山形県・庄内地方・庄内町・俳優 佐藤 輝-1
        
佐藤 輝の世界 山形県・庄内地方・庄内町 - 1
      
         
当ホームページ内に掲載されている俳優・佐藤 輝の故郷、山形県・庄内地方・庄内町に関係する部分をまとめました。
      
 

 
山形県・庄内地方・庄内町03年3月〜04年12月 05年2月〜06年6月 06年7月〜07年5月 07年6月〜08年12月 
09年1月〜10年1月 10年4月〜11年3月 11年3月〜6月 11年7月〜12月 11年12月〜12年3月 12年5月〜11月
 12年11月〜13年5月 13年8月〜14年7月 
14年8月〜16年7月  16年8月〜現在   山形県出身芸能人文化人 
           
   
 
2003年3月〜2004年12月分


中日(なかび)
 
 『子午線の祀り』、今日は、10日の初日から28日の千秋楽までの丁度真ん中の日、中日。公演の折り返し点。9回の舞台が終り、あと8回となった。

 3日目の12日に知盛の兄・大臣殿宗盛(おおいとのむねもり)を演じていた観世榮夫さんが高さ1間の大道具から転落し、舞台は一時緞帳を降ろして休憩。一同顔面蒼白の事態になったが、さすが先頭切ってお元気だった観世さん、20分後には何事も無かったかのように舞台を再開。一同、そのパワーの凄さに平伏した。
 今日もお元気な声を響かせ、「かわいい」と評判の宗盛の卿を演じていらっしゃる。
 観世さんが二役演じていた水主を16日から近石真介さんが演じ、順調に日々進化しながら舞台が進んでいる。
 そうそう大きな変化と言えば、カーテンコールが今日から3つ目のパターンになりました。

 連日補助席の出る盛況で、劇場入り口には開演間際までチケットを探し求める人がいるそうです。
 お客様の暖かな拍手が一番のビタミン剤。多くの皆さんに観ていただき、カーテンコールで熱い拍手をいただくとへとへとの疲れも癒されます。

 昨日は、原田真樹余目町長をはじめ故郷山形県から貸し切りバスに7時間揺られて余目町・響ホール事業推進協議会主催による『子午線の祀り』観劇ツアーの団体35名が応援に駆けつけて下さった。


 



 有難く嬉しい故郷からの応援でした。

 伊勢三郎義盛、元気で舞台を努めております。

                 輝 ☆彡 2004.12.19



イチローっ! 琴ノ若 ! プロ野球 ! おじぎ草 !

 イチローっ! 大記録へあと6本、残り7試合だ !
 今日の試合はどうだったのか、わくわくしながらスポーツニュースを見る毎日が続いている。
 自分がやるべき仕事をきっちりと、ぺらぺらした駄弁解説無しで見せてくれるところが実に気持ち良い。ボールを見極めて即座に対応する柔軟性。自分が目標にした所へ、硬軟大小打ち分ける超高度なテクニック。プロの真髄を見せてくれる。技術に裏打ちされた精神力の強さを秘めたクールな眼差し。惚れ惚れするね。誰かが言っていたけど、小泉クンはヤッパリ方向音痴なのかな?

 36歳の琴ノ若。10勝5敗で今年2回目の敢闘賞受賞。
 美しい姿形が女性に人気があるともてはやされていた頃は同県人の力士としてしか認識していなかったが、最近は前頭を、ああ上った、また下った、と踏ん張っている姿が気になって、いつの間にかはらはらさせられながらも応援している自分を発見した。美しいだけでは無い味と風格が魅力になって来た琴ノ若。頑張れ、幕内最高齢。

 1球団総取り体制を打ち壊してオープンなプロ野球を目指す大改革が出来そうなチャンスだったのに、もう一押しが・・・、惜しかったなア。選手会の頑張りで現状から一歩後退で踏みとどまったものの明るい新体制に向かうにはまだまだ紆余曲折、時間の掛かりそうな決着。
 場外で始まった楽天の強引割り込み的仙台争奪戦のやりかたって、総スカンを食って引退はしたものの院政をしいている誰かが世代交代しただけのようにも見えなくも無いね。東北人には嫌われそうなやりかたに思えるが・・・ネ。

 先週の32℃から一気に20℃に下った昨日今日。気分も冷え込みそうだが、朝起きて一番に見るベランダのおじぎ草の可憐な明るさが支えてくれいてる。今朝も32個の花をつけてくれた。本当にチューしたくなる可愛らしさ。(でも、茎にはバラのようなトゲが ! )

                  輝 ☆彡 04.9.27



故郷・庄内・だだちゃ豆

 帰省から5日振りに戻った東京で待っていたのはチュン! チュン! と大声で喜ぶ紅子の大歓迎の鳴き声と、可憐に咲いたオジギソウ。実生から育てたオジギソウは朝は元気でも夜には乾いてよれよれになっていたのに、今年の酷暑に耐えて涼しげな花を咲かせてくれていた。この花が見たくて毎朝の水やりを頑張った、その甲斐あっての感激。


        



 高校卒業40周年記念会出席と故郷の皆さんへの挨拶をしに、山形・庄内平野の真ん中にある余目町(あまるめまち)に11年振りにお盆の帰省。




家族キャンプ、海浜学校などで何度も過ごした思い出の海。由良、白山島(鶴岡市)


      
鳥海山。生家がある余目町からの眺め。



 余目から最上川を渡った北隣、酒田市の会場正面には出羽富士の名を持つ2236メートルの鳥海山が万年雪を白く抱き青々と気高く秀麗な姿をすっくと見せている。
 酒田東高等学校卒業40周年記念会。同期6クラスの約3分の1の100人と恩師5名が集まった。
 1次会は名古屋大学大学院文学研究科・高等研究院教授で02年にヨーロッパ中世史の研究で学士院賞を受賞した同期の佐藤彰一さんが『ポスト・ローマ研究回顧』と題して特別講演。
 会場を変えた2次会では僕の30分のアトラクション。
 『ラ・マンチャの男』と『見果てぬ夢』を歌い、『子午線の祀り』伊勢三郎義盛のセリフの一節を入れて、俳優として歩んできた40年の道のりを語った。そしてみんなで『高校三年生』『修学旅行』を合唱、気持ちと表情は一瞬にして高校時代にもどって大いに盛り上がった。僕の話を自分の40年に重ね合わせて聞いてくれた同期の仲間たちからは「感動して涙が出たよ! 」との感想。夫々に重い人生がある。


                
 
  『見果てぬ夢』を熱唱



 更にクラスやグループごとに会場を変えて3次会。宿泊を予約しておいた、今回の事務局長を勤めた佐藤幸徳クン経営の旅館『最上屋』で更に4次会。卒業以来40年振りに会えた人もあり、出始めた庄内特産「だだちゃ豆」の馥郁としたこくと甘味を味わいながら、思い出と現在を語り合って夜が更けた。


