僕は直ぐに、吹き山の頂上に吹いていた息も出来ないほどの強い風を思い出した。

 鉄橋の北側の風速は20メートル以下だったそうだし、風は西から東へ鉄橋の上では線路の下にも別れて吹く。
 が、橋を渡りきった場所は線路と直角に最上川の高い堤防が西に延び、線路も堤防の高さから田圃の中をゆるやかに下る土手の上を南に進んでいる。
 遮るものの無い田圃を西から堤防沿いに吹いてきた強風は線路のある土手にぶつかり、2面を遮られて更に強さと早さを増して土手ののり面(斜面)を上昇し電車を空中に吹き上げたのではなかったか?
 そう、想像した。
 そこを吹き上げる空気の流れ、風の強さは当時どうだったのだろう。

 あの列車に乗客が少なかったのは不幸中の幸いと言えるが、4人の方が亡くなられたのは何とも痛ましい。心からご冥福をお祈りいたします。

 この惨事と言い大津波と言い、人生には何が待っているか分らないと、去年今年の暮れに続けて思い知らされている。

                  輝 ☆彡 05.12.27


真紅のコート

 北海道から九州まで日本海側は雪が原因の事故や被害が出るほどの大雪。
 名古屋も、大阪も、雪。
 東京でも、外気は冷蔵庫に入ったようなぴりぴりとした冷たさを感じる。

 今日はこの寒さに挑発されてスポーティーなフード付きのダウンコートを買った。
 フードにはラクーン(知らなかったがアライグマだそうです)の毛で縁取りがあり、長さはひざ丈、そして色は真紅。
 真紅は僕のラッキーカラーだし今年は・・だし。
 いや本当は、このくらい、全身トンガラシになった気になって気張らないとこの寒さには太刀打ち出来そうにないからだ。

 先週から珍しく軽い風邪気味で市販の薬では効かず18日は休養、19日に病院で薬をもらった。それが直ぐに効いて、昨日はトレーニングに行けた。
 今日、トレーニングに行く途中で偶然、真紅のコートを見付けたのだ。
 そのコートが目に入った途端、運命の相手に出会った瞬間のように僕は「これっ! 」と決めた。そして直ぐにそれを着てトレーニングに行った。
 途中で出会った人は「変なチョビ髭のサンタが歩いている」と思ったに違いない。

 この真紅のコートで元気にこの寒さを乗り切り『OH ダディー! 』のドン・コルレオーネ(もう一役、面白い役も演じますよ。お楽しみに! )を演じたいと思っている訳だ。

                  輝 ☆彡 05.12.22


この『寒さ』

     富士筑波 見通せる日の 寒さかな

     還暦の 顔それぞれに 年忘れ

     伊予柑の 出迎え受けし 伊予路かな

 いやぁ、今年12月のこの寒さ。
 雪の無い関東も、冬の厳しさを知っている雪国育ちの僕でさえも驚くほどの寒さだ。
 今からこの冷え込みでは富士筑波を見通せる日は例年より増えるだろうが、1月末から2月にかけての厳寒の頃にはどんな寒さになるのだろうかと思いやられる。

 『俳句王国』の兼題『寒さ』はこの冬にうってつけの季題だった。
 多くの皆さんから番組の感想を頂きました。見て下さってありがとうございます。
 句会の楽しさを感じて、俳句に興味をもってもらえたら嬉しいです。


俳優佐藤輝 NHK俳句王国 稲畑汀子さん
主宰・稲畑汀子さんと


 主宰・稲畑汀子さんのお人柄に加えて2週とも楽しいメンバーが揃い、初対面の人たちとは思えない和やかな面白い番組になった。
 17日の2句も2点で、まずまずの得点。
 「顔それぞれ」についての主宰の指摘は僕も苦労したところ。これを具体的にそして普遍的に表現出来たら僕の俳句の世界も広がるのだろう。このあたりが演技の表現に共通する難しさ。だから僕は俳句が面白い。

 帰りにハプニング。
 愛媛の海の幸を味わいたいと、飛行場へ向かう途中、佐多岬物産センター「三崎漁師物語り」へ寄って食事をした。
 伊方町にある三崎漁業協同組合が経営する産地直送の海の幸料理店だけあって魚介類は新鮮で美味しく腹いっぱい食べた。今の時代、漁協も多角経営だ。


