サンチョの ラ・マンチャ ガイド
              文・写真 / 佐藤 輝
ミュージカル『ラ・マンチャの男』のサンチョ・パンサ役を484回演じている
俳優・佐藤 輝が案内する『ドン・キホーテ』の舞台。スペイン、ラ・マンチャの旅。
1)マドリー Madrid 2)エスキビアス Esquivias 3)エル・トボソ El Toboso 
4)カンポ・デ・クリプターナCampo de Criptana 5)アルマグロAlmagro 
(6) コンスエグラ Consuegra
  ADIOS ! La Mancha ! また、きっと !

俳優佐藤輝 撮影 ミュージカル『ラ・マンチャの男』サンチョ・パンサ コンスエグラの風車群
コンスエグラの風車とアラブの砦


 ドン・キホーテとサンチョ・パンサが「城だ」「いや、旅籠だ」と言い合った所だと言われているアルマグロ(Almagro)で、白壁と緑の窓枠が美しいマヨール広場を眺め、広場に面して立っているスペイン最古の17世紀に建てられた劇場『コラル・デ・コメディアス』を見物したあとは、首都マドリー(Madrid、マドリッド)と南のアンダルシア(Andalucia)地方を結ぶ高速N-4に戻って北上、しばらくすると左手の丘の上に風車が見えて来る。

 アルマグロ(Almagro)から91km、カンポ・デ・クリプターナ(Campo de Criptana)の風車と並び知られるコンスエグラ(Consuegra)の風車だ。麓の村を抜けて登っていくとアラブ人が建てた砦と11基の風車が建つ丘は思いのほか高く、広々としたラ・マンチャ(La Mancha)の平原を見渡すことが出来る。マドリーへの帰路、サンチョの僕がラ・マンチャへの別れを告げるのはいつもこの丘だ。

  
俳優佐藤輝 撮影 ミュージカル『ラ・マンチャの男』サンチョ コンスエグラの風車群


 周りに広がるのはサフラン畑。スペインの代表料理として知られているパエジャ(パエリャ)を黄金色に染めているのが、クロッカスの仲間のサフランの雌しべ。ここがその高価なサフランの一大産地なのだ。






 突然ですが、2007年1月20日放送のテレビ番組を見て
 ラ・マンチャの風車について

 新聞に「スペイン」や「風車」の文字があるとパァッと目に飛び込んでくる。昨日2007年1月20日、『スペイン風車の丘へ』と書かれたテレビ番組欄を見て、夜の放送を期待した。

 そのテレビ東京の番組『地球街道』「高橋克実 ラ・マンチャの男になりたい」で紹介されたスペインの風車の丘は、首都マドリー(マドリッド)から南に車で約200km行った所にある、サフランの産地としても知られるコンスエグラの風車だった。


俳優佐藤輝 撮影 ミュージカル『ラ・マンチャの男』サンチョ コンスエグラの風車群 コンスエグラの風車


 番組を見ていてあれェ!? と、耳を疑ったことがある。
 このコンスエグラの風車の映像にかぶって「この風車が、ドン・キホーテが戦いを挑んだ風車」というようなナレーションの説明があったこと。
 僕は、『ドン・キホーテ(Don Quijote de la Mancha)』の物語の中でドン・キホーテが戦いを挑んだ風車は、コンスエグラからさらに東に約50km行った所にあるカンポ・デ・クリプターナ(Campo de Criptana)の風車がモデルだというのが定説だ、と信じていたからだ。
 ナレーション同様に、番組案内にもそのように明確に記されている。
 これは定説を覆す世紀の新説か? 単なる大間違いか? その意図は?

