俳優佐藤輝のスペイン紀行 『ラ・マンチャの男』サンチョの『ドン・キホーテ』ガイド-2 エスキビアス、エル・トボソ、カンポ・デ・クリプターナ

スペイン紀行
サンチョの『ドン・キホーテ』ガイド-2
  

あそびごころの 佐藤 輝の世界
1995年からミュージカル『ラ・マンチャの男』のサンチョ・パンサを
484回演じている俳優・佐藤 輝が案内する心の旅。
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 サンチョのスペイン旅行記『ラ・マンチャ ガイド』 | ミュージカル『ラ・マンチャの男』出演記録


                       文 / 写真 佐藤 輝

 (1)マドリー(マドリード MADRID)

 (2)エスキビアス(Esquivias) エル・トボソ(El Toboso)
  カンポ・デ・クリプターナ(Campo de Criptana)


 (3)カンポ・デ・クリプターナ(Campo de Criptana)
  アルガマシージャ・デ・アルバ(Argamasilla de Alba)
  グラナダ(Granada)


 (4)グラナダ(Granada) コルドバ(Cordoba)

 (5)バルデペーニャス(Valdepenas) アルマグロ(Almagro)
  プエルト・ラピセ(Puerto Lapice)

 (6)コンスエグラ(Consuegra) トレド(Toledo)

 (7)バルセロナ(Barcelona) (セビージャ Sevilla)




(2) エスキビアス(Esquivias)
エル・トボソ(El Toboso)
カンポ・デ・クリプターナ(Campo de Criptana)

 
 翌日、ラ・マンチャへの帰郷は、秋から春の間が多かった今までの旅でも経験したことのない寒さの中でスタートした。
 レンタカーはマドリーの南、ラ・マンチャ地方を目指す。



俳優佐藤輝 ミュージカル『ラ・マンチャの男』サンチョ 佐藤輝 スペイン、ラ・マンチャの観光パンフレット俳優佐藤輝 ミュージカル『ラ・マンチャの男』サンチョ佐藤輝 ラ・マンチャの観光案内地図
サンチョのラ・マンチャ一人旅は、スペイン観光局から貰ったこのパンフレットから始まった。



 古都トレド(Toledo)へ向かう自動車道A-401を35km。イジェスカス(Illescas)への表示で高速を降りて東へ向かう。
 しばらく走るとパイパスからエスキビアス(Esquivias)村へ入る案内板。



俳優佐藤輝 撮影 ミュージカル『ラ・マンチャの男』サンチョ 佐藤輝 セルバンテスが住んだエスキビアス村
エスキビアス村の入り口。



 セルバンテスが郷士の娘カタリーナと結婚して住んだ2階建ての大きな屋敷が『セルバンテス記念館』として16世紀の姿そのままに保存されている。



俳優佐藤輝 撮影 ミュージカル『ラ・マンチャの男』サンチョ 佐藤輝 セルバンテスが住んだ家 セルバンテスが結婚して住んだ『セルバンテス記念館』。郷士の大きな屋敷。



 当時、物語の登場人物のモデルと見られる村人が沢山いて、ここもドン・キホーテの生まれ故郷だと言われている村の一つ。



俳優佐藤輝 撮影 ミュージカル『ラ・マンチャの男』サンチョ・パンサ セルバンテスの家博物館
訪ねるたびにお世話になっている、受付けの職員と。



 記念館の受付けには2000年に初めてここを訪ねた時に持参した幸四郎さんの大写しの公演チラシが貼られ、陳列棚にはセルバンテスの資料と共に以前僕が寄贈した東京公演のプログラムが展示されている。



俳優佐藤輝 撮影 ミュージカル『ラ・マンチャの男』サンチョ・パンサ エスキビアス、セルバンテスの家博物館
前に寄贈した東京公演のプログラムと写真が展示されている。



