山形県出身芸能人文化人
          
山形県出身 芸能人文化人
                     (関係者も含む)

        


あそびごころの佐藤 輝の世界

                  
 

H O M E
 | プロフィール | 俳優・佐藤輝 | サンチョ写真館 | 俳句 | エッセイ | てるてる広場 | 縁あってリンク|
         
 
俳優・佐藤 輝の故郷、山形県・庄内地方・庄内町|
          


連絡先は公開されている所属事務所などを掲載しています
の付いたお名前はクリックでHPにアクセスします。


【あ】
  青木裕子(タレント・高畠町・米沢東高校卒)

  青羽 剛(俳優・東京生れ鶴岡市・鶴岡西高校卒)

  あき 竹城(タレント・米沢市・―)
   オフィスあきこ 03-3530-7046

  朝倉 さや(シンガー・ソングライター・山形市・山形商業高校)
   Solaya Label 042-400-7527
   2013年4月5日 自身作詞作曲『東京』でデビュー 

  阿曽山大噴火(タレント・山形市―)
   大川豊興業(ニトログリセリン)  03-3457-7625

  阿部 和重(作家・東根市・楯岡高校中退)
   『グランド・フィナーレ』で第132回芥川賞受賞

  阿部 裕見子(俳優・遊佐町・酒田南高校卒)
   オフィス 天童 03-3649-8754   
   
  阿部 義弘(演劇プロデューサー・庄内町、旧余目町・
   酒田一高、現酒田東高等学校卒) 
   阿部義弘事務所 048-475-0355

  雨空 ライポ(タレント・鶴岡市・―)
   オフィス北野(雨空トッポ・ライト) 03-3588-8121


【い】

  井浦 新 (俳優・父白鷹町出身・―)
   テンカラット 

  石井 ふく子 (テレビプロデューサー、舞台演出家・
   旧吹浦村箕輪 現遊佐町に戦時疎開・―)

   ストーンウェル 
   『渡る世間は鬼ばかり』プロデューサー、舞台『おしん』など演出多数。

  石川 牧子 (元日本テレビアナウンサー・鶴岡市・酒田東高校卒)
   日テレ学院長 03-3222-2922
   
  石沢 智幸 (タレント・山形市・日大山形高校卒)
   ニチエンプロダクション(テツandトモ) 03-5275-7540

  市原 多朗 (声楽家・酒田市・酒田商業高校卒)
   梶本音楽事務所 03-3574-0969

  伊藤 豪 (俳優・天童市・―)
   オフィスアドック 03-3796-0623

  井上 京子 (プロレスラー・南陽市・―)
   全日本プロレス興行 03-3493-6541

  井上 ひさし (作家・劇作家・川西町・―)
   こまつ座 03-3862-5941
   本名井上厦さん(75歳)は2010年4月9日、肺がんのため神奈川県鎌倉市の
   自宅で逝去されました。ご冥福をお祈り申し上げます。

  井上 史雄 (明海大学教授・鶴岡市・鶴岡南高校卒業)
   明海大学外国語学部(日本語学科) 社会言語学、方言学

  井村 久美子 (女子走幅跳・酒田市・酒田3中卒、日大山形高)
   陸上競技女子走幅跳日本記録保持者
   旧姓池田


【う】

  ウド 鈴木 (タレント・鶴岡市、旧藤島町・庄内農業高校)
   浅井企画(キャイーン) 03-3443-5980

  梅津 正彦 (ボクシング、アクション指導・
   東京生まれ酒田・酒田東高等学校卒)

   梅津ボクシング倶楽部 山崎静代(しずちゃん)トレーナー
   梅津正彦さん(44歳)は2013年7月23日、悪性黒色腫のため
   逝去されました。ご冥福をお祈り申し上げます。


【え】
【お】
  大泉 逸郎(歌手・河北町・―)
   スリーウッド・プロデュース 03-3226-3471

  大場 公之(訳詞、歌唱指導・尾花沢市・山形北高校音楽科卒)

  大場 満郎(冒険家・最上町・山形県立農業経営研究所卒)
   アースアカデミー・大場満郎冒険学校 主宰

  奥泉 光(小説家、ミュージッシャン・三川町・)

  奥山 由美(声楽家・河北町・山形北高校卒)
   モンゴル国立歌劇場プリマドンナ


【か】
  加藤 典洋(文芸評論家・山形市・山形東高校卒)
   1985年『アメリカの影』。1997年『敗戦後論』。

  神尾 修(ピアニスト、編曲、音楽監督・米沢市・―)
   佐藤 輝出演OH ダディー! 音楽監督

  上林 義之(力士・鶴岡市、旧藤島町・加茂水産高校卒)
   八角部屋


【き】
  北岡 ひろし(演歌歌手・鶴岡市・―)
   ミノルフォン『竹屋の渡し』『最上川恋歌』

  木瀬錦 秀明(力士・大蔵村・―)
   北の湖部屋

  北 重人(時代小説作家・酒田市・酒田東高校卒)
   「超高層に懸かる月と、骨と」1999年オール讀物推理小説新人賞受賞。
   2004年「天明、彦十店始末」松本清張賞最終候補。
   07年「蒼火」で大藪春彦賞。09年1月「汐のなごり」直木賞候補。
   本名渡辺重人さん(61歳)は2009年8月26日、胃がんのため逝去されました。
   ご冥福をお祈り申し上げます。

  吉川 よしひろ(ジャズチェリスト・鶴岡市・―)

  木戸口 静(漫画家・山形市・―)
   「お水の花道」

  木村 隆(演劇評論、スポーツニッポン文化部・鶴岡市・―)