      
余目町の東北、松山町の『眺海の森』から日本海に注ぐ最上川を望む




 東京に帰る日、母校の近く、新田川(にいだがわ)沿いに建つ山居倉庫に出来た農家直売店に立ち寄って庄内の新鮮な野菜・果物に目を見張った。このつやつやした自然の色と輝き、そしてかぐわしい自然の匂い。試食品を食べながら「うん、うん」、噛みしめながら味の良さに感動し納得している。そして、安い ! つい「こんなに新鮮で美味いものは東京では食べられない。もし手に入れるとすればどんな値段になるのだろう」と考えてしまう。(保冷輸送が発達した今、本気でやる気になれば本物の美味さを安く供給することは可能だと思うのだが ! ! そうすれば庄内ブランドの評価もゼッタイ上る筈だ。)
 庄内は風景の美しさに加えて地元で生産収穫されるこうした農産物・海産物(鳥海山のミネラルをたっぷり含んだ伏流水が日本海に注ぐ海域で採れる岩牡蛎 ! とろりと甘く、つるりとのどを通る感触は得も言われぬ快感 ! ! 今回は5個を満喫 ! タイもくちぼそカレイも美味い)の豊富さと味の良さ。自分がこんなに豊かな土地に生まれ育ったことをあらためて認識し、それによって感性がはぐくまれたことに感謝した。


        
庄内の岩牡蛎 酒田駅前・東急イン3階『ル・ポットフー』にて



 一口茄子(小茄子)もトマトも葡萄も、もちろん「だだちゃ豆」も。車に積んで心豊かな気持ちで帰路についた。

 「夏の故郷」。良い故郷の夏だった。こんな新鮮な思いを持てるきっかけを作ってくれた記念会実行委員のメンバー、一年間の苦労に心からの感謝だ。

                  輝 ☆彡 04.8.20



山形・庄内産の筍が届いた

 近況報告を兼ねて、ゴールデンウィークを故郷の兄弟たちはどう過しているのだろうかと5日になって順番に電話した。たまには電話もしてみるものだ。御利益がある。
 藤島町(余目町と鶴岡市の間にある町)に住む4番目の兄に電話したタイミングが良かった。丁度、屋敷内の竹林から孟宗の筍を収穫したところに電話をしたらしく、テレビ電話でも無いのに先方はまるで電話でその筍を見られてしまったかのように、直ぐに宅配便で送ると言ってくれた。

 翌朝、配達されたのを待ってましたとばかりに茹でた。
 3月末の熊本産から始まって和歌山産、伊豆産と好物の筍を今年は何度か食べたが、この筍は包丁が軽く感じられる程に軟らかい。今回が今年の喰い納めだろうと思いながら夜は筍の刺し身で酒を飲み、肉、コンニャクとの煮物、竹の子ご飯、筍の味噌汁を堪能した。味付けも中々だったと思うがエグ味の無い新鮮な筍の美味さが何にも勝った。
 この兄は舞台公演の度に多忙の公務スケジュールを縫って夫婦で欠かさず観に来てくれている。一番歳の近い兄なので子供の頃にも何かと面倒を見て貰った。小学校4年の頃だったか、自転車に二人乗りして暑い砂利道を羽黒山に連れて行って貰った。平野から羽黒山の門前町・手向(とうげ)へかかる上り坂で食べたトマトの美味かったこと。母が持たせてくれたおにぎりをあえぎあえぎ登る途中の茶店で庄内平野を眺めながら食べた時に茶店が出してくれた茄子と油揚の冷たいみそ汁の美味かった事などを思い出す。

 それ以来、僕は羽黒山が好きになり、その成り立ちや行事に興味を持つようになって花祭りや大晦日の松例祭などもふくめて、もう数えきれない回数訪ねている。
 その積み重ねから映画スタッフの仲間と『松例祭』の記録映画を制作してナレーションを担当したり、最上川の源流から河口までを取材したTBSのドキュメント番組「日立ドラマシティ」の『聖なる川・最上川』コーディネーターとしても取材させて貰った。こうした羽黒山との多くの関わりの中でも、丁度この季節、山頂の三山合祭殿で結婚式を挙げさせて貰ったことは何と言っても深いご縁だ。
 庄内人の生活や考え方に大きな影響を与えて来た信仰の山、羽黒・月山・湯殿山「出羽三山」。厳冬の農家で夜通し舞われる『黒川能』。吹雪の中で楽しむ農民歌舞伎『黒森歌舞伎』。山岳修業者の芸能『杉沢比山』など、庄内の民俗芸能、民俗信仰の精神が俳優としての僕の心をどれほど大きく支えてくれているかなどを思いながら、庄内の筍を味わった。

                  輝 ☆彡 04.5.12



アスリート?!

 気温の高さに誘われて我が家の竹林にも竹の子が18本、すくすくと伸びている。かつては30本も出て来て竹の子汁にして食べたこともあったが、最近は細く少なくなっていてこんなに沢山出たのは久し振りだ。去年植え替えをして寒肥もしっかりやったのが効いたのかも知れない。毎朝水やりをしながら、一夜にして数センチも伸びる生命力を頼もしく眺めている。早いものは皮がはがれ始めた。
 竹林と言ってもベランダにあるプランターの中の小さな竹林。根元の方の節が太いほてい竹だ。

 昭和53年は、庄内の風土、民俗、芸能を調べるために何度も帰省した年だったが、4月末にも桜満開の故郷に帰った。コブシもハクモクレンも庄内砂丘のチューリップも春を謳っていた。
 鶴岡市在住の山岳修験研究家・戸川安章さん宅に伺って羽黒山伏の修験や庄内の民俗について教えて頂いたり、5月8日には羽黒町高寺雷電神社に伝わる延年の舞「高寺八講」を見物した。雪の残る月山を背景にして、色鮮やかな花笠をかぶった6人の舞手がささらを打ち鳴らしながら、平安鎌倉の昔を偲ばせる舞を優雅に舞った。(今年は黒土三男監督による藤沢周平原作『蝉しぐれ』の映画撮影の準備が高寺の直ぐ近くに作られたオープンセットで進んでいる)
 その帰省からの帰りに生家の近くに住んでいた姉の所から株を分けてもらって来て以来26年、竹は都会のベランダで転居による環境変化にも耐えて西日をさえぎり、毎年夏には生えたままに七夕飾りをつける竹になり、冬になれば雀がさえずる竹林として、一年中目を楽しませ話題を提供してくれている。今年は久し振りに大きな竹林に育ちそうだ。

 4月から木場にあるフィットネスクラブに通っている。8年前から始めた水中ウォーキングを中心にしたトレーニングだ。
 行く途中でバッタリ出会った近くの飲み屋のママに「プールのトレーニングに行く」と言ったら「どうして? 何のリハビリするの?」と訊かれてしまった。役者にも体力作りのトレーニングが欠かせないなんて思ってはくれないようだ。
 プログラムは日中だけでも初心者向きの基本的なものから振付の入った上級者用のエクササイズまで8クラスあって、元気の良い個性あるインストラクターが熱心に指導してくれる。水中運動はやる人夫々のレベルに合わせて自分で強さを調節出来る運動だ。どのクラスでやっても夫々に身に付くし楽しい。水の中でたっぷり汗を流している。
 初めて行った日、最初に「高精度体成分分析装置」と言う台に乗って体型分析をさせられた。何が何やら分らぬままに左右に出たハンドルをしばらく握っていたら直ぐに結果が出てカルテを渡された。こんなに簡単に計るのだからその結果なんて当てにはならないだろう、またトレーニングを続けているとは言え僕の体なんてぷよぷよに近いものだろうと思いながら「まあまあですか?」などと言いながら説明を聞いてびっくり。「結構、良いほうですよ」!? 。数値は小数点以下2桁まで細かに、体型分析、筋肉量バランス、体水分検査、バランス、体成分分析など各種のデータが出ている。最後のフィットネススコアには何と「アスリート」レベルの数値が出ている! ! おっとっとっとっ ! だ。
 「100歳まで現役俳優でいたい」と思っている僕が「アスリート」レベルの身体だとは何とも嬉しく自信を持った。竹の子のようにスクスクと伸びることは出来無くても、次の『子午線の祀り』『ラ・マンチャの男』の舞台を前の公演より更に良い舞台にする意欲と肉体は持ち続けられる !