 1995年に松本幸四郎さん主演のミュージカル『ラ・マンチャの男』のサンチョ(サンチョ・パンサ、Sancho Panza)として初出演することになり、役作りのために、前年94年11月から12月にかけてスペイン(Espana)を訪問した。ラ・マンチャ地方を中心にして、『ドン・キホーテ』の作者・セルバンテス(Cervantes)と『ラ・マンチャの男』のドン・キホーテとサンチョにかかわる土地を訪ねた。
 
 その時、スペイン政府観光局から貰ったラ・マンチャ地方の資料には、「カンポ・デ・クリプターナ」について次のように記述されている。
 「逃げるな、憶病者め」と叫びながら巨人だと思いこんでしまった風車の群に突進する主人公。あの有名なシーンはここでくりひろげられたとされています。物語には30から40の風車があったと記述されていますが、現在では10基たっていて、いかにもドン・キホーテの世界らしい趣が喜ばれています。

 そして、この資料の「コンスエグラ」の項には、ドン・キホーテとのかかわりについての記述が一言もない。つまり、ドン・キホーテが戦いを挑んだ風車はカンポ・デ・クリプターナの風車だということが、スペイン政府観光局も認める定説になっているのです。
 カンポ・デ・クリプターナの観光案内所のホセ・ルイスさんも「ここには『ドン・キホーテ』の物語に書かれていると同じ、30基以上の風車が当時あった」と説明してくれました。
 以来2005年まで6回、ラ・マンチャ地方を旅しているが、「ドン・キホーテが戦いを挑んだ風車はコンスエグラだ」という説は1度も聞いたことがないし、資料に出合ったこともない。
 去年の正月に放送された番組で、松本幸四郎さんが訪れたのもカンポ・デ・クリプターナの風車でした。

 スペイン在住の知人に資料を調べてもらった。
 すると、2005年の『ドン・キホーテ』出版400年を記念してスペインで出版されたドン・キホーテのガイド『RUTA DE DON QUIJOTE』(『ドン・キホーテのルート』 ,Empresa Publica de Castilla - La Mancha出版)には、コンスエグラの風車について、11基の風車が紹介されていて、その文中で、
“Algunas fuentes situan su origen en el siglo XVI, pero parece que no hubo molinos en Consuegra antes del XVIII.”
“(風車の)起源は16世紀に遡るとする文献もあるようだが、18世紀以前コンスエグラに風車は存在しなかったと思われる。”
と記述しているとのこと。
 だとすれば、セルバンテスの『ドン・キホーテ』が出版された1605年当時、コンスエグラに風車は存在せず、モデルにもなりえない。
 また、カンポ・デ・クリプターナの風車について『RUTA DE DON QUIJOTE』は、
“.... Amena porque en ella podemos situar, segun la opinion generalizada de los cervantistas, la aventura mas popular y conocida de El Quijote , el combate contra los gigantes que resultaron ser molinos,........”
“・・・というのもキホーテの中で最もよく知られまた人気のある冒険は巨人、実際は風車との戦いの場面は此処であるというのがセルバンテス研究家達の一般的な意見だ。”
と説明しています。

 物語のモデルと主張する説は各地にあるが、「ドン・キホーテが戦いを挑んだ風車」のモデルについては新説が出る余地はなく、カンポ・デ・クリプターナだとする説が間違いなく定説になっています。

 日本の旅行社の観光ツアーでは、カンポ・デ・クリプターナを巡るツアーもあるけど、「ドン・キホーテ」ゆかりの地 ラ・マンチャ地方の風車へ ! 、とか、「ドン・キホーテゆかりのコンスエグラ」「ドン・キホーテのラ・マンチャ地方の風車」などと説明してコンスエグラに案内しているツアーも多く見られる。マドリーから古都トレドを経由して南のアンダルシア地方に向かうルート上にあるコンスエグラの方が、移動に便利だからなのかも知れないが、これでは「ドン・キホーテ」をイメージする人は、そのコンスエグラの風車が、ドン・キホーテが挑んだ風車のモデルだと思いこんでしまうだろう。思いこむのは、思いこんだの人の勝手だというのだろうか・・・。

 ドン・キホーテが挑んだ風車だとか、『ラ・マンチャの男』の風車だとか限定して言わないかぎり、ラ・マンチャ地方の風車として、どちらも僕は好きな風車です。でも、サンチョの心が本当に高鳴るのは、セルバンテスの小説のモデルとして定説になっているカンポ・デ・クリプターナの風車。


俳優佐藤輝 撮影 ミュージカル『ラ・マンチャの男』サンチョ カンポ・デ・クリプターナの風車群
これがドン・キホーテが挑んだ風車のモデル、カンポ・デ・クリプターナの風車


俳優佐藤輝 撮影 ミュージカル『ラ・マンチャの男』サンチョ 佐藤輝 カンポ・デ・クリプターナの風車 カンポ・デ・クリプターナの風車


 ああ、今年も、あのカンポ・デ・クリプターナの丘に早く帰省して、ラ・マンチャの大平原をサンチョの気持ちで眺めたい ! !