俳優佐藤輝 NHK俳句王国 松山佐多岬物産センター

 飛行場は近いと聞いていたし直ぐにタクシーもつかまると思ったが余裕をもって、良い気分で店を出た。
 しばらくタクシーを待ったがそこは郊外のバイパス沿いで、流しのタクシーなどまったく通らない。携帯でタクシー営業所に電話すると、これから30分はかかると言う返事だ。それからでは遅い。
 折り良く、ゴルフ練習場からファミリーカーが出てくるのが見えた。飛行場方向へ左折しようとして停車した。今だ、僕は意を決した。
 あの車に頼むしか無い。手を上げて近付くと窓を開けてくれた。
 「済みません。空港に行きたいのですが、タクシーに頼んだら時間がかかるとのことで困っています。もし、お時間、ご都合がつくようでしたら空港まで乗せて頂けませんか?」と頼み込んだ。運転していた女性は一瞬戸惑っていたが、同乗していた息子さんがオーケーしてくれたらしくドアを開けてくれた。
 ああ、救われた!
 お陰で時間ぎりぎりに飛行機に間に合った。
 この物騒な時代に、良くぞ同乗させてくれたものだと心から感謝し、心温かな気持ちになって帰京した。
 これからは松山を思いだすたびに、光り輝く伊予柑の暖かな色と一緒に、あのファミリーカーの一家の優しさを思い出すだろうと思う。
 ご親切、ありがとうございました。

                  輝 ☆彡 05.12.18


稲畑汀子さん

    夢語る 子らの瞳や 冬木の芽

    都市もみな 寝静まりたる 霜夜かな

 四国・松山からのNHK-BS『俳句王国』の生放送にゲストとして出演した。
 『俳句王国』は全国から集った俳人の皆さんと共に句会を楽しむ番組。

 日本俳句界を代表するそうそうたる俳人が毎回、句会をまとめる主宰として出演されるが今回の主宰は正岡子規が始めた『ホトトギス』を引き継いだ高浜虚子のお孫さん、伝統俳句の重鎮・稲畑汀子さん。
 稲畑さんは学生時代には演劇に熱中して過されたそうで、前日の打ち合わせでは俳優としての僕にも興味を持って、初対面とは思えない親しみを込めて俳句と演技との共通点などお話し下さった。番組同様に実に楽しくて有意義な時間だった。


俳優佐藤輝 NHK俳句王国 稲畑汀子さん

 番組中、各人が兼題と自由題それぞれ2句、計4句しか選ぶことが出来ない中で、稲畑さんは僕の兼題句「夢語る 子らの瞳や 冬木の芽」と自由題句「都市もみな 寝静まりたる 霜夜かな」、両方を取り上げて下さった。

 点数が多く入ることよりも何よりも、これほど嬉しいことは無い。
 テレビ画面を見て「僕の俳句が・・・! 」と絶句し、それ以来、俳句にはまり込むきっかけとなった全国100選に選ばれた12年前を思い出した。

 来週もゲスト出演するが、このレベルを維持できるか・・・?
 みなさんも楽しんで下さい。
                  輝 ☆彡 05.12.11


      俳優佐藤輝 NHK俳句王国 松山市子規記念博物館


 道後温泉近くの道後公園にある『松山市立子規記念博物館』を訪ね、近代俳句の父・正岡子規の資料を見る。外壁には月ごとに掛け替えられる子規の句。「漱石が来て虚子がきて大三十日」。「大三十日」は「おおみそか、大晦日」の意味。



NHK-BS『俳句王国』2週連続ゲスト出演

   放送日2005年12月10日(土)午前11時〜11時50分 衛星第2 兼題「冬芽」
         12月17日(土)午前11時〜11時50分 衛星第2 兼題「寒さ」

近代俳句の発祥の地、四国松山から毎週土曜日に全国放送されている
俳句を楽しむ番組『俳句王国』にゲスト出演。
2回の放送とも、主宰は『ホトトギス』の稲畑汀子さん。


頭の中は5・7・5

 12月に入ったら急に冷え込みが厳しくなった。
 おじぎ草は枯れた株もあり、枯れないものでも蕾を付けたまま葉が開かなくなってしまってから久しい。そのとなりではサザンカが盛んに花びらを散らしている。
 このサザンカは、30年近く前、調布にある日活撮影所で仕事の折りに、駅から撮影所に向かう途中の垣根の根本に落ちていた種を拾ってきて実生から育てたもの。花が咲くと、あの頃の仕事や、白い花が咲いた茶畑、オナガがさえずる植木畑沿いののどかな道を思いだす。

