俳優・佐藤 輝-18
 
あそびごころの 佐藤 輝の世界 俳優・佐藤 輝 - 18
2008年3月〜7月

 
 
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2008年3月〜7月


夏本番 

 東てる美さんから初日祝いにいただいたガラスの風鈴が、バルコニーで時折乾いた音を響かせている。

 連休となった今日21日、新橋演舞場に近い地下鉄東銀座に向かう朝の日比谷線はがらがらに空いていて、茅場町から一緒になった衣裳さんと椅子に座ることができた。
 話題は、終演後に「あんな時代に生まれなくて良かった」と母親に舞台の感想を言いながら帰路につく親子の会話から始まって、訳の分からない暗い事件が次々と起きる飽食の現代と、食べるものさえ無かった「おしん」の時代について。

 公演は残り10回になった。
 子役のダブルキャストおしんの佐々木麻緒ちゃん、加代のももちゃんのA組と諸星すみれちゃん、渡邊ひかるちゃんのB組。
 新聞の劇評は麻緒ちゃんが出演したA組の舞台を観ての評だったが、B組も個性を生かして素直で心のこもった素晴らしい演技をしている。諸星すみれちゃんも毎回「渾身の演技で逆境の中での強いおしんを見せた。」と言える。

 今日から23日までと27日の千秋楽がA組、24日から26日までがB組の出演ローテーションだ。
 子役たちは、人によっては稽古から公演のこの短期間でも身長がぐんぐんのびる。それにともなって精神的にも成長しているから、演技の内容もかわってくる。シフトがかわって2、3日ぶりに会うと、その変化の大きさに驚かされる。自分は3年生4年生の頃はどんなだったのだろうと、子供時代を振り返る良い機会になった。仕事をしながら良い経験をさせてもらっている。

 僕の子供時代、おしんとまではいかないけど、みんなが貧乏で、腹をへらし食生活も貧しかった。でも、希望があり夢があり一家団欒があり、精神的には今よりずうっと豊かだった。

 僕は、この子役たちの50年後を見ることはできないが、自分の発想で今のような素直な演技ができる大人の俳優になってほしいと願っている。そしてその時代が、今よりは心豊かになっていることも !

                  輝 ☆彡 08.7.21


好評『おしん』の劇評 

 客席には連日、涙と笑いが渦巻いて、目を泣きはらしたお客さんが劇場前に張られた大ポスターを見ながら舞台の感想を語り合い、なかなか劇場を離れがたいようだ。


俳優佐藤輝 新橋演舞場『おしん』定次役 劇評


 10日の東京新聞夕刊に『おしん』の嬉しい劇評が載った。
 「逆境の中の強さ 渾身演技」と見出しがついた、演劇評論家・津田類さんの劇評の一部、真ん中部分だけを下に抜粋させていただく。

 口減らしのため七歳で奉公に出されたおしん(佐々木麻緒、諸星すみれの交互出演)を描く一幕が感動的だ。徹底的に(佐々木)麻緒のおしんをいじめる東(てる美)の女中(つね)、温かい眼差しで見守る佐藤輝の定次、二人の好演がおしんの境遇を際立たせる。麻緒は渾身の演技で逆境の中での強いおしんを見せた。

                  輝 ☆彡 08.7.11



『おしん』に庄内町ふるさと応援団 

 4日に初日を迎えた新橋演舞場の『おしん』は、35分の休憩を入れて4時間の上演中、客席に涙と笑いが絶えることなく、お客さんは感動して帰路についている。

 おしんの子供時代をダブルキャストで演じている佐々木麻緒ちゃんと諸星すみれちゃんが、やはり観客をたっぷり泣かせている。そして加代役のももちゃんと渡邊ひかるちゃんのわがまま娘ぶりが客席を沸かせている。
 子役の素直でけなげな演技を受けて、僕も演技中に本気で泣いてしまうほどだが、大人の出演者も全力投球で、舞台全体に気力があふれて素晴らしい作品になっている。お客様が喜ばないはずがない、実に良い舞台だ。