  木山 潔(演劇制作・酒田市・酒田東高校卒)
   木山事務所 03-5958-0855
   木山潔さん(70歳)は2013年1月20日、肺がんにより逝去されました。
   ご冥福をお祈り申し上げます。


【く】
【け】
  ケーシー 高峰(タレント・新庄市・―)


【こ】
  小久保 丈二(俳優・―・―)
   円企画(劇団円) 03-5828-0654

  五島 重彰(ホテルオークラ特別顧問・酒田市・酒田東高校卒)
   (株)ホテルオークラ 前代表取締役副社長 03-3582-0111
   (株)JALホテルズ代表取締役会長

  後藤 ひろひと(俳優、劇作家、演出家・・山形東高校卒)
   Piper 吉本興業

  琴原田 大(力士・東根市・―)
   佐渡ヶ嶽部屋
   
  琴福寿 秀太(力士・舟形町・―)
   佐渡ヶ嶽部屋


【さ】
  斉藤 志郎(俳優・酒田市・酒田工業高校卒)
   文学座 03-3357-5361

  斎藤 慎爾(俳人、出版、編集、批評・酒田市(京城生まれ)・酒田東高校卒)
   深夜叢書社 03-3207-8064

  沙川 サチ(ジャズ、ポピュラー歌手・酒田市、旧平田町・―)
   エーワン・プロ 03-3403-3660

  佐々木 則夫(サッカー監督・尾花沢市・―)

   前なでしこジャパン監督 2011女子サッカーワールドカップ優勝監督

  佐高 信(評論著述業・酒田市・酒田東高校卒)
   
  佐藤 一也(俳優・父親大江町左沢・)
   2014.7.24〜27 劇団SBZ『石川五右衛門』出演

  佐藤 賢一(作家・鶴岡市鶴岡南高校卒)

  佐藤 純彌(映画監督、脚本家・父親鶴岡市、鶴岡市に戦時疎開)
   第12回日本アカデミー賞最優秀作品賞『敦煌』
   モントリオール国際映画祭グランプリ『未完の対局』
   『人間の証明』『おろしや国酔夢譚』など作品多数

  佐藤 彰一(学士院会員・名古屋大学特任教授・西洋中世学会会長・
   庄内町、旧余目町
・酒田東高校卒)
   名古屋大学名誉教授、中世西洋史
   
  佐藤 輝(俳優、ミュージカル・庄内町、旧余目町・酒田東高校卒)
   オフィス 天童 
   ミュージカル『ラ・マンチャの男』サンチョ・パンサ役484回出演記録

  
佐藤 正宏(俳優・天童市・日大山形高校卒)
   WAHAHA本舗 03-3486-2666

  佐藤 稔(声楽家・酒田市・酒田東高校卒)
   ミュージカルアカデミー

  佐藤 唯(タレント・寒河江市・山本学園高校卒)
   サンミュージックプロダクション

  佐藤 玲江(俳優・―・山形大学卒)
   蛭川企画 03-3591-8341

  佐渡ヶ嶽親方(大相撲親方・尾花沢市・―)
   佐渡ヶ嶽部屋 元・琴ノ若晴将


【し】
  下谷 二三子(・)
   やちごプロ 03-3388-4513

  下山 淳(ギタリスト・鶴岡市・鶴岡西高校卒)

  庄司 永健(俳優・新庄市・―)
   希楽星

  白崎 映美(歌手・酒田市・酒田中央高校卒)
   M&Iカンパニー 03-5453-8899(上々颱風)

  白幡 大介(俳優・鶴岡市三瀬・鶴岡西高校卒)
   劇団文化座

 
【す】
  鈴木 昭生(俳優・朝日町・―)
   鈴木昭生さん(82歳)は2009年8月18日、心不全により逝去されました。
   ご冥福をお祈り申し上げます。
   
  須藤 満(ベーシスト・山形市・―)
   ヴィレッジ・エー(ティー・スクエア) 03-5466-0071


【せ】
【そ】
【た】
  高嶋 宏(ジャズギタリスト・山形市・山形東高校卒)

  高橋 浩二朗(俳優・父米沢市・)
   加川事務所03-3363-8379
   2014.7.24〜27 劇団SBZ『石川五右衛門』出演

  高橋 達也(テナーサックス奏者・鶴岡市・―)
   元・「高橋達也と東京ユニオン」バンドリーダー
   本名高橋達朗さん(76歳)は2008年2月29日、膵臓がんにより逝去されました。
   ご冥福をお祈り申し上げます。

  高橋 徹(ジャズドラマー・酒田市・酒田東高校卒)

  高橋 正圀(シナリオ作家・米沢市・―)

  鷹羽 狩行(俳人・新庄市・―)
   俳誌「狩」創刊、主宰

  武田 裕子(フジテレビアナウンサー・―・山形西高校、山形大学卒)
   フジテレビ(アナウンス部)  03-5500-8888

  橘 ノ 圓 (落語家・南陽市・―)
   落語芸術協会理事
   本名布施重雄さん(78歳)は2014年5月29日、肺炎のため埼玉・
   三郷市内の病院で逝去されました。ご冥福をお祈り申し上げます。

  ダニエル・カール(タレント・夫人山形県出身・―)
   サラブレッド・プロモーション 03-5485-3761


【ち】
【つ】
  つちだ よしはる(絵本作家・鶴岡市・―)


【て】
  天童 真理子(舞台制作、プロダクション・山形市・山形西高校卒)
   オフィス 天童 代表


【と】
  常磐津千代太夫(常磐津・米沢市・―)

  富樫 森
(映画監督・鶴岡市、旧藤島町・鶴岡南高校卒)


【な】
  中島 みゆき(歌手・母山形市出身・本人山形6中一時在籍)