                  輝 ☆彡 04.5.1



旬を食べる

 今年の桜は咲き始めは早かったけれど、その後の冷え込みで満開の時期は木によってばらつきが出た。それで長い期間花見を楽しむことが出来たが、盛り上がりに欠けた。
 今日あたりは遠目に美しく八重桜が満開。一重はすっかり散って桜若葉が目を和ませてくれる。半蔵門から桜田門に続く堀端の樫の新緑の萌え色も、生きてある喜びを感じさせてくれる。

 我が家の花見に付き物は孟宗の筍汁と初ガツオ。
 東京に出て来る前、昭和30年代、冷凍輸送の発達していなかった頃の故郷山形では初ガツオなんてどこの話かと思っていたが、孟宗の筍汁は大好きな山々笑う季節の庄内の味だった。特に作家・藤沢周平さんの生家に近い鶴岡の温泉地、湯田川あたりで採れる筍は有名で、その近くに住む次兄が裏山で採った太くてズシリと重いひと抱えもある筍を毎年届けてくれるのが楽しみだった。
 母が大鍋で米糠と一緒に煮てアク出しをした後、厚さ1センチほどの輪切りやイチョウに切り、鰹節でダシを取り大きめに切った油揚(東京で言う生揚げ)と酒粕を入れた味噌仕立ての孟宗汁にした。新鮮な筍にザクリと歯を立てる食感が何とも言えない生きる意欲をかき立ててくれる春の味だった。

 春の新鮮野菜は生で食べても味がある。新キャベツの軟らかさ、甘みのある美味さ。玉子とサッと炒めても美味しい。独身時代には良く作った。

 新聞の料理欄に新キャベツの煮込みの紹介記事があった。読み進むにつれてスペイン、ラ・マンチャ訪問の折にマドリーで食べた煮込み料理コシードとイメージが重なった。これはきっと美味いものが出来そう。キャンプ好きで料理好きの血が騒いだ。
 コシード(Cocido)は首都マドリー(マドリッド)を中心にしたカスティーリャ地方の代表的料理の一つで豚肉、チョリソ、生ハム、野菜、豆、パスタなどを素焼き壺で煮込んだもの。レストランでも大きな壺がテーブルに出される。そして最初にオリーブオイルたっぷりのスープを飲み、次にパスタ、豆、野菜、そして肉と続く塩味とハーブの利いたコース料理になっている。その間にサンチョの食事同様に生玉葱や青唐辛子をかじる、僕の好きな庶民の料理だ。







 中火で煮立ったところで弱火にし、落し蓋をして20分。キャベツの甘みが出て来たら天然塩を少し。煮込むこと更に20分。オリーブオイルと塩で味を整える。
 これは美味い。とろけるように軟らかいキャベツとベーコンの重なり。まるでミルフィーユみたいだ。野菜の甘みを引き立てるだけの薄い塩味が良い。
 『新キャベツのコシード、サンチョ風』の出来上り。家人にも好評で持て成し料理が一つ誕生した。詳しいレシピは又の機会に・・・。

                  輝 ☆彡 04.4.13



4月1日





 「センバツ、東北地方の3チームがそろって準決勝へ進出 ! 」と言いたいエイプリル・フール。イラクも、トリインフルエンザも嘘だった、とも。
 
 今日から国立大学が単独の国立大学法人に。
  母校酒田東高校時代にはピッチャーで4番だった同期の佐藤彰一さんが西洋史研究をこころざしたのは、酒田市にあった映画館グリーンハウスで観た洋画に刺激されてと言う話を聞いたことがある(酒席の話で確信は持てない・・)が、夢こそが人間にパワーをもたらしてくれる。彰一さんは『修道院と農民』の研究で一昨年の学士院賞を受賞した名古屋大学大学院文学研究科・高等研究院教授。責任ある立場。今日からの制度の変更で多忙を極めていることでしょう。
 グリーンハウスは市街中心部を南北に通る広い通り「柳通り」に面してあった映画館で、青春時代、外国への憧れを膨らませてくれるワンダーランドだった。何度も映画を観た。ガラスドアを押して入る、それだけでも夢の世界に踏み込んだ気持ちでワクワクしているのに、グレン・ミラーの「ムーンライト・セレナーデ」と共に場内が暗くなってドレープカーテンが開いて上映が始まる。あの瞬間の胸のときめき ! !

 先月、その佐藤彰一さんから「歴史書を読む 『歴史十書』のテクスト科学」(山川出版社刊)と言う著書を頂いた。
 6世紀のフランス、トゥールの司教グレゴリウス(538-594)が後世へのメッセージとして書き残したアダムとイヴに始まる歴史を書いた『歴史十書』について「伝えられるようにフランク人の歴史を記すことを目的としていたのだろうか。内容だけでなく、テクストの分節構造を手がかりに、この史書に託した知られざる意図を解き明かしてゆこう。」と考察を始めている。

 『歴史十書』を読み解くための研究手引書だが、佐藤彰一さん独自の鋭い考察と研究方法に対する指摘がある。『歴史十書』はその後に続く歴史書の多くに引用されている西洋史の重要資料だそうだ。けれども僕はそもそもその土台になる『歴史十書』についての知識は無いしそれに含まれる『旧約聖書』『新約聖書』、加えてその時代に至るフランスの歴史など全くの門外漢で、何とか『歴史十書』の概要は理解出来たものの、具体的理解には程遠かった。それでも面白く読めたのは、歴史研究者が一つの資料に向かい合った時のエネルギーの凄さ。資料、知識、想像力を総動員して推論から具体的な結論を導きだす迫力に引っ張られた。この姿勢が役者が台本に向かい、感じ分析し、登場人物を存在させるために肉付けしてゆく、わくわくと心躍る作業と非常に良く似ているからだった。記述されている事件、事柄の詳細、その場所の様子、登場人物たちの表情までもが佐藤さんの目にはありありと見えていると感じられる。佐藤教授の講義は学生に人気があると聞く。時代を越えて、生き生きとした人物像を彷彿とさせる実感のこもった語りなのだろう。一度是非授業を聴講したいものだ。