 5日の夜には、故郷・山形県庄内町の出身者が作っている「東京余目会」と「立川ふるさと会」、それに庄内町から駆けつけてくれた人たちもふくめて約50人が客席2列目で観劇し、舞台の僕を応援してくれた。山形の方言の微妙なニュアンスが分かっているからこそ出てきた笑いや反応などがあり、演じながら僕も楽しかった。

 終演後にはそのうちの30名ほどが劇場近くの居酒屋で2次会をして、僕を待っていてくれた。「たっぷり泣かせてもらったよ!」と舞台の興奮をそのまま引きずった皆さんから乾杯と激励の言葉を受けて、他の作品とは違う、故郷を舞台にした作品だからこそ味わえる、不思議な心地良さに酔いしれた。

 皆さんへのお礼と10月の公演の案内をしたあとは「最上川舟唄」の「ヨーイサノマガーショー エーンヤコラマーガセー」と掛け声の大合唱。「酒田さいぐさげー」と追分け部分も歌いたかったが、他の客の手前、営業妨害になっても悪いので割愛 !
 実に楽しくありがたい応援団との交流だった。

                    輝 ☆彡 08.7.7


順調『おしん』稽古 

 一昨日の朝、故郷山形からサクランボ佐藤錦が届いた。
 サクランボも新鮮さが命。その日は僕の稽古のない日だったが、出演者・スタッフにおいしいうちに食べてもらおうと稽古場に運んだ。
 休憩時間に光り輝く大粒で深い甘味のサクランボを味わい、皆さんがとても喜んで、おしんの故郷の味を楽しんでくれたという。
 今年の山形サクランボは豊作。飛び切りの甘味があって佐藤(サトウ)錦の名にふさわしい。特に、毎年送ってもらっている東根市の平山果樹園が家族ぐるみで丹精こめて実らせた佐藤錦は格別の特級品だ。

 21日には開演前の新橋演舞場花道で、奉公に出るおしんが乗るいかだの運転テストがあった。演出の石井ふく子先生、二人のプロデューサー、演出部全員が立ち会った。
 舞台で操る舟の場合は深さがあるから舟の底に操作するスタッフが腹ばいになって乗ることができるが、いかだは厚さがないからそうした仕込みができない。出演者が機械を操作するしかない。そのいかだに乗るのはおしんと僕だけだから、操るのはいかだ師の僕以外にはいないことになる。
 演技以外のそうした操作や段取りを任されることは、出演者としては本心、嬉しくない。機械の操作を気にして役の演技に集中できないこともあれば、故障や花道からの脱落などのアクシデントもありうるからだ。
 まだ外装の施されていないボディーだけのいかだは電機モーターで動く。リモコンは付いていない。じゃあ、本舞台から花道にカーブして入り、花道をまっすぐ進む方法は・・・。

 舞台にあがって見ると、いかだの通るルートに幅5センチほどのテープが張ってある。これがルートをガイドする磁気テープだとの説明。ヘエエッ!? こんなもので花道から落ちないで進むとはとても思えない。
 最初は無人でテスト。スタッフがスイッチを押すとモーター音もなく、実にびっくりするほど滑らかに花道を進んだ。
 次に僕が乗り込み、本番さながら、セリフきっかけで竹竿を操った。と同時に足許に置いたスイツチを踏むと、無人テストと同じにいかだは音もなく滑り出した。実に滑らかな動き。竿の動きにも、「ヨーイサノ マガーショー エーンヤコラマーガセー」と歌いだした「最上川舟唄」のテンポにもぴったり。立つ位置を変えて「酒田さいぐさげ まめ(達者)でろちゃ ヨイトコラサノーセー」と追分を歌っても良い感じ。「はやり風邪など ひかねようにー」でぴったり花道の先の揚幕に入った。いやいや、嬉しい。いかだに拍手をしたくなるほどの出来!
 もう一度同じテストをして、もう完璧。15分ほどで終わった。スタッフ皆さん、とても機嫌が良い。一幕一場幕切れの大事な場面が上手くできると確信したに違いない。
 後で聞いた話ではこのいかだ、製作費が数百万円だという。定次はなんという高い車に乗ることか。