  中村 映里子(俳優・南陽市・)

  渚 ようこ(歌手・白鷹町出身・―)
   
昭和の歌謡曲を歌う 新宿・ゴールデン街『汀』

  奈良崎 真美(タレント・―・―)
   トリック・スター

  南部 虎弾(ミュージッシャン・鶴岡市・鶴岡南高校卒)
   クラフトワーク(電撃ネットワーク) 03-5489-7538


【に】
【ぬ】
【ね】
【の】
【は】
  芳賀 徹 (評論・翻訳 比較文学者・山形市・山形南高等学校)
   
国際日本文化研究センター名誉教授、東京大学名誉教授、
   京都造形芸術大学名誉学長
   2017年度日本芸術院賞・恩賜賞受賞
「文明としての徳川日本 1603
   〜1853」(平成29年9月 筑摩書房刊)により

  萩生田 千津子 (俳優・上山市・山形商業高校卒)

  白鷹山 亨将 (力士・白鷹町・―)   
   
高田川部屋

  畠中 洋 (俳優・上山市・日大山形高校卒)
   
ケイファクトリー 03-3770-221

  旗本 由紀子 (アナウンサー・―・山形大学卒)


  
浜 博也 (歌手・飯豊町・長井高校卒)
   スリーウッド・プロデュース
   
  林 隆三 (俳優・両親山形県出身・―)
   カロゼロ 03-5485-8852
   林 隆三さん(70歳)は2014年6月4日、腎不全のため
   都内の病院で逝去されました。ご冥福をお祈り申し上げます。 

  林部 智史 (歌手・新庄市・鶴岡市立荘内看護専門学校中退)
   avex trax
   2016年2月24日「あいたい」シングルリリース
   『THEカラオケ★バトル』2016年間チャンピオン決定戦優勝

  羽山 みずき (演歌歌手・鶴岡市・―)
   サンミュージックプロダクション
   本名田沢瑞姫 2016年4月日本クラウンより「紅花慕情」でデビュー 
 
  春田 優雅 (俳優・―・―)  


【ひ】
  瞳 笑二(タレント・―・―) 
  太田プロダクション(アンクルベイビー)  03-3359-6266

  瞳 ひろし(俳優・―・―)
   劇団誠 03-5952-1203

  ビート キヨシ(タレント・―・―)
   オフィス・ビートキヨシ 03-5424-1025


【ふ】
  藤林 聖子(作詞家・山形市・日大山形高校卒)
   オフィス・トゥー・ワン
   1995年「Wonderful Bravo!」で作詞家デビュー

  古瀬 絵理(フリーアナウンサー・尾花沢市・新庄北高校)
   オフィス・トゥー・ワン

  
【へ】
【ほ】

  北勝国 英明(力士・鶴岡市・―)   
   八角部屋

  北勝鶴 豊(力士・鶴岡市・―)   
   八角部屋

  本上 まなみ(俳優・母鶴岡市出身・―)


【ま】
  前田 勝(力士・鶴岡市、旧櫛引町・―)
    放駒部屋

  眞島 秀和(俳優・米沢市・米沢興譲館高校卒)
   ザウス ZAZOUS 
  

  松田 智恵子(俳優・―・―)
    円企画(劇団円) 03-5828-0654

  真矢 みき(俳優・父庄内町、旧余目町出身・―)
   ブルーミングエージェンシー 03-5468-7755
   お父さんの出身地は「俳優・佐藤 輝-25」2010.10.21 をご覧下さい。

  丸谷 才一(作家・鶴岡市・旧制鶴岡中学、現鶴岡南高校卒)
   平成23年文化勲章受章者。
   本名根村才一さん(87歳)は2012年10月13日心不全のため
   都内の病院で逝去されました。ご冥福をお祈り申し上げます。 


【み】
【む】
  村川 透(映画監督・山形市・山形南高校卒)


【め】
【も】
  最上川 司(ビジュアル系演歌歌手・河北町・谷地高校卒)
   デビューシングル「まつぽいよ」2015年6月10日発売
   ユニバーサル ミュージック合同会社


【や】
  柳家 〆治(落語家・新庄市・新庄北高校卒)

  山川 元(映画監督、脚本家・上山市・山形商業高校卒)


【ゆ】
【よ】
  吉田 司(ノンィクションライター・山形市・―)

  吉村 美栄子(山形県知事・大江町・山形西高校)
   

【ら】
【り】
【る】
  留美(俳優・―・―)

   ケイエムシネマ企画 03-3350-9358


【れ】
【ろ】
【わ】
  渡辺 えり(俳優・山形市・山形西高校卒)

   ノックアウト 03-5728-6966

  渡辺 由紀(俳優・山形市・山形北高校卒)
   オフィスのいり



   新情報が入り次第追加掲載します。    最終更新日2018年9月30日




                              ページTOP


『俳優・佐藤 輝』ページへ 





佐藤 輝 出演情報
  2018.11.16(金)〜18()
  開演時間 16日夜19:30 17日昼13:30 18日昼13:30 開場は各1時間前
  神楽坂アコースティックライブホールTHEGLEE

  オフィス天童 朗読公演
  感動するRO-DO-KU LIVE
  『99のなみだ・星』より『幸せのレシピ』と太宰治作『清貧譚』『カチカチ山』より  
  『生きるよろこび』


   出演
    花柳寿楽・浅井ひとみ 吉田賢太 堀口幸恵 佐藤拓馬・佐藤 輝
 



お問い合わせ オフィス天童 メール





                              ページTOP



花の山 鳥海山2,236mへ  

 今年8月11日、山の日。
 故郷の山、出羽富士・鳥海山。

 やはり長期予報と毎日にらめっこ。

 前日までの雨がこの日の朝には曇りに変わるとの予報を信じて、鳥海ブルーラインの鉾立駐車場でスタンバイ。
 暗く重かった雲がようやく9時頃から少し明るくなったし、これより遅い出発になったら山頂小屋に着く時間が遅くなる。

