山形県・庄内平野・庄内町・俳優 佐藤 輝-13
        
佐藤 輝の世界 山形県・庄内地方・庄内町 - 13
        
        
当ホームページ内に掲載されている俳優・佐藤 輝の故郷、山形県・庄内地方・庄内町に関係する部分をまとめました。
        
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山形県・庄内地方・庄内町03年3月〜04年12月 05年2月〜06年6月 06年7月〜07年5月 07年6月〜08年12月 
09年1月〜10年1月 10年4月〜11年3月 11年3月〜6月 11年7月〜12月 11年12月〜12年3月 12年5月〜11月
 12年11月〜13年5月 13年8月〜14年7月 
14年8月〜16年8月  16年8月〜現在   山形県出身芸能人文化人 
2014年8月〜2016年8                 


俳優佐藤輝 撮影 山形県庄内町 平野と鳥海山
山形県庄内町余目から見た庄内平野のシンボル鳥海山(2,236m)。『出羽富士』とも呼ばれる


4年振りのオリンピック! 34年振りの鳥海山! !  

 バドミントン、レスリング、卓球、シンクロ、・・・・・・。

 みんな、凄い! みんな、美しい! 涙も美しい!
 素質の上に、人並みはずれた練習量と工夫で勝ち獲った勝利の数々。

 このところの女子パワーの大炸裂、深夜、早朝の感動の連続に血圧が上がりそう!

 (ここまで書いて、400mリレーが銀! 頑張ったァ!!) 
 

 僕も2236mの「挑戦」!
 34年振りの鳥海山登山。

 出羽富士とも呼ばれ、2236mの秀麗な姿は故郷山形・庄内平野のシンボルであり、孤高を尊ぶ庄内人の精神風土の基になっているように思われる。

 平野から仰ぎ見る姿も美しいが、ぐるり周囲を見通せる山上からの眺めが素晴らしい。だから2年前に、好天の日に登る予定を立てた。
 週間天気予報を見ながら4日前に山小屋の予約をしたところが、翌日から急に天候が悪化、前日には雨の予報に変わってしまった。山小屋にキャンセルの電話すると、管理人さんは「安全のためにはそれが良いです。また機会があったら来てください。」との優しい返事。
 今年のスケジュールは夏を満喫させてくれる好天続きに重なった!

 登りは鳥海高原ライン終点の湯ノ台滝の小屋ルートから。
 滝の小屋先のニッコウキスゲが咲く八丁坂の手前までは去年一度予行登山をした。
 
 鳥海山は花の山。

 大雪渓、小雪渓の西側沢沿いのニッコウキスゲの大群落をはじめ、急坂の薊坂(あざみざか)などに重く頭を下げて咲くチョウカイアザミ、母校の校章になっているチョウカイフスマの白い花など、途切れることなくお花畑がつづく。







 次々と出会う花々に見惚れ、その度に写真を撮り、振り返っては遥か遠く日本海に浮かぶ新潟県の粟島から、月山、蔵王山、そして眼下に広がる庄内平野全景の壮大な美しさに感動し、やはりシャッターを切り、鳥海山のすべてを楽しみながらゆっくりゆっくり登った。







 ニッコウキスゲの大群落に見守られながら大雪渓、小雪渓を渡って、沢の流れを飛び越えてその先の鳥海山屈指の急坂薊坂の岩場に挑む。

 薊坂の長い坂を登りきると、外輪山の伏拝岳に。

 ここからは左に落ちる谷越しに山頂小屋を見ながら外輪山を東向きに行者岳へ向かい、北に向きを変えて七高山を目指した。







 七高山手前から山頂小屋を目指して西側の沢を降る。
 外輪山の縁から見下ろすと垂直かと思えるほどの急なガレ場の坂を安全第一のゆっくりペースで降りた。




振り向けば、この急坂!! 4、50分はかかったか。良くぞ無事に降りられたものだと自画自賛。



 たどりついた山頂小屋から眺めた日本海への入り日の美しさ!