俳優佐藤輝 撮影 ミュージカル『ラ・マンチャの男』サンチョ・パンサ エスキビアス、セルバンテスの家博物館
『ドン・キホーテ』初版本(複製)。



 厚い木の階段を上って2階の寝室の扉を開ける。「おう、お前か」と旦那様が声をかけてくれたような気がした。



俳優佐藤輝 撮影 ミュージカル『ラ・マンチャの男』サンチョ・パンサ セルバンテスの寝室
2階の寝室。



 窓の下の道は物語のモデルとなった人物に由来するアロンソ・キハーダ通りだ。



      俳優佐藤輝 撮影 ミュージカル『ラ・マンチャの男』サンチョ・パンサ エスキビアス、セルバンテスの家博物館
       アロンソ・キハーダ通り。



 首都マドリーの南から東に広がるカスティーリャ・ラ・マンチャ州では州を挙げての『ドン・キホーテ』400年記念事業の一環として『フェスティバル・キホーテ』を企画。エスキビアスなど、ラ・マンチャ地方のドン・キホーテゆかりの町の広場やパティオ、修道院などで約30の野外イベントを開催し、イベントスペースのない村々には大型の『ドン・キホーテ・トレーラー』車が回って劇を上演する予定になっていると言う。


 エスキビアスを出てバイパスをそのまま東に進み、アンダルシアに向かう自動車道A-4を経由して、オカーニャ(Ocana)から国道N-301を南東に向かって平坦な道をほぼ一直線に突っ走る。


 天気は目まぐるしく変る。
 ラ・マンチャの大平原がこんな暗い表情も持っているのだと初めて知った。氷雨が降りだした。ラ・マンチャで初めて体験する驚きの天気。
 ラ・マンチャとは「乾いた大地」だと言うのに「訳がわからねぇや」。
 ワイパーのスピードを上げ、車もスピードを上げる。


 しかし土地の人たちはみんな明るくエネルギッシュで親切。そして自分たちの土地を愛してやまない。給油のために寄ったガソリンスタンドの女性従業員は、ガソリンの種類を確認するためレンタカー会社に電話をしてくれた上にラ・マンチャの素晴らしさ美しさを「ラ・マンチャ ! ボニート ! ボニート ! 」と身振り手振りを交えて情熱的に語り、心から旅の安全を祈ってくれた。


 エスキビアスから113km、平原にポツンと建っている古い旅籠跡ベンタ・デ・ドン・キホーテにも寄ったが、体が凍えて数分も立っていられない。
 この手前を右折するとドルシネア姫が住んだ村エル・トボソ(El Toboso)へ5Kmの道。


 州では出版400年記念のこの時とばかりに観光客誘致に力を入れている。そしてセルバンテスゆかりの地やキホーテの騎士遍歴の舞台となった土地をたどる「ドン・キホーテ・ルート」を設定してユネスコの世界文化遺産登録を目指しているそうだから、数年したらこの道もぞろぞろ列をなして歩く観光客でいっぱいになるのかも知れない。


 ドゥルシネア姫が住んだ村、エル・トボソ。とは言うものの、それはあくまでも『ドン・キホーテ』の物語の中のことなのだが、土地の人たちは今では実際に400年前にあった史実だったと考えているように思われる。古い郷士の屋敷に民具などを展示した『ドゥルシネアの館(Museo Casa de Dulcinea del Toboso)』が存在する。



俳優佐藤輝 撮影 ミュージカル『ラ・マンチャの男』サンチョ 佐藤輝 ドルシネアの村エル・トボソ
Iglesia Parroquial教会前のファン・カルロス1世広場(Pza. Juan Carlos )



 ドルシネーア姫にひざまずくキホーテのモニュメントが建つ村の中心、ファン・カルロス1世広場(Pza. Juan Carlos )にあるセルバンテスセンターには、世界中から寄付をつのって集めた『ドン・キホーテ』の翻訳本が展示されている『セルバンテス図書館(Bibilioteca Cervantina )』がある。



俳優佐藤輝 ミュージカル『ラ・マンチャの男』サンチョ・パンサ エル・トボソ
『セルバンテス図書館』がある、セルバンテスセンター。



 日本からも1928年5月28日の日付入りで27年新潮社出版の片山伸訳『ドン・キホーテ』など2冊が寄贈されている。



俳優佐藤輝 ミュージカル『ラ・マンチャの男』サンチョ・パンサ エル・トボソ、ドルシネアの館
ここが『ドゥルシネアの館』。ついついサンチョの信書ポーズになってしまう。