 人生初めてのポンチョ姿になって、9時半に小雨降る登山口に。
 わが登山人生で初めての雨天登山となった。

 展望台の手前で雨が止んだと喜んでポンチョを脱いで登り始めたら、またもバサバサと降ってきた。あわてて、また着込んだ。

 このコースは36年前に下ったことはあったが、登るのは初めて。
 行く先も回りもガスの中、次々と足元に現われる可憐な花に励まされて1歩1歩を進めることができた。

 11時を過ぎて、魔法使いが杖を振り回したかのように一瞬にしてさあっとガスが晴れた。
 陽が差す。
 回りも先の山も緑鮮やかに見通しが利く。

 ポンチョを脱ぎ、汗でびっしょりのシャツを脱いだ。風が気持ち良い!







 沢水の流れのそばに、ニッコウキスゲの鮮やかな黄色の花が雨の滴を身にまとって輝いている。







 このあたり、まだ雪が残っている。







 ここが最初のポイント。
 上にある雪渓の雪解け水を集めた流れを渡る「賽の河原」。







 「賽の河原」からゆったりゆったり、大きな雪渓を振返りながら50分ほどで、目の前に鳥海湖が広がる小浜小屋に到着。両手を広げて深呼吸。







 鳥海湖から東を見れば、ルートの先に、外輪山に包まれて、黒々と大岩が積み重なった山頂の新山が望める。

 その尾根道をたどれば扇子森を経由して御田ケ原へ。







 時々南側からガスが吹き上がって来るので庄内平野は見えないが、このあたりもお花畑が続いている。

 よくもまあこの高山に、これだけの石を運んで綺麗に並べたものだと、尾瀬の木道とはまた違った感懐をもつ長い石の坂道を下れば、今度は登る八丁坂。

 そして、先の七五三掛(しめかけ)に至ると、真っ直ぐは、時には大岩をよじ登らなければ進めなくなる文殊岳から外輪山を進むコースと、左に折れて外輪山から千蛇谷への沢をジグザグに下って雪渓を渡り、外輪山内側の絶壁を谷越しに右手に見ながら山頂小屋を目指す千蛇谷コースに分かれる。







 七五三掛で外輪山から一気に千蛇谷の底の雪渓に下る。







 外輪山内側の絶壁を右手に見ながら







 左側の谷沿いの道を山頂小屋を目指して上る。

 ほとんど無言で、その時間に耐えきれなくなってたまには自分を叱咤激励するうなり声をあげ、また黙々と登る。

 山頂小屋手前のジグザグの登りは、そこにいて夕陽を眺めながら楽しんでいる人たちの顔は見えているのに、登っても登っても登り切れないもどかしさ。







 それでも無事に登り切った。

 振り向くと、七五三掛から急坂を下り、雪渓を横断して谷の反対側に渡り、ただただ登ってきた千蛇谷が西日の陰をつくっていた。

 山頂の御室(おむろ)小屋に到着。
 受付で、先ずは、到着が遅くなったことを謝った。

 遅く着いた分、寝場所は2階の一番奥に。

 星が濃紺の空全部に広がって澄み切った光できらめいている。

 見とれる間もなく、体が震えて止まらない。冷え込んでいた。
 満天の星。

 垂直のハシゴを登って、足元はふらつくし、梁に何度も頭をぶっつけて、みんなの寝言とイビキを子守歌と思い込むようにして、いつのまにかぐっすり眠った。



    



 明けて、8月12日。快晴。

 朝日を受けて西側の日本海に、鳥海山の影が吹浦漁港を包み込むようにしてくっきりと伸びた。
 影鳥海。







 今朝も冷え込んでいて、まだ日陰になっている神社本社前の広場では体が凍える。

 母校、酒田東高校の校章にデザインされている鳥海山の固有種チョウカイフスマの小さな花が、可憐に岩の隙間に咲いている。

 高校時代、仲間で万助小屋まで行き1泊したことを思い出した。
 その時の友人たちの顔も。

 忘れていたが、あの時が最初の雨中登山だったことも。







 朝食。
 昨夜は食欲がなかった。今朝は卵掛けご飯にしたらするすると完食。







 持参のチーズでカロリー補給。







 さあ、いよいよ36年ぶりの新山山頂へ。

 御室小屋背後の溶岩の岩山を登る。










 途中振返ると、ぐんと視界が広がって、白い屋根の大物忌神社本社、社務所、山小屋の御室小屋、食堂などの建物が足元はるか下になり、さっきまでは南側の外輪山に遮られて見えなかった月山山頂も見えるようになった。 










 岩山を登り切ると、今度は急な北側の岩坂を下りに。

 両側の切り立った大岩の間の狭い底まで下りきる。ここが胎内くぐりと呼ばれるポイント。
 見上げると、先の岩山の天辺に登山者の姿が。

 あそこが鳥海山山頂だ !







 鳥海山2,236mの新山に登頂! !







