俳優・佐藤 輝-19
 
あそびごころの 佐藤 輝の世界 俳優・佐藤 輝 - 19
2008年8月〜10月

 
 

           
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2008年8月〜10月



『新宿・歌声喫茶の青春』大好評閉幕!! 

 14日の千秋楽で、無事に公演を終えました。
 初日から連日満席の客席は、爆笑と大合唱と感激の涙。会場は大きな拍手に包まれて、満足したお客さんの笑顔があふれました。
 今回も沢山のご来場、ありがとうございました。



俳優佐藤輝 2008シアターアプル 新宿・歌声喫茶の青春 劇評
10月10日の産経新聞「週末観シュラン」には「泣き笑い度88%」の高評価が



 お陰様で、劇場近くの海鮮料理屋で行われた打ち上げも、出演者・スタッフ共に上機嫌で、鯉淵プロデューサーから「来年秋ごろには再演をしたい」との話に歓声が上がりました。

 ともかく、この舞台を支えるのに出演者が耐えに耐えて良くぞ頑張った。そして、嫌みのある出演者がまったくいないカンパニーは珍しい。気持ち良い。
 その中でも支えとなった一番は、あれだけ沢山のセリフを言い、美しい生声で沢山の歌を歌って三枝澪(みお)役を演じた由紀さおりさんの力まない頑張り。相手役として、日々深く変化していく由紀さんの演技を間近に楽しませていただいた。

 大変だったのは、全幕を、ある時は舞台に立って伴奏者となり、澪の仲間として演技をし、客席からは見えない袖中を歩きながらつなぎの劇伴を演奏したアコーディオン奏者の田ノ岡三郎さん。決して外すことが許されない、沢山の切っ掛けを自分で確認し演奏するのは大変な神経の集中が必要だったと思う。この公演の敢闘賞は彼だ。その田ノ岡さんが「袖に入って、着替え以外の時は、佐藤さんの舞台の演技を見ていました。ドラマの世界が広がる瞬間を何度も見られて感動しました。」と言った言葉には驚いた。あれだけの仕事をしながら、舞台の演技を見ることができた心の余裕に感心した。

 オーディションで多くの応募者の中から選ばれた11人のアンサンブル、幸福未央さん、伊藤聡子さん、岩崎亜希子さん、遠藤麻里さん、香月彩里さん、岩永ゆいさん、石塚健介さん、杉山有大さん、清野秀美さん、一岡道修さん、森本臣泰さん、演劇への初出演3人を含むこの出演者たちも良く頑張った。稽古では抽象的なダメに首をかしげながら苦労し、袖に入るたびに衣裳を着替え、小道具を持ち変え、一人何役もを演じ歌った努力にご苦労さん ! お疲れさん ! 乾杯だ ! ! !
 舞台監督も助手の皆さんも、細かな段取りをつけるのに苦労された。スタッフ皆さんの支えによって、客席から見て流れのある楽しい舞台にすることができました。ありがとうございました。

 澪と結婚し、後に別れて、麻丘めぐみさん演ずるひかると再婚する僕の木崎役は、身近な友人知人からは「最低の男」と評され、少し離れた人からは「一生に一度しか回ってこないようなモテル役だなあ」と羨ましく言われ、一般の観客からは「面白かった ! 最後にまた一緒になってホッと幸せな気持ちになった」との感想をいただいた。役者冥利に尽きる役だ。
 小劇場の演出なども手がけている麻丘さんからは、良いアドバイスも貰った。



俳優佐藤輝 新宿・歌声喫茶の青春 シアターアプル楽屋
開演前の楽屋廊下で



 今回の楽屋は、鶴吉と錦城の二役を演じた山田純大さんとの二人部屋。初共演だが、純大さんは演じている役と同様に中々爽やかな素敵な青年で楽しい相部屋だった。楽屋で芝居作りの段取りや演技のことを話し共感するうちに、舞台でも役同士の関係がよりはっきりと見えてきて、細かな感情のやり取りを楽しめるようになった。千秋楽2日後には、八重洲の天ぷら屋で2人だけの打ち上げをした。

 もう、来年の再演が楽しみな『新宿・歌声喫茶の青春』です。今回、都合で観劇できなかった方も、来年の再演には是非おいでください。

 掲示板に公演中の感想など、書き込みがあります。どうぞご覧ください。

                  輝 ☆彡 08.10.18



『新宿・歌声喫茶の青春』今日開幕!! 