 ここから直ぐにある『ドゥルシネアの館』前の土産物屋には来るたびに立ち寄っている。主人は顔を見るなり喜んで走り出てきて工房や庭を案内してくれた。ここでは古い農具の模型やキホーテ主従のシルエット像などを手作りしている。



俳優佐藤輝 ミュージカル『ラ・マンチャの男』サンチョ・パンサ エル・トボソ
親父さんも地元の客もハポンのサンチョ・パンサを大歓迎してくれる。



 村を出て畑や牧場の間の道を南へ17km、国道420に出て西へ1km足らずでカンポ・デ・クリプターナ(Campo de Criptana)に入る。
 風車の絵の案内板を頼りに右手の丘に上って行くと家並が切れて急に視界が広がる。平らな丘の上に風車が並んでいる。キホーテが巨人と見て戦いを挑んだ風車の群れだ。
 それにしても、おお、吹きつのる雨風よ。
 カンポ・デ・クリプターナは泣いている。サンチョの心も泣いている。


 頼りにしているホセ(Jose)の観光案内所は休館。ホテルも予約していない。早く今夜の宿を見付けなければ !
 最後には、11年前初めて来たときに泊まったオスタル・サンチョもあるさ。だが今夜泊まるにはあそこは寒い。3年前に泊まったオスタル・エゴス(Hostal Ego's)は営業しているのだろうか。
 村の中心から少し西へ行った通りを何度も往復してエゴスがあったと思われるあたりを探したが、それと思われる場所は看板を外した跡があり閉鎖されていている。
 坂道で発進停止を繰り返したせいか、車の前から異臭がして煙まで吹き出す始末。踏んだり蹴ったりとはこのことだが、旦那様との遍歴の旅だって同じようなものと思えば気が楽になった。そうっとそうっと、だましだまし車を停めて、村を歩き回った。昼飯も食べていない。ひもじい。出歩く村人の姿も見えない。
 以前に泊まった新しいオスタルが翌年に行った時には営業を止めていたなんてこともあったのであきらめかけながら、ようやく出会った村人に尋ねると、エゴスはもう2本南の通りにあると教えてくれた。助かった!


 スペインはそれによって他のヨーロッパ諸国とは異色の深みを持った独特の歴史と文化を築いたのだが、キリスト両王によって統一されるまで、東から北から南から、異民族の侵略を受け続けた歴史を持っている。その歴史ゆえにスペインでは小さな村も砦のように堅固に、よそ者が入ってきても迷ってしまう城塞の迷路のような作りになっている。三叉路やT字路、カーブの道が多く、直角に曲がる道や平行に通る道などはないから、その積りで歩いていてもいつの間にか方向感覚を狂わされる構造になっている。初めて訪れる旅人には不都合な作りだ。それに加えて道が狭いから自動車の一方通行路が多く、ドライバーにとっては更に複雑な迷路になっている。


 エゴスのお袋の味、ラ・マンチャ料理はとにかくギリギリとしょっぱい。
 塩出し中かと思えるスープ、ソパ・デ・アホとキホーテも食べたかも知れない硬い牛肉のサイコロステーキをコリコリガツガツと胃袋に押し込んですぐにベッドにもぐり込んだ。






 (1)マドリー(マドリード MADRID)

 (2)エスキビアス(Esquivias) エル・トボソ(El Toboso)
  カンポ・デ・クリプターナ(Campo de Criptana)


 (3)カンポ・デ・クリプターナ(Campo de Criptana)
  アルガマシージャ・デ・アルバ(Argamasilla de Alba) グラナダ(Granada)


 (4)グラナダ(Granada) コルドバ(Cordoba)

 (5)バルデペーニャス(Valdepenas) アルマグロ(Almagro)
  プエルト・ラピセ(Puerto Lapice)

 (6)コンスエグラ(Consuegra) トレド(Toledo)

 (7)バルセロナ(Barcelona) (セビージャ Sevilla)




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