 快晴の山頂に立てばぐるり360度の眺望が開けて身震いした。 

 北の彼方、雲海の上にぽつんと岩木山の頂。

 東も南も、東北地方の山々が見事に眺められた。 

 南西に目を転ずれば、酒田市街を中心に最上川横切る緑一面の庄内平野が広々と広がり、風力発電風車群と庄内浜の海岸線がくっきりと南に続いてその先には粟島の島影までが見える。







 登山者の人影が小さく稜線に見える外輪山越しには、遥か雲海に浮かんでいる月山、葉山、その左奥に蔵王山、月山の先には朝日連峰から飯豊連峰まで続いている。

 もっと先にうっすらと見えているのはひょっとして磐梯山か安達太良か。


         この項の先を読む(クリック) 




ようやく花火が・・・9月21日  

 今年の花火は8月1日、地元で楽しんだ。

 自転車を途中のスーパーに預けて、家から20分ほど。

 気軽が一番。
 河川敷に広げたシートに大の字になって真上に上がる大きな花火を、時々ナッツやお稲荷さんを食べビールを飲みながら堪能。

 夏、極まった。





        佐藤 輝 ☆彡 2018.9.21

                         ページTOP



版画家 井上勝江さん 

 7月21日は、京王プラザホテルロビーギャラリーで開催初日を迎えた「黒と白、美しい色彩への回帰」とサブタイトルが付いた版画展「井上勝江と仲間たち 展」へ。

 歌手のジュディ・オングさんの版画作品も展示されているのは、井上勝江さんがジュディさんの版画の先生だから。

 井上勝江さんとの出会いは森川監督より更にさかのぼり45年前の10月。

 その年、僕が故郷山形のYBC山形放送ラジオで、毎週金曜日に2時間のディスクジョッキー生番組を持つことになり、その中に僕が東京でインタビュー取材するコーナーを作った。
 1回目は東京で活動する山形県出身者のインタビューにしたいと訪ねたのが、新宿コマ劇場筋向かい角のたばこ屋の地下にある「カドー画廊」で木版画展を開いていた長井市在住の版画家菊地隆知さん。

 インタビューを終えて紹介されたのが菊地さんと同じ「日本板画院」同人だった井上勝江さん。






 以来、東急日本橋6階画廊での板画院近作展や個展、毎年6月上野東京都美術館の板院展などでどんどん成長しダイナミックに咲き誇る大輪の花の作品を楽しませていただき、ジュディ・オングさんを紹介していただいたり、また出演した舞台を何度も観ていただいた。

 創作意欲は更に旺盛で、昨年発表された100号の「うすずみ」は夜の闇に浮かび上がる根尾の薄墨桜の妖しい広がりを細かに壮大に表現して圧巻。
 桜の精が背負う闇の世界に吸い込まれるようだ。

 これからも創作のエネルギーを貰いに、井上勝江さんと作品に会い続けたいと思っている。

        佐藤 輝 ☆彡 2018.9.21

                         ページTOP




森川時久監督と三鷹のすし哲郎  

 昭和41年のフジテレビ大ヒットドラマ「若者たち」。
 ザ・ブロードサイド・フォーが歌った主題歌の「若者たち」もヒットして、時代を象徴したドラマとして大評判だった。

 そのドラマの演出の中心となったのが森川時久監督。

 僕はそれから12年後、1978年放送のTBS「八甲田山」で初めて仕事をご一緒させていただいた。

 以来、テレビドラマ「陽はまた昇る」「あゝ野麦峠」「望郷・美しき妻の別れ」「死刑執行四十八時間」、映画「きみが輝くとき」「次郎物語」「童謡物語」「ハルウララ」など多くの森川作品に出演させていただいた。

 福島、岳温泉での雪中行軍ロケから40年のお付合いをいただいている。

 聖蹟桜ヶ丘のご自宅にもお邪魔して、奥様の手料理を腹いっぱいご馳走になったり、ひとかたならないお世話になりっ放しだ。

 ここ数年は三鷹にある「すし哲郎」でご夫妻と落ち合って美味いすしと肴を味わい杯を重ねながら会話を楽しむことが多くなった。

 6月28日、今年初めての「すし哲郎」。







 「すし哲郎」は奄美出身の篤(とく)哲郎さんのすし屋。

 駅から6、7分ほどの住宅街にあるカウンターとテーブル11席のこじんまりした店。
 篤さんが一人で気配りのできる席数にしたと言う。

 居心地がとっても良い。

 篤さんと森川監督との関わりは、監督の奥さん方子さんが、銀座の一流すし屋で修業していた篤さんの握る味にほれ込んで、その味の追っかけになったのが始まり。

 後に、独立した篤さんの所在が掴めなくなって、捜しに捜してようやく探し当てたのがこの「すし哲郎」だったとのこと。

 一度篤さんが握るすしを食べたら、次に哲郎に行くことを楽しみにして、ほかのありきたりのすしなら何年食べないでいても我慢できると思える、そんな見事な絶品!!
 奥さんが篤さんの味の追っかけになった理由がわかる。

 選び抜かれた旬のネタの仕入れから、手の込んだ仕込み、仕上げの包丁さばきまで、超一流の感性と技の結晶が客の感性を目覚めさせる。
 別格のすしだ。唸る。本当に美味い。

 最近は、店の常連さんに『ラ・マンチャの男』の、サンチョのファンがいることがわかって紹介され、その方たちとご一緒になる時には興が乗ると「見果てぬ夢」や「旦那が好きなのさ」を歌い、更に発展して、昨年は監督の88歳米寿祝いの気持ちを込めて、森川監督が発想した「次郎物語」の主題歌、スメタナ作曲「モルダウ」をもとにさだまさしさんが補作曲して歌った「男は大きな河になれ」も生で朗唱して楽しんでいただいた。
 この歌詞には、森川監督の人を思う優しさや人生を生きるエネルギーがあふれている。



   
   1978年4月 映画「次郎物語」佐賀県神埼町 原作者下村湖人生家ロケ


        佐藤 輝 ☆彡 2018.9.21

                         ページTOP

  「すし哲郎」0422-55-8960




いよいよ始動! 生きるよろこび  

  このホームページの更新もままならないほど、春先から諸々の多忙で落ち着く暇がない日々が続いてしまった要因は、11月に企画したオフィス天童の「生きるよろこび」公演準備。