 『ラ・マンチャの男』の役作りで勉強しただけの浅い知識だが、ヨーロッパにはモーロ人(アフリカのイスラム教徒)との間に長い闘争の歴史がある。スペインのあるイベリア半島は、イスラム王の最後の砦だったグラナダのアルハンブラ宮殿を放棄するまで800年にわたってイスラムが支配した。そうした歴史と文化や感情の上に現在の民族関係、国際関係が成り立っていると思う。
 機会があったら佐藤さんには、ヨーロッパ史の専門家たちは現在各地で起きている紛争をどのように捉えているのか、そんな事も教えてもらいたいと思っている。アメリカや日本から見た見方とは相当に違うのではないだろうか。

                 輝 ☆彡 2004.4.1
 

           
  
  



春爛漫

 今日は暑くなりそう。
 近くの桜並木にはたこ焼き、おでんの屋台も出て場所取りのシートが沢山敷いてある。桜は一気に開いて明日が見頃かな? 提灯の明りで眺める夜桜も良いな。そうすると今夜、明晩は日本酒だね。

 大相撲春場所は熱くなって久し振りの面白さ。
 昨日の朝赤龍、千代大海戦は殴り合い一歩手前の激しい突っ張り合いだったけど、朝赤龍は髷を掴まれていなかった? 誰が優勝するか、明日の千秋楽が楽しみ。
 相撲は同郷出身者を応援したくなるスポーツ。学生横綱から幕下15枚目格付け出しデビューした近大出身の学生横綱・上林義之(八角部屋)ははたかれて★スタートだったそうだが、柏鵬時代を築いた名横綱・柏戸(鏡山親方)を生んだ我が故郷・山形県庄内地方(日本海に面した平野部)出身の久々の期待の力士。それ以後の成績が報じられないのがもどかしい。この加茂水産高校出身の新弟子が活躍すれば、藤沢周平の『たそがれ清兵衛』人気で盛り上がっている地元鶴岡では更に意気が上るだろう。これからの活躍が大いに楽しみだ。

 高校野球も故郷チームへの応援で熱くなる。山形のチームは初戦敗退が多くて、テレビ観戦の後はガックリと疲れることが多いがそれでも応援する。明日の第一試合は東海大山形が地元・報徳学園と対決する。明日は朝から熱くなりそうだ。
 パ・リーグはさっき西武と福岡で開幕戦が始まった。てるてる広場にもメールを下さる「水曜日の女」さんは地方にも応援に行く大のロッテファン。“18日には「千葉ロッテマリーンズ激励会」、23日には「小林雅英投手の激励会」へ参加しました。今年はパリーグはプレーオフ制度になり、優勝の可能性もあります。もちろん、シーズン予約席を購入し、マイシート「○○やん」の文字がいすに貼られます”と自信と希望に溢れたメールが届いた。良いね。選手も応援団も熱く燃えろ !

 春は元気が出る。心機一転、来週から新しいスポーツクラブでトレーニングをすることにした。

                    輝 ☆彡 04.3.27



春、魚座

 昨日は近くの中学校の卒業式。級友との別れを惜しむグループを遠巻きにした親達がカメラで追っている。晴れて良かったな。俺の44年前の卒業式は・・入試に失敗して心が結構重かったから。

 一昨日の有楽町も袴姿の女子大生が多かった。がその足許を見ると変。本来は草履履きだろうに「ハイカラさん」の頃からか編み上げのブーツを見かけるようになった。それが発展して今ではブーツなら何でもありの時代になっている。中には雪道を何度も歩いたような丈夫でゴツゴツしたのまで混じっている。余りにも晴れ着の着物姿とそぐわない、・・・ン? だ。
 そんな通りを抜けて有楽町の居酒屋へ。故郷に帰ってレストランを始めると言う俳優の送別飲み会に出席。『ラ・マンチャの男』の護衛兵役で95年から出演(途中出なかった事もあったかも)していた劇団テアトル・エコー所属の小池浩司さん。稽古では松本幸四郎さんのドン・キホーテとセルバンテスの代役をしてくれたのでサンチョの僕もとてもお世話になった。
 『ラ・マンチャの男』の出演者が一昨年8月の幸四郎さん主演1000回公演から1年半経って久々の再会。明日旅公演に出発する人や、映画の撮影が丁度休みになった人、稽古が終って色んな稽古場からバラバラに駆け付ける人、よんどころ無い都合がありながら挨拶をしに来た人など夫々の事情に合わせて、松たか子チャン、松本紀保チャンも含めた30人ほどが集まった。同じ舞台に情熱を傾けた仲間たち、直ぐに同期会のような懐かしさと楽しさで盛り上がった。小池さんの劇団仲間、杉村理加さんも飛び入り参加した中で、小池さんが「こんなに集まってくれて・・・」と感激しながら挨拶をした。


                 ☆彡


 話は一気に飛んで・・・。タレント・山田花子、藤井隆、つぶやきシロー、そして女優・藤谷美和子と続くと何か心配になって来る。
 水泳の鈴木大地、イギリスのエドワード王子、松田聖子、熊谷真美、徳光和夫アナウンサー、女優・大空眞弓と続くこちらのグループはまぁ安心。だけどこの2つのグループには切っても切れない共通点があるし佐藤輝の名前もそこに入る。
 そのキーワードは・・・3月10日。誕生日。
 たまたま検索に引っ掛かった「今日は何の日」風「3月10日が誕生日の○○人」のホームページにあった。「誕生花は あんず、花言葉は“乙女のはにかみ”」などと解説がついている。そして「東京大空襲記念日」。
 1945年(昭和20年)のこの日。東京の墨田・江東の下町一帯がアメリカ軍のB29による焼夷弾無差別絨緞爆撃で10万人が死んだ日に僕は大雪の山形で生れた。(エッセイ 山形散歩「ロケ日記」から)
 
 11日の夕方、電話が鳴った。見ると兄貴夫婦の携帯電話の表示。1分ほど前に実家に電話したが誰も出なかったので受話器を置いたばかりだった。
 「今、病室から。待ってね。自分で電話したいと言うので・・」と兄嫁の声。
 去年11月27日に横須賀芸術劇場で公演した『ろば2003』を観に来る予定でいた実家の73歳の長兄から「体調を崩したので残念ながら中止します」とファックスが届いたのは公演3,4日ほど前だった。
 それから1週間ほどして、公演無事終了の報告をする積りで掛けた電話で、兄貴が公演前日に倒れて入院したことを兄嫁から知らされた。
 その後、快方に向かっている経過を聞いてはいたが100日振りの直接の電話。
 もしもしに続けて病気見舞いを言う前に「あぁ、昨日、誕生日のお祝いを言えなくてご免よ。電池が無くなっていて・・・」入院中とは思えない張りのある声で先にお詫びを言われてしまった。

 兄貴の見舞いを兼ねて今年こそ春の故郷へ帰ろう。

                    輝 ☆彡 04.3.20



早春の味覚、きもと

 駅に行く緑道のコブシが今年も咲き出した。快晴の空にそのあたりをひと際明るく輝かせて。そんな時、つい「コブシ咲く、あの丘、北国の、ああ北国の春」と歌ってしまう。故郷の生家のコブシが咲くのは未だ二タ月も先だろうけど。