                   輝 ☆彡 2007.1.21






 広大なサフラン畑の中を、県道CM400は遠くに城址を眺めながら北西のトレドを目指す。気持ち良い70kmのドライブだ。
 

  道が下りにかかると、突然目の前にタホ川に囲まれた古都トレドの全景が飛び込んでくる。「古都」のイメージにふさわしく奇麗な街だ。その美しさを堪能するためにタホ川を東に渡った丘の上のパラドール(国営ホテル)に登る。

  ここのレストランで野鳥のぺルディス(鶉のようなキジ科のシャコ)の煮込み料理を味わつてから、ゆっくりと席をテラスに移す。サングリアでのどを潤しながら眺めるトレドの風景は俗なるものすべてを忘れさせてくれる。


俳優佐藤輝 撮影 ミュージカル『ラ・マンチャの男』サンチョ・パンサ スペイン トレド ローマ時代からの歴史あるトレド。1561年のマドリー遷都までスペインの首都だった。


 トレド(Toledo)でのもう一つの目的は、トレド名物マサパンを買うこと。イスラムがもたらしたアーモンドの粉で作った菓子だ。数あるマサパンの中でもソコドベール広場にある老舗、サント・トメの味が僕には一番合う。しっとりとろっとしていてうまい。


俳優佐藤輝 撮影 ミュージカル『ラ・マンチャの男』サンチョ トレド マサパン
 

 
俳優佐藤輝 撮影 ミュージカル『ラ・マンチャの男』サンチョ コンスエグラからトレドヘ


 マドリー。
 キホーテとサンチョの銅像が建つスペイン広場の北にある営業所にレンタカーを返しに行った。
  借りる時に女性事務員から「ガソリンは丁度半分入っているから、返すときも半分にして。ガソリン代は無し」と言われていたので市内に入る所でピッタリ半分に給油しておいた。
  その女性は休みで男性事務員が代わって精算のチェック。契約書を指して「現在のガソリンの目盛りをここに書いて」と言う。メーター通りに半分の所に線を引くと「これで全部OK ! 下にサインして」。
  サインをして受取った計算書を見ると合計金額には半分が空で良い筈のガソリン代26.57エウロ(約3000円)がキッチリと含まれていた。

 夢は稔り難く 敵は数多なりとも・・・・
 何が待っていようともサンチョの旅は続く。
                           歌詞は福井峻訳詩による。




ミュージカル『ラ・マンチャの男』 帝国劇場の舞台
松本幸四郎さんのドン・キホーテと
佐藤 輝のサンチョ
俳優佐藤輝 ミュージカル『ラ・マンチャの男』サンチョ・パンサ





                   ☆彡

 この文章は、2002年のミュージカル『ラ・マンチャの男』博多座・帝国劇場公演プログラムに掲載されたものに手を加えたものです。

追記
 スペインでの体験を感じたままを書いています。あれ?! っと思うようなエピソードは、言葉の通じない日本人の無防備な一人旅と言う事で、良いカモだと甘く見られたのかも知れません。でも、これと似たようなことは大なり小なり日本でも日常的に体験していることで、騙すならもっと巧くやれ、と思うことが多々あっても、それ以上にスペインは面白い国で魅力を感じます。歴史も文化も風土も民俗も、行くほどに奥深さを感じる何度でも訪ねたい土地です。
 「その日暮らし」とか「刹那的」とか言われるラテン系の人たち。実は生きている今を、その時その日を味わい尽くす程に人生を楽しんでいる。それも大きな魅力の一つです。

                           佐藤 輝


                         
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