 今日、10月3日午後4時に、新宿コマ劇場地下にある劇場シアターアプルで初日の幕が開く。

 僕にとって、新宿歌舞伎町に最初の歌声喫茶を開いた店のオーナー木崎役は、最近僕が演じた役にはなかった、複雑な思いを持った面白い役で、久しぶりに「役への挑戦」を意識させてくれた役だ。
 今日も、公演初日の舞台の前に、朝から完全通しの舞台稽古(ゲネプロ)をするが、これまでの稽古の日々は、台本に書かれている役をいかに血の通った人間木崎へ肉体化できるかの挑戦であり、演出スタツフとのバトルも加わって、実に果敢な挑戦の毎日だった。

 物語は戦後の復興がようやく軌道に乗り始めた、1956年(昭和31年 )春の新宿から始まる。
 木崎が運営する、ロシア料理店とは名ばかりの大衆食堂「かもめ」に、ある日演劇を勉強する澪(みお、由紀さおりさん)とひかる(麻丘めぐみさん)たちのグループがやってくる。そして店に流れるロシア民謡のレコードに合わせ、楽しく歌いはじめた。そんな姿をみた木崎は、この店を歌声があふれる若者のユートピアにしたいと夢をいだき、澪に手伝ってくれないか、と頼む。
 戦災孤児だったノミ屋の鶴吉(山田 純大さん)のアイデアなどにも助けられて”歌声喫茶・トロイカ”が産声をあげ、たちまち二人が夢見たように若者達のオアシスとして時代の脚光を浴びてゆく。
 やがて木崎は澪と結婚し、のちに別れて、ひかると再婚する。

 僕にとっては数十年ぶりのラブシーンもあり、胸をときめかせての舞台だが、最後に思い掛けないドンデン返しが待っていて・・・。それは、見てのお楽しみ !

僕と『新宿・歌声喫茶の青春』の時代
 思い返してみると、僕が歌声喫茶に通ったのは1964年(昭和39年)から67年ごろがピークで、「灯」に通ったとはいっても年に数回のことだったと思う。しかもこのころは、自分が今のように人前で歌うなど想像もできないほど歌に自信がなくて、でも歌は好きで、まわりのお客さんと一緒だとなんとか歌えたから通っていたのかも知れない。
 歌やダンスの世界に僕の心と体が開いていったのはその後のことで、今はその二つが大切な要素となっているミュージカルにも多数出演しているのだから、人生って先のことは本当に分からないものだ。

 新宿は僕の青春時代・劇団研究生時代を支えてくれた街。
 研究生仲間と演劇論を交わしたのは西口の大衆飲み屋が連なる横丁。このあたりの安い定食屋がおう盛な食欲を満たしてくれた。区役所通りの小さな居酒屋やゴールデン街も。
 高校同期の仲間との待ち合わせはコマ劇場近くにあるお城のような喫茶店「王城」。演劇仲間とは東口から行った「風月堂」で落ち合った。明け方の空きっ腹は「五十鈴」のオバちゃんたちが作った美味い定食だった。
 映画館「新宿アートシアター」では外国の名作映画と終映後に始まる演劇公演に刺激を受け、花園神社境内では唐十郎の野外劇などを土砂降りの雨の中で観た。
 63年に入った劇団俳優小劇場は渋谷にあったが、稽古後には演出の早野寿郎さんの酒のお供で毎晩のように新宿へ。劇団の先輩が経営しているスナック「てあとろ」がアートシアターの裏にあり、そこが劇団仲間のたまり場になっていた。
 69年、僕の初舞台として公表されている劇団俳優小劇場の『日と火と碑と人』公演は新宿・紀伊国屋ホールだった。その後ここには何度も出演したし数えきれないほど多くの公演を観た。
 ラジオ番組も若者文化の一つだった。僕が好きだった民放番組『夜のバラード』は多くの若者に支持され、由紀さおりさんが歌った番組のテーマ曲『夜明けのスキャット』が爆発的にヒットした。ゴールデン街2階の飲み屋「ムーミン」で週1回の手伝いをしたのもこのころで、その頃、僕は新宿区民になった。
 この時期、演出・振付家の関矢幸雄さんの指導を受けて歌うことと踊ることに目覚めた僕は『日と火と碑と人』公演直後に関矢さんの紹介で全国労音のオリジナルミュージカル『だから! 青春』に出演、全国の主要都市で100公演した。
 この年、日本テレビのドラマ『若すぎる二人』に、九重佑三子さんの弟役で初めてレギュラー出演した。九重さんの相手役が、今回共演する山田 純大さんの父親・杉良太郎さんだった。時の流れは不思議な縁を結んでくれる。