 先月、お腹をこわして医者に流動食を勧められた。
 おかゆ、素うどん、実無しのスープ、野菜ジュースそれにヨーグルトが基本。それを良く噛んで食べる。こんな物でもじっくり噛むと本当に時間が掛かる。これと比べたら、いつもはほとんど噛まずに飲み込んでいたのだと知った。

 一週間で体調回復して、普通食に戻る。さて何を食べようか。
 野菜を多く食べなさいと言う先生の指示に従って近くの山形八百屋に行くと、入って直ぐに、これッと言って目に飛び込んで来たのは故郷・庄内の早春の味覚「きもと」。冬の庄内砂丘で栽培された浅葱(アサツキ)だ。短く白く曲がった茎に緑の葉っぱ。ああ、口の中はもう酢味噌で和えたしゃきしゃきのあのきもとの感触を求めている。

 沢山の湯豆腐はかつおぶしをたっぷり掛けてシンプルに。きもとはさっと茹でたイカと一緒に和えて。
 うう〜ン、美味いッ ! この歯触り、やって来る春の喜びを感じさせる歯触り。スキッと鼻に抜ける甘い酢味噌。きもとのしゃきしゃき感とイカのしこしこ感の絶妙の取り合わせ。ああ、何と言う幸せな故郷の味だろう。

 ご飯も豆腐も、味噌汁にちょっとだけ浮かべた油揚も、醤油でさえこんなにしっかりはっきりと深くて個性的な味わいを持っている。美味しい !

 鈍感になっていた味覚を流動食が目覚めさせてくれた。この味覚の覚醒が他の四感覚をも刺激して、腹具合が良くなっただけで無く感覚の世界が広くなったような感じがする。
 この感覚、気のせいだけで終らせたく無いものだ。

                    輝 ☆彡 04.3.5



冬の桜、啓翁桜。どんがら汁。

 サクランボの季節にお世話になっている山形、東根市の平山果樹園からひと足×3ぐらい早い春が届いた。満開の桜が玄関を飾っている。
 この冬特に雪が多いと言う山形から届いた桜は、真冬に開花するように促成栽培された、東根市特産の啓翁桜(けいおうざくら)だと言う。枝垂れ桜かと思う程にすんなりと細い枝に経1.5センチ程のピンクの清楚な花を密集させて玄関を明るくしている。寒風の外から帰った目をホッと和ませてくれる。

 真冬の日本海の味、寒鱈(カンダラ)。
 公演の度に舞台を観に上京してくれる兄が宅急便で送ってくれた。早速、どんがら汁 ! ! 正月の残りの岩海苔を浮かべて、うまうまと味わう。口の中に故郷の冬の海鳴りが広がった。

                    輝 ☆彡 04.1.31



『望郷椿』

 鉢植えの椿が咲いた。

 寒さが厳しいこの季節に咲く椿が好きで、前に住んで居た所ではベランダも玄関前の廊下も椿の鉢が並んで占拠していた。


           



 文字通り早春に咲きだす椿が、今年は全国で早々と咲きだして話題になっている。
 今朝、最初の蕾が開いたのは、とりわけ大事にしている『舘椿』と名札の付いた椿。この紅色とシンプルな花の形を好んでいる。
 『舘(たて)』は故郷・山形県余目町の生家がある小字。そこの裏庭に代々実生で薮のように生えていた一本を25,6年前に引っこ抜いて鉢に植えたものだ。
 この椿を見ていると、木々に覆われた生家の庭が思い出され、雪の中に咲く椿に春の気配を感じていた少年の頃の自分が見えて来る。雪の匂いさえして来る。

 以前、エッセーを頼まれてそんな事を書いて送ったら、届いたタウン誌に載った題名は付けた筈の題名が変更されて『望郷椿』となっていた ! おっとっと、だった。
 そう言えば昔、『人妻椿』という映画があったっけ・・・。

                   輝 ☆彡 03.12.26



だだちゃ豆

 近くの山形八百屋で新顔のだだちや豆をみつけた。と言っても新種と言う訳ではない。丸いポリパック詰め。このまま電子レンジで3分温めるだけで茹で立てのだだちゃ豆が味わえると言う趣向だ。枝からひっ離して、洗って、茹で具合をみながら茹でる、この手間が掛からないと言う、まことにレトルト時代ピッタリの商品になっている。自分的には、少々土埃にまみれても、大鍋にお湯を沸かしながらこの段取りをする方が茹で上がりへの期待が膨らんで好きなのだが、一方の新し好きも手伝って、物珍しさに買ってみた。発売は、我が故郷、山形・庄内のJA鶴岡。
 ピッタシ3分。電子レンジからだだちゃ豆特有の、あの馥郁たる香りがキッチンに溢れ出た。付属の粗塩を振りかけて混ぜ合わせる。ふぅふぅ吹いて、一さやの2粒を歯で噛み出す。口中に深みのある甘みとこくが広がる。噛むほどに塩味とミックスして更に甘みが増し味に奥行きが出る。
 やっぱ、だだちゃ豆にはビール。入道雲が沸き立つ今年の9月にふさわしい夕暮れとなった。

 それにしても、一ト月前。夏の盛りの帰省の積りが、毎日小雨まじりの肌寒さが続いた。いつ以来なのかも思い出せないほど久し振りの夏の帰省だったのに・・・。
 遠出は諦め、『白き山』でお世話になった時に味わった大石田のそばの美味さが忘れられず、山形そば街道巡りをすることにした。


 先ずは、山形そばを全国区に広めるきっかけとなった村山市大久保のあらきそばへ。最上川三難所の一つ、碁点(ごてん)から車で数分のそば屋は、170年前に建った昔の農家そのまま。小さな看板が無かったら見落としてしまう。開け放たれた座敷から葭簀越しに水引草が揺れる外の眺めを楽しみながら食べる太めの手打ちそばの美味さは格別だ。



 



 しこしこと腰があり香り高く丸い甘みがある。さすが、山形そばの人気に火をつけた味だ。板そばの他にあるメニューは、何故か身欠きにしんの味噌煮だけ。これも美味い。
 次の日は天童温泉の近くで、その次の日は高擶街道で、手打ちそばを味わった。山形ではそばに漬物が付いて来る。どの店も地元の人たちが食べに来る店で、家族中心に一生懸命そばに打ち込んでいる。
 帰りのスーパーで枝葉のついただだちゃ豆を見付けた。その夜は、80才になる義父がすり鉢で豆を潰し、僕の大好きなぬたのぼた餅を作ってくれた。







 だだちゃ豆に誘われてベランダでビールを飲みながら、高層ビル越しの東京タワーの明りを眺める。気が付くと、(八ケ岳の麓の上條恒彦さんのお宅に遊びに行った時、「てるちゃんは何にでもテーマソングが付くんだな」と言われた事があったけど・・・今も)歌を口ずさんでいる。
  ゆく夏に 名残る暑さは
  夕焼けを吸って燃え立つ葉鶏頭
  秋風の心細さは コスモス
  何もかも捨てたい恋があったのに
  不安な夢があったのに
  いつかしら 時のどこかへ置き去り
      空色は水色に
      茜は紅に
      やがて来る淋しい季節が恋人なの