 今月舞台出演があって前半の稽古に出られなかった出演者もそろい、全体が順調に仕上がってきた。
 長い物語を丁寧に刈り込んだ台本を、演出の石井先生がご自分で立って動きながら細かに芝居をつけて、長さを感じさせない感動のドラマに仕上げている。稽古を見ながら、その巧みさに唸らされる。お客さんの反応が楽しみだ。

 「おしん」の稽古は、いかだのスムーズな動きに象徴されるように、実に楽しく順調に進んでいる。

                  輝 ☆彡 08.6.26


おしん稽古 

 今はほぼ毎日、地下鉄とJR山手線を乗り継いで、大崎(品川区)の稽古場に通っている。通勤時間は50分ほどだが、昼前からこのあたりまで 出かけることが今まではほとんどなかったから、不思議な小旅行をしている気分だ。

 おしんの子供時代をダブルキャストで演じている二人の子役、佐々木麻緒ちゃんと諸星すみれちゃんが素晴らしい。大人よりも多いセリフを稽古前にすでにちゃんと覚えてきていて、きっかけの多い動きを短時間の稽古の中できちんと体に入れている。そして感情表現も的確で、これは観客をたっぷり泣かせてくれる感動的な舞台になるに違いないと確信している。

 一方、子役のおしんとの関わりが深い僕が演ずる定次は、東てる美さん演ずる女中つねとのバトルをくぐり抜けながら、慣れない村山弁(山形県内陸部の方言)に苦労している。二人のおしんの素直な演技の前では、下手な小技は消えてしまう。こっちも素直な気持ちの演技でこたえるしかないと、気持ちを集中させることを第一に心がけている。

 おしんをいかだに乗せて雪の最上川を下る時に歌う「最上川舟唄」、おしんが子守している武坊をあやす時に歌う山形県最上地方の子守唄「子守くどき」、この二曲を劇中歌として歌う。
 故郷・山形を代表する「最上川舟唄」は、自作の舞台でも、旅行先のスペインでも何度も歌ってきた僕の大好きな民謡。今回の公演でより多くの観客に聞いてもらえる機会が出来たことが嬉しく、毎日熱い稽古を続けている。

                  輝 ☆彡 08.6.11


さようなら 新橋・Chokai 鳥海 

 昭和39年に山形県立酒田東校を卒業し関東地方に住んでいる僕たち同期は、「東京39会」総会を数年ごとに開いている。そんなに間が空くのは寂しいからと、いつの頃からか「分科会」と称して季節の変わりめに年数度、男だけの飲み会を開くようになった。

 会場はその都度、幹事がさがしていたが、もう何年も前から、新橋にある「Chokai・鳥海」が例会場として定着した。ここは同郷で高校の後輩・佐藤猛君経営の店で、故郷庄内地方の季節の郷土料理をだしてくれる。後輩としては先輩の少々の無理も聞いてくれるし、故郷を語りながらの飲み会にはうってつけの飲み屋だった。
 僕も2,3回に1回は参加していたから、相当の回数この店に通ったことになる。

 今年はまだ分科会が開かれていないからそろそろかなと思っていた矢先の4月9日、突然、幅屋幹事からメールが届いた。それは5月16日に開催する分科会の案内でもあり、「Chokai・鳥海」での最後の集まりとなる知らせでもあった。

 分科会の開始時間は決まっているが厳密ではなく、着いた人から自由に飲み始めるし、誰かが加われば乾杯をするが特別の宣言も挨拶もない。この自由さが分科会の身上だ。
 5月16日の夜、ほぼ分科会の常連となっている9人が、三々五々「Chokai・鳥海」に集まった。
 そして飲み食いしながらの話題は、もっぱら39会の歴史と、次からの分科会をどこで開くかに集中した。それだけこのメンバーにとって、モダンな内装の「Chokai・鳥海」は落ち着いてくつろげた場所であり、安心して故郷を味わえるありがたい店だったのだ。

