俳優・佐藤 輝 -30

あそびごころの 佐藤 輝の世界 俳優・佐藤 輝 - 30
 
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2012年7月〜10月                   



■2012年10月 佐藤 輝 出演

二木てるみ Dear' あなたへ読む物語vol.5
井上 靖 『猟 銃』


赤坂RED/THEATER (赤坂グランベルホテルB2F)

10月10日(水)  昼の部15:00開演 夜の部19:00開演
 
チケット 前売4,500円 当日5,000円 (全席自由/税込み)

二木てるみ(朗読) 佐藤 輝(友情出演) 岩澤 敏(演出)

俳優佐藤輝 二木てるみ 井上靖猟銃

女優二木てるみさんが「Dear'あなたへ読む物語」として続けている朗読公演の5回目に
佐藤 輝が友情出演します。久しぶりの舞台生出演です。


俳優佐藤輝 二木てるみ 井上靖猟銃

『猟 銃』
井上 靖の初期の代表作『猟銃』は話題作として映画化映像化舞台化され
広く知られた作品です。

作家である「私」に送られて来た三人の女性の三通の手紙。
送り主は、「私」が伊豆の山中で偶然に見かけて散文詩のモデルに書いた
猟人の三杉穣介。
手紙には三人の女性夫々の立場から見た三杉との関わりが赤裸々に書かれていた。

「私」が三杉の後ろ姿に感じた「白い河床」とは何か?
井上 靖が描く、四人の「蛇」とは?

二木てるみさんが三人の女性を、
佐藤 輝が作家の「私」と三杉穣介を読み演じます。
ご期待ください ! !

赤坂RED/THEATERは赤坂見附駅から徒歩3分、モダンでステキな劇場です。
客席数に限りがありますのでお早めの申込みをお待ちしております。



猛暑が !?  

 例年なら8月の末に咲き始めるおじぎ草。

 今年は10月になって、ようやく一つが咲いてくれた。

 その花の見事な美しさ、繊細さに思わず感嘆の声をあげてしばし見入った。


俳優佐藤輝撮影 おじぎ草

 しかしその後は、間延びした枝先に日を置いてぽつんぽつんと咲くだけで、この写真のような完ぺきな花は咲いてくれない。

 このまま、立ち枯れ状態になるのかと思うと、おじぎ草がいたわしい。

 一つでも見事な花を咲かせてくれたことに感謝している。


                     輝 ☆彡 2012.10.31


忘れていた夏休み帳 ! !  

 書こうとする意志と写真はあったのに、中々行動に移せぬままに日を重ねてしまって、11月目前となった今、夏休み最後の日の子供の心境に。

 一気にまとめて・・・・。



石井ふく子プロデーサーの疎開先 

 去年放送されたTBS『居酒屋もへじ』のプロデーサー石井ふく子先生が先月9月のお誕生日に出版された『ありがとう またね・・・』を面白く読ませていただいた。

 その中に書かれてあった先生の疎開先は、僕の生家から車で1時間少しで行けるところ。帰省の折りに訪ねてみた。


俳優佐藤輝 山形県遊佐町箕輪丸池様


 直径約20メートル、水深が3.5メートル、湧水だけが水源で冷たく澄み切っている。

 この神秘的な光を湛えるエメラルドグリーンの池は、山形県の西側、日本海に面した庄内平野が北の鳥海山と接した遊佐町箕輪地区のうっそうと繁る山すその林の中にある丸池神社の御神体「丸池様」。 


俳優佐藤輝 山形県遊佐町箕輪牛渡川
牛渡川には清流にしか育たない梅花藻(バイカモ)の白い花。直径5ミリほどの清楚な8月の花。


 鳥海山の山すそを巡って「牛渡川(うしわたりがわ)」の清流が迸るように流れている。
 鳥海山の雪解け水が地中にしみ込み、伏流水となって岩のすき間などから地上に噴き出して川となっているのが牛渡川。

 秋にはこの川を目指して日本海から鮭が遡上してくる。その流れの途中、「丸池様」の杜を背にして箕輪の孵化場があって、鮭の人工孵化がおこなわれている。

 牛渡川は静岡県の柿田川にも匹敵するとして近年とみに話題になっている清流で、機会があったら一度は行って見たいと思っていた川だった。


俳優佐藤輝 山形県遊佐町箕輪孵化場 牛渡川


 箕輪孵化場の駐車場を起点にして牛渡川、丸池様を巡る散策コースが設定されていて、県内外から多くの客が訪れていた。
 清澄な空気の中を時折蝶が舞い、小鳥の囀りと清流の水音しか聞こえない静かで穏やか時の流れに身を置くと、別天地にいる心地良さ。もっと早く知っておけば良かったと思ったステキな土地。