 昭和51年に出演、岩手県大迫町でロケをしたNHK銀河テレビ小説、山田太一作『夏の故郷』のテーマソング、荒井由実『晩夏(ひとりの季節)』だった。

                     輝 ☆彡 2003.9.17



金田龍之介と『虹の断片』

 昨日は『怪談牡丹灯籠』の打合せで新橋演舞場昼夜公演の間に二宮さよ子さんの楽屋を訪ねた。
 照明や小道具、効果の細部と、これからの稽古などを確認して1階廊下に上がると、金田龍之介さんの楽屋の前に阿部裕見子さんが立っているのにバッタリ。

 阿部チャンは僕と同郷、山形県の庄内地方遊佐町の出身、学校は違うが酒田市の高校を卒業しているから共通の話題も多い。金田さんと一緒の舞台に出ていることが多いので、僕も出た帝劇の『明治太平記』や『近松心中物語』『マイ・フェア・レディ』などで何度もご一緒した。
 公演中の『新・乾いて候』は舞台稽古を見たがこの時は挨拶だけで帰ったので、久し振りにのんびりと舞台のエピソードから仕事の話をした。

 金田さんの楽屋の壁には自作の句を添えたサクランボや南瓜の手書きの絵手紙が貼られている。出番の合間に描かれるのだが、僕は楽屋でそんな余裕を持てる人が羨ましい。
 そのサクランボの絵から、先月の齋藤茂吉『白き山』大石田講演の話になって、思い掛けない話に繋がった。
 金田さんが、茂吉も良いねぇ、『封建の代の奴踊がをどりを居る進み居る尾花澤往還の上』と言う歌も茂吉の『白き山』じゃ無かったかな、動きのある良い歌だと思ったんだけど、と言い出した。金田さんも俳句を詠む人だが茂吉や『白き山』と関わりがあるとは知らなかった。
 昔、NHKが内幸町にある頃に伊馬春部(いまはるべ・放送作家)作のラジオドラマで『白き山』をやったんだよ、その時に覚えた、と言う。
 伊馬春部作のラジオドラマ『虹の断片』があった話は大石田で何度も聞かされてはいたが出演者の名前は聞いていなかった。そのドラマにこんなに身近な金田さんが出演していたとは。僕には不思議な縁で繋がった多くのエピソードがありこれも新たな不思議なご縁、人の縁とは実に不思議なものだとしみじみ思っていると「齋藤茂吉は面白いねぇ。茂吉は僕が演ったんだよ。」
 一瞬にして、講演の準備のために齋藤茂吉と『白き山』のことでいっぱいになっていた先月の頭状態に戻ってしまった。
 メイクを始めた金田さんが茂吉に見えて来た。これにはもう呆れるより他は無い。

 明日はドラマの収録がある。もう一度頭を切り換えなくては !

                     輝 ☆彡 2003.7.10

 

万緑(ばんりょく)とはこの世界
『白き山』の里、大石田町 
撮影・天童真理子

   
  虹ヶ丘公園から見た最上川と大石田町

 



 天気男なのに台風6号と連れ立って行くのが嫌だと思う心が天に通じたか、台風は消えて、雲の切れ間から青空が見える大石田行きとなった。

 万緑(ばんりょく)。角川文庫の俳句歳時記には「見渡すかぎり緑一色といった状態。新緑より調子が強く、生命感が溢れる。」と説明されている。

 東京から3時間半、枝一杯に滴るような赤い実をつけたサクランボ畑を左右に眺めながら山形新幹線が着いた大石田町はまさに色濃い万緑の中にあった。1月に眺めたあの白一色の世界の面影はどこにも見当たら無い。茂吉が『ひとときに春のかがやくみちのくの葉廣柏(はびろがしわ)は見とも飽かめや』と謳ったエネルギー溢れる開放された世界。

 全国的に大雪となった1月に訪ねた時は、これから更に多く降る雪を思って町の人たちはもううんざりした表情だった。この大石田は盆地の町ではあるけれども山峡の町ではない。江戸時代には最上川舟運の要衝として幕府の船役所が置かれ、河口の酒田を経由して京・大阪の文化が直接入って来た歴史ある文化の町だ。今は新幹線も停まり、あの大正ロマンあふれる『おしん』の銀山温泉へ行く玄関口でもある。これだけ交通便利な所で、駅から直ぐに雪に埋もれた景色に出会える所はそんなには多くはない。四季の変化の大きさも感性を刺激する。

 NHK『名作をポケットに』では歌集『白き山』の中でも冬の歌を中心に取り上げたので番組には入らなかったが、最上川に架かる大橋あたりで夏に詠んだ『最上川の上空にして残れるはいまだうつくしき虹の断片』は、澄んだ自然の美しさと茂吉の美への憧れと希望が謳われていて好きな歌の一つだ。その虹が架かっていたであろうあたり、川全体を眺める事の出来る山の上に『虹ヶ丘』公園が作られ歌碑も建っていると町職員の岩井さんが歴史民俗資料館長板垣一雄さんと共に案内してくれた。
 左手上流の遥か先になだらかながらひと際高く見える山、あれが蔵王では無いだろうかと板垣さんが教えてくれる。晴れていれば右手街並みの真中あたりに鳥海山が出羽富士の名にふさわしい秀麗な姿を見せると言うが今日は生憎雲の中。茂吉にとってはドン・キホーテが目指した星のような存在の蔵王と鳥海。この片方しか見られないのは残念だった。もう少し下流に行けば月山も見えると言う。大石田は山形を代表する三つの山を見ることが出来る貴重な土地だ。

  講演前の腹ごしらえは名物・大石田そば。
 そばではただ1ヶ所、環境省「かおり風景100選」に選ばれたと言うだけあって、そば粉100%の香り高い板そば。口いっぱいにそばの甘みが広がり、噛み応えのあるそばの喉ごしが良い。美味い。それに自家製のわらび1本漬けや大石田独特の漬物なすのぺそら漬けが山ほど付いてくる。お椀にふっくらと盛り上がったそば粉のかい餅も、納豆餅にしてつるりっと咽喉を通る。町内14店のうち3店で食べたがどこも美味い。
 名物と言われるそばは全国各地にあり旅公演の折々に食べるけれども、「大石田町そばの里」のそばが正真正銘日本一美味いそばと言って間違い無い。嘘だと思うなら是非一度味わって頂きたい。(つづく)

                    輝 ☆彡 2003.6.22


万緑や『白き山』さがし大石田 輝

 事前の好きな食べ物アンケートにあざとく「サクランボ、そば」と回答していたこともあって、案内された先々では今が盛りの色鮮やかでとろける甘さのサクランボが、それも産地の誇りを背負ったピカピカの最高級品が待ち受けていて、サクランボ好きの私には本当に夢のような大石田だった。