 僕が1993年秋のNHK-BS市民参加全国俳句大会に投句した「闇の都市 ガラス越し見る 夜食かな」を全国100選に選んで下さった金子兜太さんが芸術院会員になられた。85歳だそうだが、すこぶるお元気でお若い。

 今月10日と17日はNHK-BSの「俳句王国」出演。
 季題の「冬芽」「寒さ」、それに自由題句2句、計4句の句作で苦吟呻吟中。僕の頭は見たもの感じたものすべてを5・7・5の言葉に並べ替える作業に熱中している。
 イメージを言葉にしたり、観賞する人がその言葉から受けるイメージを想像する作業は楽しい。だが、トータルに自分の納得いく俳句にするまでには相当のエネルギーが必要で、完成したと思ってからも止まることなく推敲が続いている。苦吟呻吟のゆえんだ。
 番組をお楽しみ下さい。
                  輝 ☆彡 05.12.2


熱唱・最上川舟歌

 東京には、小さな集落を単位にしたものから県人会まで、生れ故郷を絆にして地方出身者が集る郷土の会が文字通り数えきれないほどあるに違いない。

 東京余目会もその一つ。
 7月に隣りの立川町と合併して新しく「庄内町」となった故郷・余目の会が23日にあり4年ぶりに出席した。
 今年で44回を迎える会は、昭和30年代中ごろの希望あふれる経済成長期に、故人となった叔父たちが中心になって創ったもので、昭和39年に僕が上京した当時は池袋の大衆浴場会館の畳の大広間を会場にしていた。父が恩師として何度も招かれ、その度に案内したり迎えに行って顔を出した。

 今年は洒落た会館のパーティー会場でオペラ歌手のアトラクション付き。
 創立当時に第2世代としてバリバリ働いていた会員も今や顧問、相談役にまつりあげられて、第3世代が会を運営している。
 その第2世代の皆さんに僕は大変お世話になった。ご家族もふくめて何度も芝居を観に来ては応援して下さった。僕の初舞台から観て下さっている方もいる。
 その皆さんに個々に挨拶したくて一般会員として参加した。
 だから、歌や挨拶など何の用意もしていなかったのだが、その中のお一人に「もう来年はこの世にいないかも知れないのだから、あなたの最上川舟歌をぜひ聞かせてくれ」などとせがまれると断り切れずに、歌うはめに。

 「最上川舟歌」は自分が構成した芝居やコンサートにも入れ、スペインのラ・マンチャの風車などで機会あるごとに歌っている、故郷の大好きな歌。
 急流をさかのぼる力強い掛け声と、大河の流れにまかせて下るゆるやかな甚句の構成が見事に調和して、歌っていると雄大な最上川の風景が目に浮かんで来る。


俳優佐藤輝 山形県庄内町 東京余目会 最上川舟唄

 
 皆さん、手拍子と掛け声をかけて楽しんで下さった。
 これが故郷を思う会の原点なのだろう。

 斎藤さん、次の「最上川舟歌」も、次の次のも、まだまだ元気で聞いて下さい!

                  輝 ☆彡 05.11.24


浅草千束・酉の市

 11月21日は二の酉。


俳優佐藤輝 浅草千束神社鷲神社酉の市


 年男、この1年のお礼と来年の健康と飛躍を祈りに、地下鉄銀座線田原町から歩いて、数年ぶりに浅草千束・鷲神社の酉の市へ。
 普段なら15分の道のりだがこの日は40分ほどかかった。
 風のないおだやかな天気に恵まれて、酉年最後の酉の市は人出が例年の何倍にも感じられた。