 「Chokai・鳥海」は5月いっぱいで閉店し、佐藤猛君は、故郷で彼の帰りを待っているお母さんと暮らすのだという。
 仕事の少ない故郷で、急に調理師の口が見つかり、この機会を逃してはいつまた帰れるか分からないから、急ではあるけれども決断したと説明してくれた。そして調理師学校時代の仲間が開いている店を次の分科会会場として紹介してくれた。


 分科会の会費はその都度割り勘にしている。数年前にその会費がガクンと2千円近く少なくなって驚いた。理由は簡単、みんなの酒量がガクンと落ちたからだった。

 佐藤猛君の新しい仕事場は、彼が名付けてこの店の名前にもなっている故郷の名山・鳥海山の麓だという。
 閉店して10日近い。彼は既に緑濃い鳥海山の麓の仕事場で働いていることだろう。そして新橋のビルの地下にあった「Chokai・鳥海」を思い出しているだろう。

                  輝 ☆彡 08.6.8


五月雨を 集めて早し 最上川 

 1689年(元禄2年)旧暦6月3日に最上川を舟で下った俳人・松尾芭蕉。そして『奥の細道』に載せた俳句が「五月雨を集めて早し最上川」。
 旧暦6月3日は太陽暦では7月。梅雨の真っ最中の最上川は山々の雨を集めて水量が多く、川の中央は濁流が盛り上がって、恐ろしいほどの急流になっていただろう。

 ここは、芭蕉が乗船した場所から更に上った、山形県大江町左沢(あてらざわ)の最上川。
 舟運が盛んだった江戸時代から明治大正時代にかけては、主要な川港として大いに栄えた所だ。
 今は、近くのサクランボ園の緑濃い葉の間に、色鮮やかな深紅の佐藤錦がたわわに実りはじめている。


俳優佐藤輝 撮影 おしんロケ地 山形県大江町左沢 最上川
この川を写真奥に上れば、おしんの生家ロケがおこなわれた中山町方面。右下の対岸が下の写真。 


 『おしん』の主人公おしんは明治40年早春に、まだまだ雪の多いこのあたりから、いかだに乗せられて最上川を下り、子守奉公に出発した。小学校に入る前の、7歳だった。


俳優佐藤輝 おしん撮影ロケ地 山形県大江町左沢 最上川
有名な『おしん』の冒頭、雪の最上川をいかだで下るシーンはここで撮影された。


  万緑の季節の中で、幼いおしんを乗せたいかだをあやつり雪深い最上川を下っていく定次の姿と、その心情に思いをめぐらした。

 頭の中で、村山弁と子守唄と「最上川舟唄」が渦を巻いている。

 7月の新橋演舞場『おしん』にぜひおいで下さい!

                  輝 ☆彡 08.6.7


目に青葉、日本海、庄内の岩牡蠣 

 いやあ、公演が終わったら『おしん』の稽古に入るまでの1ヶ月は暇に任せてのんびりするつもりでいたが、何が何というほどのこともしていないのに、結構暇なしで、夜はへとへとで眠くなるし、朝は朝で、そうだあれの段取りを付けなきゃなどと早起きをしてしまう。
 とはいいながら、この間に山形へ2度の帰省。そして10月に出演する舞台公演の宣伝写真の撮影もあった。

 前もって役柄の説明も受けずに六本木の写真スタジオに入って、衣装さんから受け取った衣装が、何とルパシカ! !
 ルパシカとは、あのロシア民謡を歌うドン・コサック合唱団が着ている民俗服。袖がだぶついていて、腰に紐を結ぶビロードの服。最近は見かけることが少なくなったが、少し前まではロシア風居酒屋の亭主などが着ていたなあ。
 僕の役が、ルパシカを着るような役だったということは、10月の公演は相当なサプライズだなあ、きっと。共演者は誰だろう? お楽しみに ! !