 講演会場にはほぼ満席の60名程が入場。町民大学学長の阿部町長さんを始め教育長さんなど町の主だった皆さんが熱心に聞いて下さった。町の事業に町を挙げて対応する、こうした姿勢にこれから大きく発展していくだろう大石田町の姿が見える。
 驚いたのは下手最前列に陣取った一団。何と僕の高校同期の仲間6名が座っている。てるてる通信で案内したりこのホームページにも予定を掲載してはいるが、まさか車で1時間から2時間も掛かる所からわざわざ来てくれる人がいるとは思っていなかった。新庄、山形、酒田、一番遠いのは宮城県の古川からだ。高校卒業以来やら24年ぶりやら、大感激。故郷はありがたい。

 古関裕而作曲の町民歌は、さっき歌碑を見てきた『最上川の上空にして残れるはいまだうつくしき虹の断片』。町民歌の合唱から会は始まった。この美しい町民歌を誇りをもって歌える大石田町民は幸せだと思う。

 講演『絶唱 白き山〜名作の生まれたまちを訪ねて』は『ラ・マンチャの男』に始まり、表現者としての俳優・佐藤輝から見た表現者としての歌人・齋藤茂吉の人と歌について、齋藤茂吉を支えた人たちと大石田の自然、『白き山』の中にある大石田の宝、などを語り『見果てぬ夢』で終った。



 



 『白き山』には、秋田や庄内に旅した時の歌などもあるが、ほとんどは大石田の生活の中で感じ暮しの中で見た自然を詠んだ歌だ。今でも町民が日常極く普通ありふれたものとして目にしているものを、茂吉は繊細な心で新鮮な感動をもって詠んでいる。
  手本はそこにはっきりと示されている。町民が、茂吉が見て感じた場所に立って歌を口ずさめば少しでも茂吉の心に触れ歌の世界を追体験することが出来るかも知れない。あるいは私ならこう感じると思う新たな自分を発見するかも知れない。それらが住んでいる町と自己の発見につながり、地域を支えるパワーとなり、文化を発展させるエネルギーになると思う。大石田町にとって『白き山』は宝の山だ。

 主催者の心からのもてなしは、茂吉を支えた伝統を受け継いで恐縮するほどの手厚いものだった。
 何かの新聞に我が大先輩小沢昭一さんが「もし今度疎開しなければならない時は大石田に疎開する」と書いていたが、どこで大石田の豊かな懐の深さを知ったのやら、これは納得の文章。

 帰りにそばを食べた大石田駅の屋根は変った形をしていた。
 駅前広場から直接登られる階段状になっていて観覧席としても使える作りになっている。将来はここで何かの催しをする積りだろうか? どんな面白い事を企んでいるのか、気になる。
 大石田町は将来が楽しみな、気になる町だ。
 
                    輝 ☆彡 2003.6.24

                  大石田町ホームページ      


佐藤 輝 講演

「絶唱 白き山
    〜名作の生まれたまちを訪ねて」

 
2003年6月20日(金)
   18:45〜19:15 名作をポケットに『白き山』鑑賞 
   19:15〜20:30 講演

 会場  山形県大石田町福祉会館

 
大石田町民大学・齋藤茂吉没後50年特別講座「齋藤茂吉を学ぶ」並びに地域学講座「大石田学」の共催による講演です。
 齋藤茂吉の歌集『白き山』の舞台となった大石田町をNHKの番組『名作をポケットに』(1月に全国放送)の旅人として訪ねた佐藤輝が、歌集『白き山』と大石田町の印象、大石田町への提言などを語ります。
 大石田町は蔵作りの建物が点在し、芭蕉が『五月雨を集めて早し最上川』の句の元となった『さみだれを集めてすずし最上川』の句を詠んだ文化と歴史の町。
 1月、雪の大石田ロケの印象を
       ◆この岸も彼の岸も雪最上川
       ◆ぬくもりの雪のふとんや大石田
       ◆雪の原ふりわけ黒き最上川
と俳句に詠んだ佐藤 輝。6月、緑の大石田ではどんな印象を語りますか、お楽しみに。

  現在、受講生募集中。お問い合わせは山形県大石田町生涯教育センター生涯教育振興     0237-35-2094

                  



最上川河畔で『白き山』について語る佐藤 輝 撮影・天童真理子




山形県内再放送決定 ! !
NHK 名作をポケットに『白き山』


 山形県大石田町でロケをしたNHK『名作をポケットに』斎藤茂吉『白き山』が好評にこたえて山形県内再放送されます。
 ◆山形県内放送 NHK総合テレビ 6月9日(月)午後4:15〜4:40
           「山形自由席」枠内での放送です。 
           ◆放送日時が変更になることがあります。
 佐藤 輝が斎藤茂吉の歌集『白き山』の舞台となった雪の大石田町を訪ね、作品について語り短歌を朗読した、名作をポケットに『白き山』。
 1月30日(木)にBS-2で全国放送され好評でした。
 3月20日に全国向けアンコール放送される予定でしたが、前夜から始まったイラク戦争による番組変更に伴い中止となっていました。
 皆様からの重ねてのご要望にこたえて山形県内だけですが総合テレビによる再放送が急遽決りました。
 佐藤 輝が語る茂吉の世界と冬の山形の美しさを再度堪能して下さい。

                        2003.6.5


東京松山会の皆様、楽しんで頂けましたね?

講演「“ラ・マンチャの男”とサンチョの私」
  
2003年5月25日(日) 
    12:20〜13:00 東京松山会講演
    会場  健保会館(はあといん乃木坂)
       
 東京在住の山形県飽海郡松山町出身者がつくっている「東京松山会」で講演しました。
 庄内の5月を『高曇り 鳥海 五月田に溶けて』と俳句に詠み、日頃から「サンチョの感性は庄内の風土と文化・歴史によって育まれた」と語っている佐藤 輝が、故郷への思いと95年以来378回演じている『ラ・マンチャの男』の大役サンチョに至るみちのり・エピソードを歌をまじえて語り、イメージでした帰省ゲームが好評でした。



竹の子汁

 近くの並木の桜もそろそろ見納め。
 まばらになった梢からひとひらふたひら花びらが舞い落ちてくるのを手のひらに受け止めようと、真新しい制服姿の幼稚園児が必死に追いかける。その小さな足が起す空気の流れが散り敷いた花びらを巻き上げて小さなつむじ風を見せている。
 地面の白さと若葉越しの春の陽。雪の朝のように広々としてのどかな桜並木。
 今年は桜を十分に堪能させて貰った。が、いつもなら花見と共に始まるもう一つの楽しみが未だお預けを喰らっている。それは筍。

 近所に、うちでは「山形八百屋」と呼んでいる八百屋がある。季節の野菜が新鮮で安くて、覗くだけで買わずに出て来ても気にしないでいられる店だから僕も時々立ち寄る。
 その向いに以前あった八百屋は愛嬌の押し売りかと思えるほどやけに愛想が良いのだが、一歩店に近付いたら買わずには離してくれないチェックの視線。そして安いのはしなしなと半乾きになった野菜。この店はアッと言う間に客が離れて今は無い。

 「山形八百屋」が花見の時期の直前になって「4月10日まで改装工事休業」の張り紙を出した。それを見て僕は息を飲むほどに動揺した。おっとっとっとっ、それじゃ例年の花見のご馳走が楽しめないじゃないか。どうしてこの時期を少しずらしてくれなかったんだと働き者の八百屋夫婦に言いたかったがそれは我慢した。