      俳優佐藤輝 浅草千束 鷲神社酉の市

                  輝 ☆彡 2005.11.21


越後路に冬をたずねて

 昨日。快晴、無風の絶好の行楽日和に誘われて、関越自動車道経由で初冬の新潟を訪ねた。

 北関東にそびえる赤城の山、榛名山、妙義山、それぞれの個性を見せて眺めが楽しい。
 渋川にかかる頃には紅葉に染まる山々の先に、すでに雪をかぶった谷川岳が刃のような輝きを見せ始めた。


俳優佐藤輝 関越自動車道 関越トンネル 谷川岳PA


 国境をぬける長い関越トンネルに入る手前の谷川岳PAで小休止。寒さが遅い今年、回りの山は今が紅葉のまっ盛りだ。


      
俳優佐藤輝 関越自動車道 谷川岳PA


 トンネルをぬけて越後に入ると、紅葉の季節は過ぎて冬枯れの山野。
 上越線経由で郷里の庄内と東京を行き来した頃にいつも感じた、トンネル一つで吹雪から晴天のからっ風にかわる驚きと不思議さを思い出した。

 自動車道を塩沢石打で降りて西へ向かい、国道353号の山道を峠越え、更に117号線を南下して新潟県南部に位置する津南町に着く。

 日本一と言われる典型的な河岸段丘の眺めが自慢の津南町。


俳優佐藤輝 新潟県津南町


 雪をかぶった八海山などの越後三山や巻機山(まきはたやま)を背後に従えて九段もの段々がついた河岸段丘を真っ正面に一望出来るのは、町の西側にあるスポーツリゾート施設マウンテンパーク。

 ここからの広々とした眺めが気持ち良い。盛りの紅葉に囲まれながら気分壮大な眺めを満喫する。
 温泉もあり、冬はスキーが出来る。今度はゆっくりと温泉に浸かりに来よう。

 新しく十日町市に合併した旧松之山町にあるブナの自然林「美人林」を散策。
 冬の木漏れ日がやわらかく、落ち葉を踏みしめ、幹に手を当てると、心はなぜか優しくなる。

 足元に見付けたブナの実を食べたら、縄文人の気分。結構、美味しかった。

                  輝 ☆彡 05.11.14


川上麻衣子ちゃんのガラスデザイン展
 
 5年前に『天国から来たチャンピオン』で共演した川上麻衣子ちゃんがガラス工芸作家デビューした。


俳優佐藤輝 川上麻衣子さん ガラスデザイン展


 工芸デザイナーのご両親の血を引いて、その頃、旅先でも工房を訪ねてはガラス器創りを楽しんでいたが、今度は趣味の域を超えて本格的に制作。
 8日、オープニング・パーティーで拝見した作品は麻衣子ちゃんのふっくらした優しさが表れていて、遊び心と夢のある素敵な作品の数々です。

 会場は六本木ヒルズから歩いて5分ほどのギャラリーMITATE

                   輝 ☆彡 05.11.10


雪起こしの大雷雨・母校記念講演

 朝の酒田は快晴で、ホテルの部屋の真っ正面には庄内平野の行き着いた先になだらかに弧を描く月山の稜線がくっきりと、その手前には黒々と羽黒山が見える。
 母校の創立記念日にふさわしい晴れやかな空を、最上川畔から飛び立った白鳥の群れが三々五々と横切っていく。

 この季節の庄内の天気は油断禁物。
 月山に雲がかかってきたと見るうちにさっきまでの空はどこへやら。講演が始まる頃には冷たい雨が降りだして、1曲目の歌を歌い終ると同時に雷鳴が轟き、トタン屋根に叩きつける大粒の雨。
 この時季、この地方特有の「雪起こし」の雷雨。故郷はこれを境にみぞれとあられ、雪の季節に入る。

 約700名の後輩と、母校で僕の1年後輩だと言う船越校長はじめ学校職員、それに宗同窓会長、橘PTA会長、原田庄内町長など多くの来賓が楽しそうに話を聞いてくれた。

 その内容は、
 1. 自分のコンプレックスを生かして人と共に生きたい
 2. だから人に感動して貰える俳優を目指し、そうした作品に出たい
 3. その目標に向かって、今乗り越えなければならないものへのトライ
 4. 「毎日が初日」の稽古と舞台
 5. 共に作品を作る支え合う仲間と、レベルの高い指導者との出会い
 6. 感性を育んでくれた庄内の風土・歴史・文化