俳優佐藤輝 山形市ムツシュ・サトウ 日本海 岩牡蠣イワガキ


 目には青葉・・・、山形は日本海の岩牡蠣が旬 ! ! 以前はその岩牡蠣を食べるだけのために5月に帰省したものだった。
 今年は思いがけず、その初物に山形市のレストラン『ムッシュ・サトウ』でであった。口いっぱいにほお張る大粒でプリプリとした歯ごたえ、そして弾力のあるのど越し。鳥海山の雪解け水がミネラルたっぷりの伏流水となって日本海の海底にわき出た、そこに育った天然の岩牡蠣。
  口から体全体に広がる甘さと海の香り。大地と海のエキスをもらった体は元気になる。理屈はいらない、ただ、うまい ! !
 しあわせな気持ちになる。

                  輝 ☆彡 08.5.24


庄内の宝 キノゴ頭の「余目の男」 

 音楽集団・上々颱風(しゃんしゃんたいふーん)のツインヴォーカルの一人で僕と同郷の白崎映美さんから、故郷山形県庄内地方で発行されている月刊誌「スプーン」の5月号が送られてきた。
 上々颱風は、心を癒してくれる素晴らしいハーモニーで、アジアを中心にした世界のエスニックサウンドを聞かせてくれる僕の大好きな音楽集団。


俳優佐藤輝 撮影 山形県庄内平野 月山
庄内平野の南東に横たわる出羽三山の主峰・月山(1984m)


 白崎さんは先月から「スプーン」に「上々颱風の歌姫、白崎映美のおばこエッセイ」連載を始めた。そして連載2回目となる5月号に、白崎さんは僕のことを書いてくれた。
 白崎さんは、書き上げた原稿に編集部がタイトルを付けた時から、そのタイトルでは輝さんが怒るのではないだろうか、きっと叱られると思ったらしく、庄内弁で何度も「タイトルが佐藤さんさ見せんながもっけだ(済まない)ようだなですが、ごげねで(怒らないで)読んでいただけますことをm(__)m」とメールをくれていた。だから、エッセイへの期待と同時に、どんなひどいタイトルなんだろうと不安を持ちながら、掲載誌が届くのを待っていた。

 白崎さんが心配していたそのタイトルが “庄内の宝 キノゴ頭の「余目の男」”。
 !? !? !? 何だこりゃ ! ?

 でも、本文を読んで納得した。
 キノゴは茸(キノコ)の庄内なまり。余目(アマルメ)は僕が生まれた現・庄内町の旧町名 。
  “キノゴ頭の「余目の男」”は、白崎さんが僕と初めて出会った時に受けた僕の印象をストレートに表現した一節だ。
 「余目の男」は、白崎さんが観た、僕が4月に出演していた「ラ・マンチャの男」の題名に掛けている。そして、僕との出会いからその後の付き合い、「ラ・マンチャの男」のサンチョの感想を、彼女の言葉を借りれば「感激、感動、尊敬のキモヂを、庄内のひとがたさも伝えたいと」の思いで、切々と書いてくれている。中々文章も上手く、ユーモアにあふれた楽しいエッセイだ。

 僕のサンチョをこれほど喜んでくれたエッセイに感動し、僕も嬉しくてウルウルしながら下の感想メールを送った。(ご注意 白崎さんとのメールは急用以外は庄内弁表記です。また白崎映美さんのことは、白崎さんが歌っている「そうよあたいがエミリーよ」にちなんで、エミリーと書いています)

キノゴ頭の「余目の男」! ! だど ! ?
オラまんずおぼげで(驚いて)すまてぇ、早ぐ中味読まねばねど思たんども、読者の目どご引き付けるために編集者も中々ンメェ見出す付けたもんだの ! うん。
エミリーさん、もっけだがる事は何にも無え ! ! 感激、感動、尊敬の気持ぢにあふれた大した立派な名文だぞ ! ! v(^-^) 書かれた俺はこそばゆいんどものう。こげすて思ってもらって、オラうれすぐでありがででば ! ! (T_T)

                  輝 ☆彡 08.5.16


 白崎映美さんのエッセイ全文を読みたいなど興味をお持ちの方は下記編集部へお問い合わせください。
 SPOON編集部  酒田市京田2-59-3 コマツ・コーポレーション内
         0234-41-0070