 台本構成から始まって会場設定など、細かな積み重ねがあって、基本の台本がようやくできあがった。
 先月には会場となる神楽坂のライブホール・TheGLEEで宣伝写真の撮影が行われた。

 そして、初めての本読み。






 花柳寿楽さんは日程が重なって参加できなかったが、浅井ひとみさん、吉田賢太さん、堀口幸恵さん、それに演出も兼ねている僕と、出演者4人で作品の流れや漢字の読み方、役の捉え方、上演時間などについて話し合った。
 夫々が、秋の本稽古に向けて感じるところがあったようで、気が入った。

 演出としてはこれから更に構成台本の直し、音楽、照明の打合せ、転換を考えながら道具設定などやるべきことは目白押し。

 やるぞー!

        佐藤 輝 ☆彡 2018.9.21

                         ページTOP




続いても・・・さかのぼって6月 尾瀬 

 今年も6月の尾瀬を楽しんだ。

 長期天気予報とにらめっこした甲斐あって、3日4日と晴天!!

 今までは福島県桧枝岐の沼山峠から尾瀬沼経由で尾瀬ヶ原に入ったが、3回目の今年は初めて群馬県側の鳩待峠から。







 山の鼻の山小屋村を出て、西側の至仏山(日本百名山 2,228m)を背にして東西に広い尾瀬ヶ原の木道をゆったりと歩く。







 尾瀬ヶ原の東、行く先にそびえて出迎えてくれるのは、これも日本百名山に数えられている東北地方の最高峰、2,356mの燧ヶ岳。







 尾瀬ヶ原最大の水芭蕉群生地として知られ、撮影のベストポジションとなっている下ノ大堀に近づいて、あれェ!? 

 白い花が!? 少ない! 水芭蕉がァ・・・



      
      去年6月6日にはこんなに咲いていた水芭蕉







 下ノ大堀の大群生地では少なかったものの、尾瀬ヶ原の至る所に水芭蕉は白い花を咲かせている。







 木道の先に、今夜泊まる見晴の山小屋集落が見えてきた。




 尾瀬ヶ原東端にある見晴の山小屋集落。今年も泊りは第二長蔵小屋。


 小屋の管理人に聞くと、今年は季節の進みが例年より1週間ほど早く、そのせいで水芭蕉も盛りを過ぎてしまったとのこと。
 確かに、至仏山の残雪が去年とは比べものにならないほどに少なかったし、去年は冬枯れの植物たちが黒く地面を覆っていた草原湿原も、今年は若草が萌えて緑一色になっていた。

 思えば、去年は雪の消えるのが遅かったとのことで、雪山登山かと戸惑うような沼山峠と白砂峠の雪の深さに苦労したことを思い出した。

 水芭蕉の花の見ごろも年ごとの気象条件によって相当に変わるものなのだと納得した山小屋の夜だった。


 翌日、見られなかった大群落の水芭蕉の代わりに、この時季だからこその貴重なよろこびがあった。


幻の花 トガクシショウマ




 思いもよらなかった、幻の花と呼ばれるトガクシショウマ(戸隠升麻)との出会い!!

 それも、こんなに沢山の花が見事に咲いている。

 大感激だ!!







 温泉水の流れが地温を保っているなどの微妙な自然環境があって、ここの狭い範囲だけに咲いている貴重な幻の花。

 6枚の薄紅色の花弁は実は萼片で、実際の花はその中に黄色味をおびた白い丸い形でつつましく納まっている。可憐な幻の花トガクシショウマ。

 この自然環境が人為的に破壊されることなく、訪ねる人たちがいつまでもこの貴重な花に出会える感激を味わい続けられることを祈った。







 帰路、東電小屋経由で山の鼻に向かう途中、振返ると浮島が浮かぶ池塘に逆さ燧ヶ岳が映っていた。

 尾瀬には、またきっとやって来るよ。 







 山の鼻で小休止。

 地元特産の花豆を入れたソフトクリーム(500円)で一息ついた。

 ここで元気を回復しておいて良かった。

 鳩待峠までの帰りの上り坂は、思ったよりもきつく、息切れしながら登った。

 峠の売店でも花豆ソフトクリームを売っていた。400円也。んン?

 でも、あそこで食べたからこそ登って来られたのだと納得。

        佐藤 輝 ☆彡 2018.9.19

                         ページTOP




スペイン絵画の華がやってきた・・・のは 

 プラド美術館展のベラスケス。

 3月の箱根宮ノ下富士屋ホテルから一足飛びに5月末の西洋美術館へ。それもアップしたのが9月19日。お待たせ?しました。
 
 マドリード在住の山田進さんが2月に教えてくださった、東京上野・西洋美術館での「プラド美術館展」。

 マドリードを訪ねるたびにスペイン美術の世界に浸ったプラド美術館の雰囲気に東京で再会できると喜んで、早く行きたいとずうっと思って思っていたのに、諸々の多忙で落ち着く暇がない日々が続いてしまい、ようやく入場できたのは東京での展示終了2日前、5月25日になってしまった。







 もう一度、プラド美術館の広々とした展示室でこの絵たちとゆったりと再会したいと熱く思った。

 世界各都市で暮らす人たちが地域と生活に密着したレポートを書いているホームページのスペイン・マドリードのリポーターは山田進さん。

 実に面白い裏話や「へぇ!? そうだったの!」と納得の常識違いが表現力豊かにレポートされています。

 スペインに興味をお持ちの方に絶対のお勧めページです。
 https://kc-i.jp/activity/kwn/yamada_s/

 スペイン! スペイン!!