 ミュージカル一般と、『ラ・マンチャの男』の歴史。庄内での少年期、演劇との出会い。昭和40年にプロとして初めて舞台に立って以来、40年間歩んできた俳優の道。その間に幅広いジャンルの作品とスタッフに出会い、それによって更に活躍の場が広がって『ラ・マンチャの男』のサンチョ449回を迎えることが出来た、そのさまざまな出会いを語った。

 1時間30分。語り、歌い終っていただいた拍手は寒さと雨音を打ち消して熱気にあふれていた。

 一人の生徒がサインを求めに来て感想を語ってくれた。
 感動した思いを熱く語る真剣なその姿が、俳優への希望をふくらませていた自分の高校時代の姿とダブって見えて、僕の目は潤んだ。

 早稲田の聴講生入学のために成績証明書をもらいに行って以来、31年ぶりに訪ねた母校での講演。
 後輩たちの今日明日にとって何の利益になる話では無いが、何かを感じてくれたことが僕には嬉しかった。
                  輝 ☆彡 05.11.9


     講演の様子を報じた山形新聞「夢の大切さ 熱く」
     俳優佐藤輝 山形県立酒田東高等学校創立85周年記念講演
     



山形県立酒田東高等学校創立85周年記念講演

 佐藤 輝が母校の創立記念日に記念講演をします。
2005年11月8日(火)   
    記念式典 10時40分〜11時00分
  記念講演 11時〜12時30分
       演題は『見果てぬ夢 〜 サンチョへの道』

    お問合せは酒田東高校へ 0234-22-1361


タイムスリップ

 31年前に突然のタイムスリップだった。
 あの頃のそんな僕がいたことを知っている人に出会って驚き、自分でも忘れていたその頃をあらためて思い出した。

 先月、一世を風靡した大阪の姉妹漫才トリオ『かしまし娘』結成50周年記念公演を、日本橋・三越デパート6階にある三越劇場で観た。
 次女・正司照枝さん、三女・正司花江さんと、僕が同じプロダクションに所属しているご縁もあり、花江さんは東京の『ラ・マンチャの男』を観に来て下さったり、忙しい舞台の合間を縫って名古屋公演の楽屋見舞いに寄って下さっている、有難い先輩だ。
        
 『花も枯葉も踏み越えて』は70才になった幼なじみの3人が、久し振りに再会し、ひょんなことから道に迷って一晩野宿するあいだに思い出を語りあう、昭和の庶民史とも言うべき筋立て。
 3人がテレビで語るフリートークでも感じる、どこまでが真実でどこからが虚構なのか分らない、そのうちつかみ合いの大げんかになるのではないかとハラハラドキドキする緊張感とテンポがあって楽しい舞台だった。
 3人が幼女を演じる2幕の冒頭は爆笑の連続。それに劇中で歌う、時代を象徴する思い出の歌が良い。花江さんは「咽喉が疲れていてひどい歌で恥ずかしい」とおっしゃるが、そのハスキーな声でやわらかく歌ったときのセクシーなこと。たまたま隣りの席になった坂本冬美さんや藤あや子さんたちが思わず「うまい ! 」と感嘆の声を上げるほどだった。
 カーテンコールで「今日は客席に皆さんご存知の方々がお見えです」と、左とん平さん、ミッキー・カーチスさん、藤さん、坂本さんと共に舞台に呼び上げられて挨拶した。

 終演後にロビーでスタッフと話をしているところに、三越劇場の制作部長さんが名刺を持って挨拶に来て下さった。
 「蓮池さん? 佐藤輝です。 初めまして」と言うと「佐藤さんとは初めてではないんです」。「ええッと、どちらで・・・?」の問いに、「早稲田の授業で一緒でした」と思い掛けない返事が返って来た。

 早稲田の授業。
 その頃のことは人に話したことがなかったし、自分でもほとんど忘れていた。だから、その頃の僕を知っている人がいることなど思ってもみなかった。
 一瞬にして忘れていた時と場所が脳裏によみがえった。