 白崎映美さん出演 上々颱風 ライブ
  6月14日〜15日 世田谷パブリックシアター
  6月21日 大阪・能楽会館
  6月22日 神戸・酒心館
  7月5日 新宿・花園神社七夕コンサート
  お問い合わせ M&Iカンパニー 03-5453-8899 
         M&IカンパニーHP 


『おしん』の故郷 

 7月に出演する新橋演舞場『おしん』の物語りの舞台は、僕の出身地・山形県。
 おしんが生まれたのは最上川の上流の山村の設定だから、僕が生まれた最上川河口に近い庄内平野とは百数十キロ離れている。


俳優佐藤輝 撮影 山形県庄内平野 鳥海山
佐藤 輝の故郷、山形県庄内平野。北にそびえる出羽富士・鳥海山(2236m)を庄内町から見る。田んぼには水が張られて田植え直前。

「高曇り鳥海五月田に溶けて 輝」


 連休の山形帰省の折りに、NHKテレビ小説『おしん』でおしんの生家のロケ地となった中山町岩谷を訪ねた。ここは山形市中心部から西に車で30分ほどの所。
 岩谷は、昭和55年に全村民が離村して廃村、現在は無人の村。


俳優佐藤輝 おしんロケ地 生家 山形県中山町岩谷


 実際にロケで使った家はその後倒壊し、現在あるのはロケの時にスタッフや出演者の控えの場所となった家。その内部に、撮影セットと同じような道具が置いてある。

 無人の村なのに、なぜか人のざわめく気配が感じられて、その方向に行ってみて驚いた。


 石段を登ると、小さな神社の境内にゴザを広げて旧村民の男たちが車座になって春祭りの最中だ。
 離村してからも、毎年5月5日にはこの山の神神社に集まり、祭りを祝っているのだという。奇しくもその日に、僕は来合わせたのだった。
 そして紹介されてその車座の中に『おしん』の定次として加わり、皆さんと乾杯をした。まるでおしんの村の村民になった気分。おしんのロケの時の話を聞き、7月公演の定次の役柄などを話した。


俳優佐藤輝 おしん生家ロケ地 山形県中山町岩谷 山の神神社


 帰りがけ、神社から数分と離れていない十八夜観音を通ると、観音堂が開いており村の女性たちが集まっていた。お参りすると、「まずまず食べなさい」とお菓子や赤飯のご馳走 !
 8月18日の観音様の祭りには山寺の山伏の火渡りもあるから是非おいでと、誘ってくれた。


俳優佐藤輝 おしん生家ロケ地 山形県中山町岩谷 十八夜観音堂


  村があったころは伝統としきたりを守るために大事だった行事が、今は年2回、夏の祭りとこの春祭りで、散り散りになった村民のきずなを確認し合っている。

                 輝 ☆彡 08.5.13


2008年 ミュージカル『ラ・マンチャの男

2008年4月5日(土)〜30日(水) 皇居前・帝国劇場

佐藤 輝のサンチョが大好評のうちに日本最多出演484回出演を記録し、無事に公演を終了しました。
1995年以来13年間にわたる、皆さまのご声援のおかげです。ありがとうございました ! !
 
 
帝劇4月18日の公演で初代サンチョ・小鹿番さんの467回出演記録を越え、千秋楽の4月30日に出演484回を記録しました。
 

佐藤 輝・サンチョ出演記録



『ラ・マンチャの男』サンチョ484回を記録 

 先月30日、『ラ・マンチャの男』帝劇公演はサンチョ日本最多出演484回を記録して無事に千秋楽を終えました。

 1995年以来、この大役をこれだけの回数出演できたのは、サンチョを愛し、佐藤輝を応援してくださった皆さんの熱いご支援のおかげと、心から感謝しております。ありがとうございました!
 千秋楽には「旦那が好きなのさ」の歌でも、カーテンコールでも、客席から「サンチョ!」の声が多く掛かり、元気付けられました!