        佐藤 輝 ☆彡 2018.9.19

                         ページTOP




東京庄内会と伊藤善市先生 

 故郷・山形県庄内町出身者と縁ある人たちの1年に1度の集い、「東京庄内会」が曇り空から快晴に変わった19日に九段下のホテルであって、参加した。







 「最上川舟唄」を歌った。

 庄内平野の真ん中を南北に分けて、庄内町の北部を東から西に流れる最上川は山形県の母なる川。




思い出の歌の合唱ではステージに溢れるばかりの参加者が声を限りに思いのたけを声にした。今年は新規参加者が50人ちかくも増えたと喜びの報告をした幹事長も右端で控えめに歌っている。



 地元農協や企業などから提供されたお土産の抽選会があって、僕はJAあまるめ提供の大好物「杵つき丸もち」をゲットした。
 喜んでいるところを、昨年同様プログラムには何の記載もないのに、ステージに呼び上げられて「ご挨拶を !」との司会者からの要望。

 一瞬躊躇したが・・・、会を通じて皆さんに声を掛けて永く応援してくれた方だったのに、昨年の会で、会場に着いてから亡くなったことを知ってショックを受けた斎藤まり子さんのことを思い出した。

 この会には斎藤さんのように会のつながりで俳優・佐藤輝を熱く応援してくれている人たちが大勢参加されている。その人たちにお礼の気持ちを伝える機会は少ない。そうだ、それができる絶好の機会をいただいたのだとステージに上がった。







 皆さんには、次にお会いする時まで、自分を奮い立たせながら喜びを持って元気でいてもらいたい ! それが、最近の同時代を生きている人への僕の思いだ。

 その思いを込めたアカペラ2曲を朗唱。

 僕も出演した1987年に公開された森川時久監督の映画「次郎物語」で、母を亡くして沈み込んでいる幼い次郎に父親が励まして歌った「男は大きな河になれ」。さだまさしさんが作詞しスメタナの「モルダウ」を編曲した主題曲。

 松本幸四郎さんのドン・キホーテとコンビを組んだサンチョ役で484回出演した『ラ・マンチャの男』で歌われる「見果てぬ夢」。
 「夢は実りがたく 敵は多いけれど 哀しみを秘めながら 歩き続ける ! !」




ひと際目立って長身の原田真樹庄内町長。7月に4選されたばかり。町の進むべき方向が原田町長の双肩にかかっている。頑張って貰いたい。



 歌い終わって降壇しようとすると大きな声が客席から「アンコール ! !」
 続いて「最上川舟唄 ! !」の声。

 そうだった ! 「最上川舟唄 ! !」
 去年亡くなった斎藤さんからも「輝さんの最上川舟唄が聞きたいから会に来てるのよ ! だから歌ってよ ! ! 来年も来てよ ! !」と何度も言われていた。それが、斎藤さんの僕への励ましだった。

 『おしん』でも定次が筏を操りながら歌った「最上川舟唄」。

 「ヨーイサノマガーショ ! エーンヤコラマーガセ !」
 会場が盛りあがって体を揺らしながら力を込めた掛け声を掛けて、「まっかん大根のしょっ汁煮」からは盛大な手拍子に合わせて、顔を紅潮させて歌い終わった。



             



上山温泉「日本の宿 古窯」女将から 

 高さ11センチ、直径10センチもあるずしりと重く実ったラ・フランスが、蔵王の麓・上山温泉から「親善大使」として遣わされて来た。
 「良縁感謝」の朱印と「感謝をこめて」の筆文字を添えて。
 遣わしてくれたのは「日本の宿 古窯」の女将・佐藤洋詩恵さん。







 女将とはある人に繋がるご縁があって、本当に一方的に応援していただいている。だから、ありがたい良縁に感謝しなければならないのは僕の方なのだ。なのに「感謝をこめて」の御恩返しができないでいる。

 女将とは、そのある人の告別式で初めて知り合った。

 そのある人とは、東京女子大学教授を務められた伊藤善市さん。

 伊藤善市さんに初めてお目にかかったのが、東京オリンピックがあった昭和39年秋の「東京余目会」。この会が9年前にできた現在の「東京庄内会」の前身の一つになった。
 昭和36年に、伊藤善市さんや僕の叔父・佐藤卯朔、斎藤まり子さんたちが、故郷を偲ぶ集いとして始めた東京余目会。

 その集いに故郷から小学校の恩師を呼ぼうということになって呼ばれたのが僕の父だった。

 上京した父と一緒に池袋温泉での東京余目会に出席して、当時東京女子大学文学部助教授だった伊藤善市さんに紹介された。
 伊藤さんは父にとって一番の自慢の教え子だったと聞かされた。
 それ以来、俳優を目指して修業に励む僕を、伊藤さんは何かにつけて「昭ちゃん、昭ちゃん」と声を掛けては支えてくれて、それにつれて余目会の他のメンバーも熱く応援してくれるようになった。
 伊藤さんは当時の政府の多くの審議会の委員なども務める多忙の中で、山形県内の地域振興や人的交流、自力創生のための有機的な連携を積極的に進めた方だった。

 昭和55(1980)年7月に僕がコンサート『演劇的音楽会 唄う/語る 佐藤輝昭の世界』をABCホールで公演した時には、パンフレットに「庄内の風土と佐藤輝昭の世界」の一文を伊藤さんが書いてくださった。
 故郷を愛する伊藤善市さんの思いに重ねて、僕の履歴や故郷の風土を豊かな筆致で紹介していただいた、嬉しい文章だった。