 故郷、山形の庄内地方は自然に恵まれた食の宝庫。子供の頃は美味いこの味がどこにでも極く普通にあるものだと思って四季それぞれを味わっていたが、役者を目指して上京して初めて、故郷の味は特別上等のものだったのだと気が付いた。
 真冬の日本海でとれた『寒鱈のドンガラ汁』、冬の終りの糸魚(イトヨ)の煮付け(唐揚げ?)、庄内砂丘から春を掘りだしたキモト(アサツキ)の酢みそ和え、あのシャキシャキした食感。そして春爛漫には大きく切った生揚げと筍を味噌・酒粕で仕立てた、たけのこ汁。
 この筍汁が、祭りの決り料理のカラゲ(エイの乾物)の甘辛煮付け同様、うちの花見には欠かせない定番ごっつぉになっている。そしてその筍は「山形八百屋」から買うものと決っていた。

 この休業の間、至近距離にある3軒のスーパーで筍を見ても食指が動かなかった。「山形八百屋」の店先に積まれた去年の筍のイメージの方が新鮮で美味しく思えるからだ。

 今日、新装開店。
 出掛けに見ると店内の様子が分らないほどの人だかり。帰りには客も少なくなっているが棚も空になっていて・・・筍は・・・見当たらない !
 お預けを喰らって、生揚げは冷蔵庫へ、希望は明日へ。


 筍の皮に梅干しを挟んでチュパチュパと舐めていた頃を思い出したら、口の中が、うわぁ酸っぱ。 
                     輝 ☆彡  2003.4.11



桜は満開

 曇りから薄陽の射す穏やかな春の日になって桜は満開。時折花びらが上昇気流に乗って舞い上がり、キラキラと輝く様を眺めていると天上から楽の音が響いて来るような錯覚を覚えた。

 故郷、庄内地方での子供の頃の花見は風が強くて肌寒かった印象が強いが、それでも待ち切れなくて鶴岡(城址)公園や大山の池、酒田の日和山、狩川の楯山公園(?)などには何度も行った。
  自動車の少なかった時代で、余目から押切経由、コンクリートの小石がむき出しの国道を右へ左へ蛇行しながらのんびり重い自転車をこいで鶴岡公園まで花見に行ったのは楽しい思い出だ。
  城址の濠に大きく枝を張り出して咲く桜の大木に、城下町の歴史を感じていた。

 一番身近な桜は、校歌にも歌われた小学校の北に接して流れている吉田堰の堤の桜並木。その下で相撲を取ったり弁当を食べたり絵を描いたり、堰に入ってゴロ探し、蟹や鯰を捕ったりもした。坊主頭に下駄履きの入学写真の顔々とダブって色々なシチュエーションで思い出される。しかしその桜並木も、昭和40年代だろうか、全部伐採されたと聞く。

 そう言えば、3年前の7月に余目町の響ホールで『天国から来たチャンピオン』を公演した際に、最上川を桜で飾るためにと寄付を求められ、藤村俊二さんや別所哲也さん、川上麻衣子さんたちと一緒に記念の植樹をしたのだが、植えたあの桜は今どうなっているのだろう。桜の成長は早いからもう結構太くなっているかも知れない。今度帰省したら対面しに行ってみよう。立派に成長して故郷の春を彩る一本になってくれたら嬉しい。

                      輝  2003.4.3



『四季・春』

 14階から見た桜は控えめに言って2分咲きだったが、側まで行って下から眺めると未だ1分咲きと言うところ。もう1週間は楽しめると安心して帰宅。

 ベランダから花見。春風に吹かれながら冷えたビールで乾杯。お稲荷、のり巻き、焼き鳥、ダンゴと花見の定番にBGMはビバルディの『四季』。のどかで気持ち良く、直ぐにほろ酔いになった。
 以前は知人友人が集まって花見の会をするのが恒例だった。その後、この時期は多忙が続いてこんなにのんびりと春の日を過せるのは実に久し振り。

 のんびりも良い。生家にあったサワラの大木のてっぺんに登って庄内平野をぐるり眺めて過した子供の頃を思い出した。

                     輝  2003.3.30 夜 



N H K 『名作をポケットに』
齋藤茂吉 白き山

 
 
NHKテレビのBS2とハイビジョンで放送している『名作をポケットに』は小説を中心に近代の名作の舞台を「旅人」が訪ね、その作品が作られた背景や作者の思い・人生観などを綴る番組です。今回、山形県出身の歌人・斎藤茂吉の晩年の歌集『白き山』の舞台、山形県・大石田町を佐藤 輝が「旅人」として訪ねました。構成・谷口かおり。

 大石田町は山形県内有数の豪雪地帯で、2メートル積もると「大雪になった」と言う土地です。今年(2003年)の初仕事となったロケ初日、除雪してあった駅前広場を見てこの程度の積雪かと少々不満気味のロケ隊でしたが、その直後、急にぼたん雪が降りだし、山も川も見えない、どこを撮っても同じ白一色の大雪になってしまいました。
 その天気の中で、歌人斎藤茂吉が敗戦による挫折に耐えながら昭和21年2月から翌年11月まで一人で住み、その間に大病を患った家『聴禽書屋』(ちょうきんしょおく)や、散歩した道、最上川を眺めた橋などを訪ねて、茂吉と大石田の人たちとの交流、詠んだ歌についての感想を語りました。


好評につきアンコール放送
  ◆放送 NHK  BS-2 3月20日(木)19:30〜19:54
             3月23日(日)朝6:30〜6:54

 1月30日(木)にBS-2で放送されて、放送直後から「感動した」「生きる勇気を貰った」「風景が奇麗 ! 」「雪の最上川に是非行ってみたい」「『白き山』を読んでみます」「短歌朗読が心にしみる」「輝さんの帽子とメガネ、コート、マフラーのコーディネイトがお洒落 ! 」「なかなか風格がありました」などの感想が届き好評だった『名作をポケットに』斎藤茂吉『白き山』がアンコール再放送されることになりました。


 番組が好評でアンコール放送されることは、番組作りに参加した者としてこんなに嬉しいことはありません。大石田ロケの収録中から、スタッフのチームワークを見ていて良い作品になるだろうとの予感はありましたが、思った以上の仕上がりで心に残る良い番組になったと喜んでいます。
 この『白き山』の仕事は、茂吉の世界を訪ねながら自分自身を再認識し、俳優としてのこれからの生き方を見定める大切な意味を持つ仕事になった。
 あの天候の中で頑張った谷口ディレクターはじめスタッフの皆さんに、お目出度う ! お疲れ様 !  お祝いと感謝の気持ちを送ります !

                           輝
    



 
山形県・庄内地方・庄内町03年3月〜04年12月 05年2月〜06年6月 06年7月〜07年5月 07年6月〜08年12月 
09年1月〜10年1月 10年4月〜11年3月 11年3月〜6月 11年7月〜12月 11年12月〜12年3月 12年5月〜11月
 12年11月〜13年5月 13年8月〜14年7月 
14年8月〜16年7月  16年8月〜現在   山形県出身芸能人文化人 
           
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