 石井ふく子プロデューサーは昭和19年に、案内板右下の山沿いを南下した所にある箕輪の集落に疎開し、そこから、案内板外左方向(牛渡川下流)の吹浦(ふくら)に通って、代用教員や役場の戸籍係の仕事をしたと言う。また、ここでは正月のお雑煮に鮭の生いくらを入れていたと『ありがとう またね・・・』に書いている。

 石井先生のお母さんが風に煽られてその牛渡川に架かった丸木橋から落ちたエピソードも本には書いてあるが、先生には思い出が多く残る懐かしい土地のようで「一度、あの村にロケで行ってみたいと思っています。」と記している。

 牛渡川の清流と「丸池様」の杜を背景にした心温まる箕輪のドラマを、ぜひとも石井ふく子プロデューサーの手で作っていただきたいものだと思った。



数十年ぶりの日本海庄内浜 

 ここは生家から西に10キロの庄内砂丘にある酒田市浜中海水浴場。すぐ南側に庄内空港があり、さらに南は鶴岡市の湯野浜温泉へと続いている。

 子供の頃はここから5キロほど北の十里塚海岸で兄達が引率した村の中学生のキャンプがあって、毎年泊まりがけで陣中見舞いに行った。
 もう60年も前のことだから日本中が貧乏の時代。食事は御飯におかず代わりの生味噌、地元の農家から分けてもらったトマトはご馳走、地引き網を引くときにみんなが手伝ってそのお礼に分けてもらった小さな鯵をくし刺しにして焼いたり天ぷらにしたのは大ご馳走だった。それでも光りあふれる心ときめく夏休みだった。砂丘は足裏が焼けるほど熱く、日本海は底が見えるほど透き通っていた。

 昭和50年代からは自分で買った家形のテントを持って帰省し、度々この浜中で家族に母や兄姉たちを加えてキャンプを楽しんだ。その後、日本海側の拉致被害がその頃に集中していたことを知って、肝を冷やしたものだったが。

 いつからか夏の舞台出演が増えたこともあって、気が付くと山形の日本海には縁遠くなっていた。


俳優佐藤輝 酒田市浜中海水浴場


 今年2月に、生家が学区に含まれる小学校の創立50周年の記念講演を11月にすることを引き受けてから、少年時代に自分の庭のように走り回った庄内地方の各地を再確認し今の子供たちの生活する様子を知りたいと思い、3月と5月に帰省した。
 そして夏、8月の庄内浜へ。

 箕輪を後にして遊佐町吹浦から南に向かう国道は、生岩ガキもラーメンも我慢してわき目も振らずに走ったのに夏休みの晴れた日曜の午後にかかってしまい、酒田あたりで大渋滞。
 かつてお世話になったことがある海の家でのお昼を楽しみに腹ぺこで浜中の海水浴場に着いたのは午後2時。駐車場には今まで見たこともないほど車が駐車している。なのに、急いで車をおりて砂浜を見ると、希望の星の海の家は屋根を外されて骨組みだけになっていた・・・。

 気を取り直して、簡単に張れるからと20年前に買った2代目テントを汗だくになって初めて張った。ほっと一息ついて。

 ああぁ! 庄内浜! ! 日本海だ! ! !

 潮の流れのせいか、少し濁っていて底の水が冷たく感じられるが、正に故郷庄内の日本海だ。

 童心に返って、持ちだしたブーメランを海に向かってほうり投げる。気持ち良くUターンして足もとに戻ってきた。

 人影がまばらになった砂浜に足跡を印しながら孤独なかもめが歩いてゆく。

 日が西に傾くと海一面に反射して、金砂をまき散らしたように黄金色に輝いた。
 ああ、この光る海。32年前の台本に別世界に誘う光だと書いたことを思いだした。



蔵王温泉と山形夜景 

 夜、蔵王温泉の共同浴場「川原湯」に。

 普段は透明なお湯なのに、時折誰かが掻き混ぜて湯の花を拡散させて白く濁らせていることがあって、天変地異の前触れかと入浴にきた客が驚くことがあるらしい。
 熱い源泉が浴槽底の簀の子の間から噴き出している。
 成分がじわぁっと体にしみ込んできて、帰りには肩が軽く感じられる。