 プロの俳優として10年、活躍の場も広がり自分なりの演技も身に付いてきた頃、さて、これからの10年を俳優としてどう生きるかを考えた時、自分の演技を支えるしっかりした論理的柱を持ちたいと思った。
 自分の感性を育んだ故郷の風土や文化には大きな興味を持ち、民俗的基盤となっている羽黒修験やそこから生まれた民俗芸能、黒川能、黒森歌舞伎などを何度も足を運んでは見、機会をつくっては成り立ちや様式を調べてきていた。それらを系統立てて学びたいと考え、早稲田大学の演劇専攻の聴講生となった。
 その頃は折り良く新宿区の若松町に住んでいたから、自分たちで「めかけ坂」と勝手に名前を付けた細い「下戸塚坂」を下ってさらに喜久井町から夏目漱石が生まれた夏目坂を下れば早稲田の交差点。歩いて10分で文学部キャンパスに着いた。
 「民俗芸能」研究の第一人者、本田安次教授について学んだ。
 すぐに自分の思いや表現に直結する内容だし、しゃかりきになって単位を取る必要がないから楽しい授業だった。

 その授業で蓮池さんと一緒だったと言う。
 僕は社会人の聴講生だし他の学生達と話す機会も余りなかったが、蓮池さん達は、俳優が聴講生で来ていると噂をしていたらしい。『桃色吐息』などを作詞した康珍化さんも同級だと言う。
 驚いた。驚きと一緒に、生卵を落してたべた学生食堂の単純素朴なカレーライスの味を思い出した。
 嬉しかった。
 エアポケットのように忘れていた自分の過去を鮮やかに思い出させてくれた蓮池さんに感謝した。
                  輝 ☆彡 05.11.5


京都『水戸黄門』
 
 京都に入った8日は時に強く雨が降ったものの、その後は9日から昨日まで好天に恵まれて撮影は快調、予定通りに昨夜帰宅した。

 東映撮影所は『暴れん坊将軍』出演以来随分久し振りで、泊る場所からかつらや衣装の段取り、控室のことまで忘れていることばかり。
 それでもかつらが合わないからと途中で換えてくれたり、汗をかいた襦袢に急ぎアイロンをかけて乾かしてくれたり、板の間での座りには足が痛むだろうと毛布を敷いてくれたりスタッフの皆さんの親切な気遣いのおかげで気持ち良く仕事を終えることが出来た。


俳優佐藤輝 水戸黄門 東映京都撮影所 舞阪ゆき子さん、助さん原田龍二さん           セット前でおさわ役の舞坂ゆき子さん、助さん役の原田龍二さんと。


 両親を早く亡くしてしまった老舗菓子屋のお嬢さん・おさわ役は故坂本九さんの次女・舞坂ゆき子さん。僕はそこの老番頭・武助役。密接な関係の役柄だ。
 舞阪さんとは初対面だが、坂本九さんとは舞阪さんが生まれる以前にテレビドラマ『マイホーム ' 70』でご一緒したことがあるし、お姉さんの大島花子さんとは10数年前に、中川久美先生のジャズダンス・レッスンを一緒に受けた仲。
 そんな世間話をして気持がほぐれ、武助がおさわを諭す長いシーンもテンポ良く撮影を終えた。

 8日に雨で出来なかったロケの予定が優先となり、僕の出演シーンはほとんどがセット撮影で天気に左右されないため、晴れると自由時間が増えるという嬉しい日程だった。
 その時間を資料探しの本屋回りと、秋の京都詩情を味わいたくて八坂神社から「ねねの道」、二年坂、三年坂を通って夕暮れの清水寺を訪ねた。
 夕焼け空に烏が群をなしてねぐらに帰る。音羽の滝の水を飲もうと修学旅行生たちが長い長い列をつくり、そのさえずりの騒がしさはすずめのお宿以上だ。


      俳優佐藤輝 水戸黄門 京都清水寺


 頭が良くなる、顔が美しくなる、長生きする ? 声が良くなる ? 僕も高校生のころ、初めてこの滝の水を飲んだときは三本の滝のうちでどの滝にしようかと考えに考えて飲んだはずだが、覚えていない。
 日中の暖かさに合わせて薄着で出かけた夜は肌寒く、鍋ものが恋しくなって祇園縄手の「とり安」に入った。
 丹波地鶏か、そうか『天国から来たチャンピオン』の旅公演で丹波に行った時、産地の看板を目にしてどんな味だろうと思ったものの口にする機会がなく残念に思ったことを思い出した。
 「天狗舞」を飲みながら水炊きのコースを頼む。
 あっさりとしているが深いこくがある。生姜汁を入れて飲むと体が心底暖まった。