 このコンサートは「舟唄」で開幕、「黒の舟唄」「バタフライ」「ティティーヌ」「パダンパダン」など演歌からシャンソンまで、それに「津軽じょんがら節」で始まった第2部『ふるさと庄内・夏の頃』では昔話を語り、鶴岡市から特別出演してもらった津盛柳太郎さんの庄内出羽人形を客席と一緒に楽しみ、最後は観客の掛け声と手拍子に盛り上げられて「最上川舟唄」を歌った。
 思い出に残る舞台を創ることができたと、今でも思い出す。

 伊藤善市さんは、余目会会長として会員をまとめては何度も公演を観に来てくださった。それは、伊藤さんが恩師としての僕の父に対する思いを僕に傾けてくださったのだと思われる。

 また、伊藤さんは、東京余目会のように山形県出身者が出身地単位で作っている故郷会をまとめた山形県人連合会の会長もされた。

 その時期、僕がメンバーの一人だった集まり、山形県人連合会にも参加している「芸能人山形県人会」が顧問にすえる人選について混乱していた上に、僕の叔父との関係も良好でなくなったために、不本意ながら伊藤さんとも余目会とも疎遠になってしまっていた。

 そんな時に、斎藤まり子さんから届いた伊藤善市さんの訃報。

 僕は、大恩人・伊藤善市さんに心から疎遠を詫びて許しを乞うた。

 その告別式が終わったところで紹介されたのが、上山から駆けつけた古窯の女将・佐藤洋詩恵さんだった。

 女将にとっての伊藤善市さんも、結婚によって山形の温泉旅館の女将という別世界に立った洋詩恵さんを励まして心を支えてくれた心からの恩師、大恩人だとのお話。
 その後に伺った女将の話から、その伊藤善市さんの励ましがあったからこそ、今ある、心からのもてなしの宿として知られる古窯に育て上げることができたのだとの気持ちが感じられた。

 女将の僕に対する応援は、大恩人・伊藤善市先生への御恩返しの一つなのだとありがたく理解している。
 伊藤さんが応援した佐藤輝さんも自分が応援すべき人なのだとの強い思いから僕を応援してくださっているのだと理解して、伊藤先生と女将とにつながるご縁のありがたさに感謝している。まさに「良縁感謝」! !

 あと3日。
 ラ・フランスが食べ頃を迎える。
 時々くんくんしながら楽しみに待っている !


             



演劇的音楽会 唄う/語る 佐藤輝昭の世界』



1980(昭和55)年7月『演劇的音楽会 唄う/語る 佐藤輝昭の世界』ABCホール公演




「庄内の風土と佐藤輝昭の世界」東京女子大学文学部教授 伊藤善市さん




1980年7月『演劇的音楽会 唄う/語る 佐藤輝昭の世界』ABCホール公演




1980年7月『演劇的音楽会 唄う/語る 佐藤輝昭の世界』ABCホール公演
「バタフライ」




1980年7月『演劇的音楽会 唄う/語る 佐藤輝昭の世界』ABCホール公演
「ティティーヌ」




1980年7月『演劇的音楽会 唄う/語る 佐藤輝昭の世界』ABCホール公演
「パダンパダン」




1980年7月『演劇的音楽会 唄う/語る 佐藤輝昭の世界』ABCホール公演
昔話語り




1980年7月『演劇的音楽会 唄う/語る 佐藤輝昭の世界』ABCホール公演
特別出演 津盛柳太郎さんの庄内出羽人形
 


             



芸能人山形県人会

 「芸能人山形県人会」は昭和39(1964)年当時、三国連太郎主演・内田吐夢監督の東映映画「飢餓海峡」に出演した米沢市出身の俳優・伴淳三郎さんが、その映画に余目町出身最上逸馬さん(東映)、朝日町出身鈴木昭生さん(劇団文化座)、鶴岡市出身大久保正信さん(劇団文化座)など山形県出身俳優が多く出演していることを知って、みんなの親睦をはかろうと声を掛けて集まったのが始まり。

 「アジャ パー」を発し、バンジュンのニックネームで知られた名優・伴淳三郎さんが初代会長となって発足した全国初の芸能人だけの県人会として話題になった由緒ある会だった。




芸能人山形県人会懇親会 1987年2月28日
会長のシャンソン歌手・芦野宏さん、落語家橘ノ圓師匠、大先輩外野村晋さん、鈴木昭生さん、芝田陽子さん、連絡先を引き受けられた松岡弘子さん、渡辺白洋児さん、長い間事務局を担当された栗林恒雄さん、初代「ゴジラ」の中島春雄さん、などが参加された。後列左から3人目、佐藤輝も参加。  




芸能人山形県人会懇親会 1989年10月21日
会長のシャンソン歌手・芦野宏さん、落語家橘ノ圓師匠、外野村晋さん、芝田陽子さん、連絡先を引き受けられた松岡弘子さん、渡辺白洋児さん、長い間事務局を担当された栗林恒雄さん、などが参加された。後列右端 佐藤輝、前列右端 現在のオフィス天童代表天童真理子さんも参加。  



 帝劇のミュージカル『マイ・フェア・レディー』公演に山形県出身出演者が3人もいると喜び合って、「山形県人会」と称しながら親睦会をしたこともあった。

 来週は酒田市のふるさと会・ふれあい酒田 (http://fureaisakata.com)が待っている。楽しみだ。

                   佐藤 輝 ☆彡 2017.11.28





                            この先を読む‥‥



俳優・佐藤 輝の故郷、山形県・庄内地方・庄内町

         
H O M E | プロフィール | 俳優・佐藤輝 | サンチョ写真館 | 俳句 | エッセイ | てるてる広場 | 縁あってリンク
        
Copyright©2003-2018 TERUTSUU All Rights Reserved 記事・写真等一切の無断転載を禁じます。