 温泉から山形市街に帰る西蔵王高原ラインでは道にたたずむ大きなフクロウと目を合わせた。その先の神尾(かんの)から西のテレビ塔方向に入った丘にある「西蔵王公園 展望広場」からの山形市街の眺めが素晴らしく、来る人来る人が歓声を上げている。

 山形の夜景の美しいこと。空気が澄んでいて透明で、まるで宝石をちりばめたように光り輝いている。


俳優佐藤輝 山形市西蔵王展望台夜景


 この写真は夜10時半ころに撮影したが山形は民家の消灯が早い。もっと早い時間だったら点いている明かりが多かったに違いない。それでもこの宝石箱。



 翌朝、蔵王登山に向かう途中に昨夜の西蔵王公園 展望広場に寄った。
 朝日の中に、山形市を中心にした村山盆地の広がりが鮮明に見えてびっくりした。


俳優佐藤輝 山形市西蔵王展望台

 展望台から西蔵王高原ラインに下る坂道の眺めは清里高原を彷彿とさせてくれる。 洒落た赤い屋根が、高原の澄んだ緑の中に鮮烈なインパクト。



蔵王お釜から熊野岳 

 蔵王お釜のエメラルドグリーンも、深い憂いを湛えて美しい。
 雲の流れで、その濃淡が刻々と微妙に変化する。見ていて飽きることがない。


俳優佐藤輝 蔵王お釜


 蔵王のお釜には・・・何年ぶりか思い出せない。30年も前だったような気がする。
 その頃は火口湖の水際まで降りることができたが、今ははるか上に丈夫な柵が連なっていて降りることは無理のようだ。

 北の蔵王連峰の主峰熊野岳(1,841m)に向かおうと歩き始めたところで急にガスがかかってお釜は霧の中。

 馬の背から熊野十字路への上りにかかるあたりから、やはり急にガスが晴れてぐるり見晴らしが利いた。


俳優佐藤輝 蔵王熊野岳コマクサ

 さっきのガスでほとんどの登山者が下山したのか、貸切り状態の熊野岳で赤とんぼと駒草の歓迎を受けた。

 例年ならとっくに終わっている駒草の花が、今年の大雪が遅くまで残ったせいで開花がおくれ、今なお咲き残っていた。
 何という幸運。


俳優佐藤輝 蔵王熊野岳斎藤茂吉歌碑

 熊野岳山頂には、山形県上山市出身で文化勲章受章者の歌人斎藤茂吉の歌碑が、生家のある西方向を向いて立っている。
 「陸奥をふたわけざまに聳えたまふ蔵王の山の雲の中に立つ 茂吉」



 その斎藤茂吉の故郷から送られてきた、これが何とプラムとは!?
 直径が10センチもある大きさの見た目以上にスゴイのはその甘さ。プラムの味のイメージを完全に覆す、得も言われない深い上品な甘み。脱帽した。名前は「月光」。

 
俳優佐藤輝 上山市古庸 プラム月光

 
 上山温泉の「日本の宿 古窯」の女将さんが公演の激励のために送って下さった。
 余りの美味しさに表現する言葉を捜せずに、お礼状を書きそびれてしまった非礼をお赦しください。
 いつも励ましをいただき、心からありがたくおもっております。

 わが故郷にただただ感謝あるのみ。

                     輝 ☆彡2012.10.31


アメージング・グレイス ! !  

 真夏日だ猛暑日だと夏の盛りを感じている間に、並木の梢からはもう枯れ葉が落ち始めている。

 8月に入ると、入道雲の白い輝きとともに空が高くなり蒼さが深くなる。
 そんな日の午後、急に思い立ってスカイツリーを目指した。


俳優佐藤輝撮影 スカイツリー 夏の雲


 地下鉄を乗り継いで30分、チケット売場で70分の並び。
 耳をキィーンといわせながら、高度表示が三角から円に変わる間もなくエレベーターは350メートルの展望デッキへ。歓声を上げて飛び出すと大パノラマ ! !