 夜8時撮影開始予定の日は夕方までホテルへ帰ればいいとのんびり町に出た。
 さて銀閣寺か嵐山か大原かと決めかねていたが、そうだ今年は『子午線の祀り』で年が明け、伊勢三郎義盛も大当たりした年だ。壇の浦に沈んだ安徳帝の母で生け捕りにされた建礼門院が入った尼寺、『平家物語』の『大原御幸』にもえがかれた大原・寂光院を訪ねるにはふさわしい時だと、比叡山のふもとを北に向かって1時間ほどのバスの旅。


      俳優佐藤輝 水戸黄門 京都大原


      俳優佐藤輝 水戸黄門 京都大原寂光院


 10数年振りに訪ねた寂光院は5年前に放火で全焼し今年6月に再建されたばかりで、800年の昔の思いに浸るには時間がかかる真新しさだが、形あるもの、人の命のはかなさをしのぶには十分だった。


俳優佐藤輝 水戸黄門 京都大原寂光院


 三千院に上る谷川沿いのモミジの葉は色づくにはまだまだ間がありそうだ。


俳優佐藤輝 水戸黄門 京都大原三千院


 苔むす庭の往生極楽院。創建当時は生きながら現世に極楽を味わえたであろう、楽を奏でる天女の姿をえがいた天井画は煤けてほとんど見えない。が、そこに救いを求めるしかなかった時代の人々の願いを想像させてくれる。
 今、この時代に生まれて良かったと実感できる世界であって欲しいと切に念じた。

                  輝 ☆彡 05.10.22


京都の秋

 去年の秋から伊勢三郎義盛の山賊髭、サンチョ髭と1年間続いていた髭をすっかり剃り落とし、耳がかくれるほどのサンチョヘアーを刈り上げて別人の雰囲気になった。
 女性は心の変化で髪を切ったりもするらしいが、僕のは仕事のために伸ばし、次の仕事のために剃り、切った。
 自分でも、こんなに変るんだと思いながら、何度も鏡をのぞく。
 男でもこうも変るんだから、女性が気分によって着るものを選ぶように髪形を変えるのもうなずける。

 明日から1週間、京都で久し振りの時代劇の仕事。
 紅葉には少し早いが、秋の落ち着いた京都を楽しみながら、九州八代の和菓子屋の老番頭を演じます。放送は新年明けの第1回目、ご期待下さい。

 そうそう今朝、おじぎ草の花が19個も一斉に咲きました。

                  輝 ☆彡 05.10.14


おじぎ草の花

 今朝、おじぎ草の花が10日ぶりに二つ咲いた。この愛らしい花が好きで今年も育てた。

 もう咲かないかと思いはじめた先月28日に久し振りに八つも咲いてくれて喜んだ。が、これだけ冷えるようになったし下の枝には小さな豆のさやのような種も出来てきて、どうやら今年はこれでおしまいだなとあきらめていたのにまた咲いてくれたのだ。
 朝食前のしばらくの間、ベランダでこの優しい花をいとおしんだ。


俳優佐藤輝 おじぎ草


 去年は実生から育てて、今年に備えて種も採取していた。
 ところが今年は種を蒔く時期に公演があって、ただ種を蒔くだけのことなのだけど落ち着いた気分にならないとそれが出来なくて、結局その時期を逃してしまい悔しく思っていた。
 8月に入って、家人が新宿で見付けたとおじぎ草の苗を買って来た。これで今年の秋もおじぎ草を楽しめる。喜んで鉢に植え替え、毎朝夕の水やりはもちろん、留守の間の風呂場への避難など、細心の注意をはらって育てた。

 9月3日朝、待っていた花が三つ咲いていた。寝ぼけまなこが喜びで大きく開く。しばらくは家人と共に見とれた。
 その淡い色形、可憐さと共に夕方にはしぼんでしまう儚さがこの花の命。1秒でも長く見守っていたい気持になる。

 まだ蕾がついている。冷え込みでしぼむことなく、最後の蕾まで咲き続けて欲しい。
 朝一番のおじぎ草チェックは続く。

                  輝 ☆彡 05.10.7



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