 その後のミュージカル連続出演のきっかけとなったブロードウェイミュージカル初出演は93年の新宿コマ劇場『その男ゾルバ』(藤田まこと、市原悦子、上月晃出演)だったし、この劇場ではミュージカル『シンデレラ』(酒井法子出演)にも出演した。
 シアターアプルにはミュージカル『34丁目の奇跡』(細川俊之、土居裕子出演)以来9年ぶりの出演で、今年の暮でこの二つの劇場の歴史に幕が下りることを思うと、色々な思い出・懐かしさと惜別の思いがこみあげてくる。

 劇中で木崎は新宿歌舞伎町の成り立ちを語っているが、稽古でそのセリフを言うとき、目の前には青春時代をすごした当時の町並みが見えてくる。
 こうして思い出をたどると、今日の僕を育んでくれたのはこの時代の新宿だったと、つくづく思います。
 そんな諸々の思いを込めた新宿青春賛歌として、『新宿・歌声喫茶の青春』の木崎役を精いっぱい演じる。是非、おいでください。

                  輝 ☆彡 08.10.3


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2008年10月 舞台公演
 
10月14日無事に公演を終了しました。

「トロイカ」・「カチューシャ」 そして「ともしび」
新宿・歌声喫茶の青春


俳優佐藤輝 シアターアプル 新宿・歌声喫茶の青春 チラシ
昭和30年代の新宿・歌舞伎町に生まれた「歌声喫茶」を舞台に若者達の喜びと悩みを描いた青春音楽劇。
演劇界を代表する豪華キャストで送る観客参加型音楽劇
『さぁ、一緒に歌いましょう!!』

10/3(金)〜14(火)シアターアプル(新宿コマ劇場B1F)
全席指定 7,500円

【出演】由紀さおり・麻丘めぐみ・山田 純大・佐藤 輝・安田ひろみ

田ノ岡三郎(アコーディオン奏者)
幸福 未央・伊藤 聡子・岩崎亜希子・遠藤 麻里・香月 彩里・岩永 ゆい
石塚 健介・杉山 有大・清野 秀美・一岡 道修・森本 臣泰

  原作・丸山 明日果 歌声喫茶「灯」の青春 より
脚本・山川啓介 演出・村田 大 音楽監督・前田 憲男

主催 テレビ朝日/ニッポン放送
企画制作 アイエス



『新宿・歌声喫茶の青春』制作発表 

 各地での集中豪雨被害が報道される中、雨が止んでほっと一息ついた昨日28日、記者やテレビ取材を対象にした『新宿・歌声喫茶の青春』公演の制作発表が新宿のホテルでおこなわれて出席した。
 会場のホテルは、原作・丸山 明日果著『歌声喫茶「灯」の青春』に書かれた「灯」が実際にあった場所から道を1本隔てた目の前。
 歌声喫茶「灯」があった三角角地には、外観こそ鉄筋コンクリートになっているが、その名前に名残をとどめた「灯ビル」が今も建っている。

 制作発表は記者発表とも呼ばれ、公演ごとに取材陣を呼んで大々的におこなわれている。この日は芸能関係記者とテレビ3社で30人ほどが取材に集まった。


俳優佐藤輝 シアターアプル 新宿・歌声喫茶の青春 製作発表 由紀さおり 麻丘めぐみ 山田純大
左から鯉淵プロデューサー、安田ひろみさん、佐藤輝、由紀さおりさん、麻丘めぐみさん、山田純大さん、演出の村田大さん



 鯉淵プロデューサーが公演作品の概要を説明したあと、演出の村田大さんが挨拶。由紀さおりさん、麻丘めぐみさん、僕、山田純大さん、安田ひろみさんと続いた。
 完成台本でない準備稿を2日前にようやく貰って、スタッフも共演者も今回初めてご一緒する方ばかり。由紀さん、山田さんとは宣伝写真撮影の時に挨拶したものの、麻丘さん、安田さんとはこの日がまったくの初対面。何をどう言って良いのやら・・・。