俳優佐藤輝撮影 スカイツリーから東京湾の眺め


 墨田区から江東区、そして東京湾、その先には房総半島の山並み。

 左の湾岸には江戸川区の葛西臨海公園の大観覧車や浦安のディズニーランドの火山が望め、右に目をやれば白い恐竜のような東京湾ゲートブリッジからお台場、永代橋、佃島、東京タワーなどがぐるりと一望 ! ! わおわお言いながら眺めた。

 持参した双眼鏡を覗いた極め付けは、何とわが家のバルコニーが ! ! 西日を浴びている。

 さらに100メートル高い450メートルの展望回廊からの眺めは「地球は丸い」を実感する広々とした視界に言葉も出なくなる。

 そろそろ帰ろうかと乗ったエスカレーターを降りた所で、富士山のシルエットがァ !


  俳優佐藤輝 スカイツリー夕景


 地上にもどってスカイツリーを見上げると、ジャスト・タイミングで夜間照明が点灯。今夜は水色の「粋」、心意気を現わしているそうな。

 すべてが「アメージング・グレイス ! !」

                     輝 ☆彡 2012.8.16


故郷山形、感動の今と過去 サクランボ「紅秀峰」と「縄文の女神」 

 日本一のサクランボといえば山形の「佐藤錦」と誰もが答える、今やこれが日本の常識。
 新品種として世に出た当時は栽培が敬遠されて絶滅の危機に瀕したなどとの語り伝えは信じがたく、色鮮やかで大きく甘い !

 しかし「佐藤錦」は6月で最盛期を終える。

 「佐藤錦」が一段落した7月に、知る人ぞ知る「紅秀峰(べにしゅうほう)」の販売が解禁される。未熟で味の悪い実が出荷されないように山形県が年ごとに解禁日を決めている、1991年に「佐藤錦」を母に「天香錦」を父にして生まれた、それだけ力を入れている新しい品種。

 佐藤錦の1.5倍、直径が3センチもある大きさ。紅色も濃く、ズシリと舌に絡みつく甘みも濃い。思わず叫びたくなる美味しさだ。


俳優佐藤輝 山形サクランボ紅秀峰


 ちょっと先月中旬にさかのぼるが、山形県上山市にある全国屈指の温泉旅館「日本の宿 古窯(こよう)」から、かみのやまの親善大使として地元で生産されたその「紅秀峰」がやってきた。もう大感激。
 都内のスーパーでは見当たらないようだ。気軽に買える日は来るのだろうか?


 今から4500年前の縄文時代中期の山形にも、こんなに独創的で美的レベルの高い土偶を作った人たちがいた ! !
 そう思って眺めながら感激したのは、山形市の霞城公園(山形城址)にある県立博物館で行われている企画展「豊饒と祈り - 縄文女神たちの宴と古墳時代人の想い -」。


  俳優佐藤輝 山形県立博物館 縄文の女神
  博物館入口に立つ4倍以上に拡大された木製の「縄文の女神」。なかなかの力作。

  
  俳優佐藤輝 山形県立博物館 縄文の女神


 山形新幹線の終点がある新庄市のすぐ南に接した舟形町の西ノ前遺跡から1992年に出土した高さ45センチの土偶は今年国宝に指定され「縄文の女神」と呼ばれている。

 うっとりするほど素晴らしく美しい。その洗練された美しさは、広く世界に知られた彼のエーゲ海文明の女神たちにも匹敵すると僕は思った。

 余りの美しさにくぎ付けになってしまい、同じ展示室で1時間近くをも過ごした。

 4500年前に自分の手で土をこね、自分の理想とするこの美しい形に仕上げた人がいた !
 何という名前だったのか。その人はどんな人たちとどんな暮らしをし、どんな思いを込めてこの土偶を仕上げ、どのようにして一生を終えたのだろう。
 そうしたことに思いを巡らしながら土偶を見ていると、土偶を中心にして作者や集落のたたずまいが目の前に浮かび上がってくる。想像力をかき立ててくれる、素晴らしい展示を楽しんだ。

 9月17日までの展示、ぜひぜひ堪能していただきたい !

                     輝 ☆彡 2012.8.15


蝉時雨  

 今年はなかなか蝉の鳴声が聞こえてこなくて、去年の福島原発事故の影響があったのかと心配していたが、7月27日になってようやく近くの桜並木から、ジィと短い一鳴きが聞こえてきて安心した。