 雲海かと見えたのは日本海。
 酒田港から連絡船で1時間15分の沖合39kmに浮かぶ、固有種トビシマカンゾウとウミネコの繁殖地として知られる飛島の島影が、まるで雲海に浮いているように見える幻想的な夕暮れ。

 丁度41年前の夏に、飛島西海岸の磯伝いもふくめてぐるっと一周した時のことを、幻のように思い出した。

 空をあかね色に染め、海を薄紫に染めて沈み行く夕日の凄さに身震いがした。







 翌日、すっきりと晴れ上がった山頂からはご来光と日本海までのびた影鳥海を見ることができた。

 山頂小屋から帰りのルートは、外輪山北側の千蛇谷を西に降って、雪渓を渡ってから七五三掛に登り、そこから外輪山を東へ、千蛇谷を左に覗き込み、右に河原宿に続く緩やかな坂を眺めながら文珠岳から伏拝岳を経て、薊坂から河原宿に降りた。

 全山、至る所から澄んだうぐいすの鳴き声が聞こえて来て、疲れを癒し励ましてくれた。鳴き声が止むと、山は無音に。

 うぐいすの 声のみぞして 夏の山  輝
 先先と 山道を指し あかとんぼ  輝


 降りた河原宿から今来たルートを振り返って見上げると、「心字雪」の一番上の雪渓では、まだ夏スキーを楽しむスキーヤーの姿が小さく見えた。

 一息入れて、矢張り花々を愛でながら滝の小屋ルートの終点駐車場への最後のルートにかかる。日没にはまだ時間があるから、明るいうちに駐車場に着くつもりだ。

 また視界が開けて、斜めに夕日を受けた庄内平野が輝きを増し、その美しさにしばらく立ち止まっては眺め、また立ち止まっては眺めた。
 後から降りてくる登山者に道を譲って、ゆっくりゆっくりと降りる。

 日没の美しさは言葉にならないほどの見事さ。

 が、気がつくと、日没に見とれている間に足元が暗くなりはじめている。慌ててヘッドライトをリュックから出して、帽子にセットした。すでに真っ暗の世界。

 先行の下山者から後続者がいると情報を聞いたらしい滝の小屋の管理人さんが「大丈夫ですかー!」とスピーカーで呼びかけてくれた声に励まされて先を急いだが、段差の大きな登山道を夜に下るのは思った以上に難しく、時間が掛かった。

 滝の小屋の明かりにホッとして近づくと、入り口で宿泊客の一人がライトで照らしながら待っていてくれた。みんなで声を出して呼びかけてくれたのだと言う。
 自分のペースで降りてきた積もりだったが、そんなにまで心配してくれた、山に関わる人たちの気遣いに感謝した。

 この先は駐車場まで30分程の距離。途中には谷川を渡る橋と飛び石がある。

 安全のためにもと宿泊客に勧められて、その夜はこの滝の小屋に一泊することにした。暖かな夕食をいただき、暖かな寝具にくるまってぐっすりと体を休めることができた。
 今年からはじまった「山の日」は、山小屋で起床し山小屋で就寝する記念すべき一日となった。
 
 実はこの滝の小屋こそが、2年前に鳥海登山を計画したのに荒天でキャンセルを余儀なくされた山小屋だった。

 翌朝、これもこうなるべきご縁があっての一泊だったと、その不思議をしみじみと思いながら無事に下山した。この一泊で、鳥海登山に更に感慨深い大きな思い出を加えることができた。

 滝の小屋の管理人・瀬川さんと、同宿した皆さんに心から感謝しています。  


 2236mを鳥海山から降りた足で日本海の酒田市・浜中海水浴場の砂浜にテントを張ってキャンプ。

 遠浅の海は水が澄んでいて、波静か。
 海水浴客が少なくなった夕暮れの浜中海水浴場はまるでプライベートビーチのよう。




北へ海岸線をたどって眺めると、酒田港の突堤から風力発電の大きなブレード(回転羽)、砂丘の先には前日まで登っていた2236mの鳥海山が遠望できる。
すぐ南には庄内空港があって離着陸する飛行機が間近に見え、その先に海岸の温泉地・湯野浜の旅館ビルが見える。



 庄内浜は、兄貴たちが村の中学生をリヤカーで引率してキャンプをした浜中の北側に続く十里塚の浜、家族キャンプを楽しみ海浜学校でも過ごした由良海岸、そして、40年ほど前から夏の帰省の折りに日本海に沈む夕日を眺めに寄ったりキャンプをしている浜中と、とても馴染の浜が続いている。砂粒が大きく、サラサラしているから裸足でも気持ちよい。