 歌声喫茶に何度も通った経験を持っているのは僕だけのようで、当時の歌声喫茶の料金や様子を語る立場になった。
 思い出すと、僕が歌声喫茶に通ったのは1964年(昭和39年)から67年ごろがピークで、通ったとはいっても年に数度のことだったと思う。しかもこのころは、自分が人前で歌うなど想像もできないほど歌に自信がなくて、でも歌は好きで、まわりのお客さんと一緒だとなんとか歌えたから通っていたのかも知れない。
 歌やダンスの世界に僕の心と体が開いていったのはその後のことで、今はその二つが大事な要素となっているミュージカルにも多数出演しているのだから、人生って先のことは本当に分からないものだと思う。

 物語は1956年(昭和31年)春に始まる。
 僕が演ずる木崎英雄役はロシア料理店とは名ばかりの「大衆食堂かもめ」のオーナー。そこにやって来た演劇研究生仲間、由紀さおりさん演ずる三枝澪(さえぐさみお)、麻丘めぐみさんの瀬川ひかるたちと知りあい、店を歌声喫茶にする発想が生まれる。
 戦後新宿の発展・変遷と、希望にあふれる若者たちのエネルギー・夢への挑戦がオーバーラップするストーリーを、時代を象徴する数々の歌と歌声喫茶で歌われたたくさんの歌がつむいでゆく。音楽劇。

 新宿は僕の青春時代・劇団研究生時代を支えてくれた街。
 研究生仲間と演劇論を交わしたのが大衆飲み屋が連なる西口のションベン横丁。このあたりの安い定食屋がおう盛な食欲を満たしてくれた。少し洒落ればバイオリン生演奏が時々入って来る「バン焼き」が売り物の「ヴォルガ」。そして大きな焼き鮭にたっぷりの大根おろしが美味かった区役所通りの小さな居酒屋「小茶」。
 高校同期の連中との待ち合わせはコマ劇場近くにあるシンデレラのお城のような喫茶店「王城」。演劇仲間とは東口からまっすぐ行った「風月堂」で落ち合った。明け方の空きっ腹は「五十鈴」のオバちゃんたちが作った美味い定食だった。

 映画館「新宿アートシアター」では外国の名作映画と終映後に始まる演劇公演に刺激を受け、花園神社境内では唐十郎の野外劇などを土砂降りの雨の中で観た。今や巨匠と呼ばれる演出家の蜷川幸雄さんも初めの出発はアートシアターだった。
 63年に入った劇団俳優小劇場は渋谷にあって稽古をしに西麻布から毎日渋谷に通ったが、稽古後には演出の早野寿郎さんにお供して毎晩のように新宿へ。劇団の先輩が経営しているスナック「てあとろ」がアートシアターの裏にあり、そこが劇団仲間のたまり場になっていた。
 69年、僕の初舞台として公表されている劇団俳優小劇場の公演『日と火と碑と人』は新宿・紀伊国屋ホールだったし、ここでは数えきれないほど多くの公演を観た。
 ラジオの深夜番組も若者文化の一つだった。僕が大好きで楽しみにして聞いた、清水紘治さん、吉田日出子さんが詩を朗読した番組『夜のバラード』は多くの若者に支持され、由紀さおりさんが歌った番組のテーマ曲『夜明けのスキャット』が爆発的にヒットした。そのテーマ曲が聞こえるだけで、夜のしじまと詩の世界が広がるのを感じたものだった。



俳優佐藤輝 シアターアプル 新宿・歌声喫茶の青春 製作発表
何がそんなに面白いのかこの笑顔。相当に楽しい音楽劇になりそうだ



 『日と火と碑と人』で僕の兄の役をやっていた小川幾多郎さんは僕と体形が似ていて何人かに間違われたが、その舞台を観に来た小川さんの実のお母さんが演じている僕を指さして「ほらほら、あれがウチの息子」と同行者に説明したと言うエピソードがある。
 その小川幾多郎さんがゴールデン街の2階に飲み屋「ムーミン」を始めたのもそのころ。そして「ムーミン」の週1回の定休日を借りて開店していたのが『キューポラのある街』を撮った映画監督・浦山桐郎さんの奥さんで劇団員の黒田絢子さん。その週1日を手伝っていた研究生仲間が旅公演で地方に行くことになって、その穴埋めに頼まれた僕が、短期間だが飲み屋の手伝いをしたのも新宿だ。
 ほとんど毎日が新宿での生活だったから、住むのも新宿から歩いて帰れるくらい近いところが良いと、港区から新宿区民になったのはそのころだった。
 この時期、演出・振付家の関矢幸雄さんの指導を受けて歌うことと踊ることに目覚めた僕は『日と火と碑と人』公演直後に関矢さんの紹介で全国労音のオリジナルミュージカル『だから! 青春』に出演、全国の主要都市で100公演した。
 今日の僕を育んでくれたのはこの時期の新宿だったと、つくづく思う。