 その日、僕は初めて首相官邸に向けた原発再稼働反対の叫びに声を合わせた。

   初蝉や 原発阻止を 叫びたり  輝

 以来毎日のように、バルコニーの鉢植えに水やりをしに出ると、鉢の陰からジュイ! バタバタと、驚いたように蝉が飛びだしていく。

 雨が強く降った夕方には、玄関前の廊下に蝉が仰向けになって脚で空をつかんでいるのを見つけて、バルコニーの鉢の葉に運んでやった。

 別の日、昼近くになってバルコニーに出ると、足を出そうとした先のウッドデッキで蝉が見上げていて、あわてて足を止めた。
 優しく声を掛けてやると、まるで返事をしたかのように右の前脚を小さく持ち上げて、かすかにジィと声を出した。
 急いでカメラを取って蝉を写した。

 この写真が、僕とコミュニケーションしたその蝉。


俳優佐藤輝撮影 バルコニーの蝉


 その後、しばらくして見に行ったが、その蝉の姿はどこにも見当たらなかった。

 今日は桜並木を通ると、たくさんのジィ〜〜〜ジィ〜〜〜の中に所々ミィ〜〜ンミィ〜〜ンが主張している。上からは降り下からは渦を巻くように沸き上がる蝉時雨に包まれて、蝉のトンネルを通っているほどの賑やかさだった。
 それに呼応するように、バルコニーでも二匹の蝉が、はっきりと高らかに、自分の季節を謳歌していた。

   謳歌せよ おのれが季節(とき)を 蝉時雨  輝

                     輝 ☆彡 2012.8.13 


見ぃつけた! ネジバナ! 

 うわおぅっ! っと声を上げて喜んだのはバルコニーの思いもかけない一鉢。

 何年か前までは確かにネジバナの小さな鉢があったのに、いつの間にか、他の鉢からシダの胞子が落ちたらしく、シダの鉢になっていた一鉢。
 そこにすうーッと一本のネジバナが色鮮やかな花を咲かせている。

 何か、とても幸せな気分。嬉しくなって写真を撮った。


俳優佐藤輝撮影 ネジバナ


 先月行った静岡県舞台芸術公園の楕円堂前の芝生にもたくさんのネジバナが咲いていた。
 でも1週間後に行ったら、芝生が奇麗に刈り取られていて、可憐なネジバナたちの姿は消えていた。

                     輝 ☆彡 2012.7.3


駿河の国は茶の香り 

 6月24日と一昨日7月1日、2週続けて日曜日に駿河の国へ。
 緑一色のこの季節、静岡は茶畑が美しい。

 日本平の山の上に広がる舞台芸術公園にも茶畑があって、その間に点在する劇場で、6月2日から7月1日開催の「ふじのくに→←せかい演劇祭」の3公演を楽しんだ。

 静岡県はスゴイ!

 15年前に日本で初の公立文化事業集団SPAC(静岡県舞台芸術センター)を組織し、東静岡駅南口に作った静岡芸術劇場と共にこの野外施設を作って、継続して新しい企画を立て、運営している。文化を育てて作品を創造し世界に発信している。
 それを支える情熱をもった人たちが大勢いることが素晴らしい!


俳優佐藤輝 静岡舞台芸術センターSPAC 舞台芸術公園


 「自然との共生・調和」をコンセプトにした舞台芸術公園には客席400の野外劇場「有度」、晴れた日には正面に雄大な富士の全貌を望める畳敷きの回廊とラウンジから黒塗りの階段をつづら折りに下りると宗教的な静謐空間が広がる110席の屋内ホール「楕円堂」、稽古場を兼ねた110席の「BOXシアター」、他に出演者やスタッフが泊まれる研修交流宿泊棟や稽古場棟が、食堂棟の「カチカチ山」、本部棟と共にある。


俳優佐藤輝 静岡県舞台芸術公園


 2004年から05年に世田谷パブリックシアターと全国で公演した『子午線の祀り』(観世榮夫演出)で共演した日下範子さんから、「4月から静岡で暮らしながら稽古中」との知らせを貰って6月24日に観劇したのはSPACの芸術総監督・宮城聰演出によるインド叙事詩を基にした『マハーバーラタ 〜ナラ王の冒険〜』。


俳優佐藤輝 静岡県舞台芸術公園 野外劇場有度
奧が野外劇場「有度」入口。手前の本部棟前では開演1時間前からお茶のもてなしが。さすが茶どころ静岡の美味しいお茶。聞けば、全国で8割も生産されている銘柄の「やぶきた茶」はこの舞台芸術公園の北に接する谷田地区で明治41年に誕生し、いただいたお茶はその記念茶畑のお茶だと言う。