       ミュージカル『ラ・マンチャの男』サンチョ484回 2008帝劇千秋楽


 今回の公演が、一番佐藤輝らしいサンチョを演じられたと思います。いつもの千秋楽には、カーテンコールで涙が流れましたが、今回はまったく感傷がなく、精いっぱいサンチョを演じ、仕事を成し遂げた満足感でいっぱいでした。
 終演後に舞台袖でおこなわれた乾杯では、シャンパンを3杯もいただきました。


ミュージカル『ラ・マンチャの男』サンチョ 2008帝劇千秋楽


 そして、公演で4キロ近く痩せた体のケアはまずは栄養からと、千秋楽の夜は焼肉屋に直行 ! !

 今は爽快で自由な気持ちにあふれています。

                  輝 ☆彡 08.5.8



『ラ・マンチャの男』初日、サンチョ450回 

 稽古に入ってから出演を予定していた上條恒彦さんが急遽降板したり、インフルエンザで稽古が休みになったりのアクシデントを乗り越えて『ラ・マンチャの男』帝劇公演は4月5日に、無事初日を開けました。
 その日は僕のサンチョ役が、1995年の青山劇場公演に初出演して以来450回を数え、僕とサンチョを応援してくださっている皆さんが、北から南から、大挙してお祝いに駆けつけてくださいました。ありがたく嬉しい、感激の初日でした。
 また、皆さん夫々が心をこめて工夫をこらし、お祝いのメッセージ、お花やお菓子、お酒などを贈り届けてくださいました。
 心からの感謝とお礼を申しあげます。
 最初にサンチョ役が決まったときの様子は、公演パンフレットの「ONE EPISODE」に書きました。是非、ご一読ください。

 今月35ステージのうち、今日で6ステージが終わりました。
 『ラ・マンチャの男』という作品が本来持っているもっともっと凄いエネルギーにはほど遠い現在の舞台だし、それによって本来サンチョが持っている存在感・面白さも弱められている状況だということは本当に悔しく残念なことですが、この状況の中で自分が出せる限りのサンチョを、明日からの残り29ステージ、心をこめて演じ尽くしたいと思っています。

                  輝 ☆彡 08.4.8


花咲く季節 

 『ラ・マンチャの男』の稽古は、それまでのピアノだけの伴奏に21日からはドラムス、ギター、ベースなどリズム隊が加わり、昨日も通し稽古。
 今日、明日はオーケストラの練習があるので、疲れをとるようにと、稽古は休みに。

 22日の開花宣言以降、24日は雨で冷えたものの18℃を越す日が続いて、今日の20℃で更に開花は進んだ。


 久しぶりにのんびりと、近くの緑道をバルコニーから眺めると、16日には満開だったハクモクレンはすっかり散って、白いコブシが満開。それを追うように桜並木は四分咲きだ。今度の土日には花見の宴がにぎやかなことだろう。


ミュージカル『ラ・マンチャの男』サンチョ 撮影 桜並木とコブシ
桜並木に白い花を咲かせるコブシ


俳優佐藤輝 撮影 ヤブツバキ 舘椿
「舘椿(タテツバキ)」と呼んで大事にしているヤブツバキ


 バルコニーの椿の鉢も、山形の生家から持ってきて「舘椿」と呼んでいる深紅のヤブツバキ、小さな桃色の花をつける「侘助」、桃色の地に赤い斑が入った「日暮」などつぎつぎに咲いている。


俳優佐藤輝 撮影 ツバキ日暮ヒグラシ
赤い斑の変化が面白い「日暮(ヒグラシ)」。30年近く前、満開のこの椿をバックに入学式の記念写真を撮った近所の娘さんは今、どうしているのだろう


 鉢植えのサンショは美味しそうな若葉をグングンと伸ばしている。花見の季節は竹の子が出始める頃、竹の子ご飯に木の芽を載せて・・・(ゴックン)。

 風邪を警戒してバルコニーの楽しみは早々に切り上げたが、午後はまた久しぶりにティップネスのプールへ行って体を伸ばし、マッサージプールで肩に打たせ湯。
 身も心も軽くなった春の一日。歌声の伸びも良くなりそうだ。

                  輝 ☆彡 08.3.26



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