 最後にドンデン返しが待っているが、歌声喫茶のオーナーはリーダーではないからあまり歌は歌わない。その分、たくさんのセリフがある。ふぅゥゥ。
 さあ、セリフを覚えなきゃあ! 歌の練習も始まるぞ!

                    輝 ☆彡 08.8.29 

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8月15日 

 63年目の8月15日。

 バルコニーから眺めるお盆休みで広くなった真夏の空は、ビルの上の入道雲がもくもくと大きく育ちそうな気配と、頭上高くに刷毛で掃いたような秋の気配の雲が同居している。







 口パクで歌わされた少女、その陰で実際に歌わされた少女。
 軍国主義をたたき込まれて日本の勝利を信じていたのに、負けた途端に別人のようになったオトナたちを見た少年少女たち。

 個人の尊厳を大切にする世界になってほしい。







 矢張り、不ぞろいのおじぎ草は夜の暑さのせいのようだ。
 昨夜、気温が下がったころに水をたっぷりやったら、今朝は完全な形の花が16個も咲いた。

                   輝 ☆彡 08.8.15




残暑お見舞い 

 猛暑と強烈な雷雨が多い今年の夏も、暦の上では昨日から秋。
 ふうっとため息をつきながら、残暑お見舞い申しあげます。

 この暑さのせいか、普通はチアリーダーが持つポンポンのようにピンクの花が放射状に円く咲くおじぎ草だが、ここ数日は半欠けや4分の3欠けなど、みじめに咲く花が多くて可愛そう。

 ジィーッ! 毎朝日課のバルコニーの植物たちへの水やり。竹やぶの根元に水をやり始めると蝉が一声不満そうに鳴いて、「迷惑だよ! 」と言わんばかりの目つきで僕を一瞥しながら飛び去っていく。それが何日も続いている。一昨日などは、つがいなのか2匹が一緒に飛び立った。このわずかの緑が蝉のお宿になっていると思うと楽しい。

 関東全域で雷鳴がとどろき大雨注意報も出ていた4日に、地元の花火大会があった。ニュースには各地の土砂降りの様子が映っていたが、幸運なことにこのあたりは打ち上げ時間になっても何とか天気がもっていた。
 我が家の玄関からは正面に花火がよく見える。この廊下にキャンプ用の折畳みテーブルと椅子を出して、ビールとつまみを楽しみながら眺めるのが恒例行事になっている。
 途中、小雨がぱらついたものの大降りにはならず、4000発の花火を予定より5分早く打ち上げ終えて、今年の大会は終わった。本降りになるまえに何とか全部を打ち上げたいと祈るような気持ちで空模様を気にしながら仕事をしたであろう花火師さんたちの気持ちが、その5分に表れていた。

 昨日は、これも恒例の神宮外苑花火大会を、同じ事務所所属というご縁で、会場近くの日本舞踊家花柳錦之輔さんの稽古場屋上から楽しませていただいた。
 見渡せば近所のビルの屋上はどこも特別観覧席になっている。
 そしてたっぷり1時間、10000発の花火が途切れることなく打ち上げられた。今年初めて見る新趣向の花火もあって、そのつどあちこちから感嘆のざわめきと拍手があがる。花火も進化しているのがよくわかる。







 さて、今夜は北京オリンピックの開会式。
 ジャン・イーモウ監督が演出する大イベントがどのような趣向で中国の今と未来を表現してくれるのか、楽しみだ。

                  輝 ☆彡 2008.8.8

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舞台公演『おしん』出演

俳優佐藤輝 新橋演舞場おしん チラシ
 
橋田壽賀子 作
石井ふく子 演出

 