俳優佐藤輝 静岡県舞台芸術公園有度
開演30分前、チケットに記された番号順に並ぶ。全席自由席の311番。はたして舞台全体が見える席に着けるかが心配。


 入場順番が遅かった割には、舞台正面も演奏隊も見える最高の席に着席。

 宮城さんが「ク・ナウカ」時代から緻密に演出し稽古を積み重ねて何度も公演してきた作品だけに、気持ち良いほどに洗練され、大木の葉の繁りを背景にした野外劇場の空間の広がりが時代も場所も超越したイメージを見せてスケールの大きな世界を心ワクワクと感じさせてくれた。

 素晴らしい舞台に感動した。


俳優佐藤輝
終演後の舞台上で宮城聰さん(右)と演劇評論家・長谷部浩さん(中央)によるアフタートーク。


 あれだけ緻密な演技と連携を要求された出演者たちの稽古の苦労は並大抵ではなかっただろうと、演技する者として想像に難くないのだが、そんなことを感じさせない余裕とリアリティーがあって、安心して楽しませてもらった。


俳優佐藤輝 SPAC芸術総監督宮城聰さん
終演後、食堂棟「カチカチ山」にはフライドチキン、おでん、スリランカカレーなどのコーナーが作られて「フェスティバルber」に変身、出演者やスタッフとの交流の場所になった。SPAC芸術総監督・宮城聰さんと舞台の感想を語り合う。


 東京に帰ってくると後を追うように野外劇場「有度」での次の公演への誘いのメールが届いた。
 ダンサーで演出家、振付家の黒田育世さんが振付のダンスカンパニー「BATIK」による『おたる鳥をよぶ準備』。

 公演案内に書いてある「おたる鳥」の「おたる」は「満ち足りて体が動き出すこと」で「おどる」の語源、との解説に魅かれて、再度静岡に見に行くことにした。

 「満ち足りて体が動き出すこと」とは思いが満ちて体が動き出すことだし、思いが詰まって詰まってどうしても歌わずにはいられなくなるミュージカルの歌の表現にも通じる。そんな肉体表現の極みに期待した。

 同じ日の昼に楕円堂で韓国の伝統楽器コムンゴとカヤグムによる『ソウル・オブ・ソウル・ミュージック』公演があることを知り、韓国音楽は好きだし前回は楕円堂の回廊を覗かせてもらえたもののホール内を見ることは出来なくて残念に思っていたので、これは二重のチャンスとチケットを頼んだ。


俳優佐藤輝 静岡市そば屋 日和亭
静岡にも美味しいそば屋があった! 舞台芸術公園に向かう途中、高速道をくぐる手前左側にある風情ある店構えの日和亭。こだわりの三色盛り。


俳優佐藤輝 静岡県舞台芸術公園 野外劇場有度


 長期予報では曇りだったのに、その後、悪化し、1日は曇りから雨に。

 ダンスカンパニー「BATIK」の10人のダンサーは冷たい雨の中で、素晴らしい肉体表現を見せてくれた。

 第1部の2時間30分、雨の中でほとんど休み無しに踊るダンサーがいて、高いイントレの上で雨に打たれながら動かずにいるダンサーがいて、舞台中央に立ちっぱなしのダンサーがいて、そして舞台は変幻自在に変化し続け心象世界を表現する迸るような肉体の躍動。

 本当に踊ることだけを喜びとして、自分の使命として、ストイックに踊り続けた10人の解放された肉体賛歌。
 柔軟に鍛えあげられた身体と高度に磨き上げられたダンステクニックの素晴らしさに言葉が出ない。

 観客は傘はさせないので薄いビニールコート一枚で雨の中に座り続け、じっと舞台を見つめる。
 どこがどうなるのか分からないが、手を引っ込めて袖の中に入れているのに雨が伝って来て手を濡らす。また、時折強く降る雨は、フードから帽子に伝わり、大粒の滴になってばさりと落ちる。

 コートの表面を流れる冷たい雨に体温も奪われて身も縮むが、薄い衣裳がびしょびしょに濡れて体にまとわり付いて動きにくく、雨水が溜まっている舞台で叫び踊り続けるダンサーたちを見れば、観客も弱音などは吐けない。

 ダンサーになることを夢見て4歳や7歳からバレエを始めた人たち。今まさにそのダンサーになって、こうして踊っていることが「満ち足りて体が動いていること」だと肉体が叫んでいるように感じられた。
 踊るとはこう言うことだと納得させられた素晴らしいダンスパフォーマンスだった。

                     輝 ☆彡 2012.7.3




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