おしん

2008年7月4日(金)〜27日(日) 新橋演舞場

7月27日無事に公演を終了しました。

佐藤 輝が、おしんを親身になって世話する定次役で出演。


主な出演者
小林 綾子  山本 陽子 長山 藍子  赤木 春恵 前田 吟
勝野 洋 東 てる美  堤 大二郎 佐藤 輝 丹羽 貞仁



『おしん』千秋楽から5日、8月1日  

 3日前からおじぎ草のピンクの花が咲きだした。今はまだ少なく、日に1,2輪。朝起きて先ずはおじぎ草を愛でる日課。

 5日前の7月27日に新橋演舞場公演『おしん』の千秋楽を迎えた。
 それから5日もたって、ようやく一月の公演を振り返られる余裕ができた。

 先月4日の初日から39回の上演。お客さんは毎回よく泣き、よく笑ってくれて、上々の反応だった。
 定次を信頼して直球で向かってくるおしんの子供時代を演じた二人の子役佐々木麻緒ちゃんと諸星すみれちゃんとの掛け合いは新鮮で、とても刺激的な毎日でした。まさに「毎日が初日」。

 1日早く26日が最後の出演となった諸星すみれちゃん、出番が終わって最初に言った言葉が「もっとやりたい ! 」だったそうです。僕も同感。

 良い作品のおかげで、僕が演じた定次も好評。気持ち良く公演を終えることができた。



俳優佐藤輝 新橋演舞場おしん 定次



 てるてる広場掲示板にコスモスさんがカキコミしてくださった新聞劇評についての一文は、わき役俳優にとって、心強い励ましでした。
 「東京新聞の劇評全文も読みました。私たち素人の観客は、どうしても役の大小や出演者の名前の大きさに惑わされて演技も見てしまいがちですが、本物の演技こそが舞台全体を支えて成り立たせているのですね。」
 演劇評論家津田類さんの劇評と共に、嬉しい感想でした。

 「最上川舟唄」をもっと聞きたかったとか、最後まで聞きたいとの感想や希望もありましたが、花道の長さも限りのあることで・・・、でも機会があったら僕も歌いたい。
 楽屋では、何かというと「またな ! またな ! またな ! 」と言う定次のセリフの真似が流行った。これも、加賀屋でのおしんとの別れのあのセリフと動きに共演者が関心を持ってくれた結果で、とても嬉しいことです。

 松竹の松本プロデューサーと演出の石井ふく子先生のもとに集まった出演者が、これまた飛びッきり気持ち良い皆さんで、僕にとって素晴らしいお手本となる前向きな俳優人生を歩んでおられる方々だったのは最高のしあわせだった。座組の中に嫌みな人が一人もいないなんて、まったく奇跡的なこと。こういう出演者だったからこそ、一生懸命けなげに子供時代のおしんを演じた二人の子役を引き立て支えて、小林綾子さんのおしんに引き継ぐことができたのだと思う。

 大人の出演者たちについて「子役に食われていた」との感想を耳にしたが、これはまったく素人感覚の感想で、子役であってもおしんが主役、いい大人が主役の子役を食ったら作品の中心はどこへいってしまうんだ? と、言いたい。自分の役がやるべきことは最大限にやって、それ以上に悪乗りをしたりしない節度を持ったオトナの出演者が集まったからこそ、観客にはもちろん、プロデューサーや演出の期待にもこたえられる感動の舞台を創ることができたのだと思う。

 5日の夜には、故郷庄内町の出身者が作っている「東京余目会」と「立川ふるさと会」の会員が観劇してくれて、2次会では「最上川舟唄」を大合唱する盛り上がりだった。町の予定があってこの日に上京できなかった原田眞樹庄内町長も22日の夜に東京出張の合間をぬって観劇、楽屋を訪ね僕を激励してくれた。
 26日昼は、5月に僕が訪ねたおしん生家のロケ地、山形県中山町の「おしん生家保存会」のみなさん20名が特産のプラムを手土産に、突然観劇に来てくれた。
 貸切りバスツアーで前日山形を出発し、東京に1泊したとのこと。希望されて終演後の客席で記念撮影。僕は急遽衣裳さんに頼んで定次の衣裳を付け、皆さんとならんだ。廃村の村祭りで5月に偶然お会いした皆さんとの、嬉しい再会でした。
 多くのみなさんが遠路はるばるとご来場くださいました。ありがとうございました ! 

 千秋楽の翌日からプールでのトレーニングに汗を流している。仕上げにはジェットバスで、たっぷりと時間をかけてマッサージ。これが気持ち良い !

 来週は地元と外苑の花火大会が楽しみの8月。

                  輝 ☆彡 08.8.1 






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