 松林と果樹園に囲まれた浜中の集落は、季節風の飛び砂で村が埋もれる安部公房の小説「砂の女」のモデルになった、庄内砂丘の上に広がった村。

 浜中海水浴場の正式名は「浜中あさり海水浴場」。
 遠浅の海底の砂を足のつま先でさぐるとこつんとあさりに当たる楽しみがある。
 「大漁だ!」と喜ぶ親子もいた。







 折畳みのリクライニングチェアーに身を委ねて、その美しさで知られる日本海に沈む夕日を、ゆったりとただただ眺める。
 庄内浜満喫の極みだ。

 日中の浜中ブルーから暗紫色に、スカイブルーから茜に、そして群青に、刻々と変わる海の色。空の色。

 水平線近くを大型貨物船が、その手前を近海の漁船が横切る。

 すぐ近くの砂浜では、餌を探してカモメがひょこひょこと横切りながら物欲しそうな視線を送ってくる。

 海から吹いてくる潮風に乗って、打ち上がる波音が間をおいて聞こえてくる。

 庄内浜の日没時には水平線に必ず雲が出てきて、水平線に没する太陽の姿を見ることができないと言われていたし、今までの経験では実際にそうだった。
 それが、今回は珍しく、太陽がジュッと音をたてて水平線に没するまで、一片の雲も現れなかった。こんなこともある、奇跡を喜んだ。

 真夜中、テントから出て見上げると、満点の星空に時折流れ星が尾を引いて消えていく。
 月影が海面に反射して、錦紗の道を作っている。

 翌日、浜中海水浴場からの帰りがけに、酒田市街地に向かう沿道に店を出している奥山果樹園(くまちゃん果樹園)に寄って産直の砂丘メロンを求めた。
 少し熟れたのが好きな人には18日から食べ頃と教えられ、今オリンピック観戦で乾いたのどを潤している。
 水分がたっぷりしたたり、上品な甘さが口いっぱいに広がる豊かな美味しさ。
 美味い! うん! 美味い!!  庄内砂丘のメロンは絶品だ!!!

                     輝 ☆彡 2016.8.20


追記 :
 鳥海登山。
 34年前と大きく違っていて戸惑ったのは、外輪山から山頂小屋に下るルート。
 行者岳を過ぎて間もなくの所にあった降り口が崩落による通行止めになっていて、北にたどっていくつもの梯子場を越えた七高山(2230m)手前から西側に降りる長く急坂の岩場が、外輪山から山頂小屋と新山に至るただ一つしかないルートなっていた。
 この急坂について、ルートガイドなどには何故か詳しくは書かれていない。が、可なりの登山テクニックと気力を備えていない登山者には難しいルートだ。
 たとえ山小屋到着時刻を考えながら余裕を持って降り口にたどり着いても、ここから山頂小屋までが鳥海登山ルートの最大難所となって、登山者の心理を圧迫すること間違いない。
 太い鎖もあるが、支柱が浮き上がっている物もあり、それに頼るよりは自分でルートを探しながら下る方が安心できた。薊坂を3往復したほどの疲れと、転落と落石の恐怖を感じて実際へとへとになって山頂小屋にたどり着いた。
 これから初めて外輪山経由で山頂小屋・新山に行こうとしている登山者の皆さんに、折角眺めや花々の美しさに感動して来ながら、到着直前になって同じような嫌な苦しい思いをしてもらいたくないと思う。
 鳥海山は変化に富んだ素晴らしい山です。その素晴らしさを、安全に堪能してください。



春が来た! ! の次は 暑ッチェ! 夏が来た! ! 

 春が終わる前に真夏の暑さがやって来て。

 この光陰、矢よりも早く、今年の半分が・・・。

 この間に前々から訪ねたいと思っていた奥州平泉を、初めて訪ねることができた。

 僕の祖先に繋がる「佐藤」姓、発祥の地であり、『子午線の祀り』で演じた伊勢三郎義盛の主・源義経終焉の地。





 中尊寺参道の杉並木やお堂のたたずまいを見、北上川、衣川の流れを遠望しながら「夏草や・・・」の世界に身を浸した。

 「五月雨の 降り残してや 光堂」
 閉館間近となった夕方の金色堂はラッシュ時のような雑踏が消えた覆堂の静寂の中にあって、藤原三代が求めた戦の無い時代と極楽浄土の安らぎを形にして、燦然と、温かさを感じさせる黄金色の光となって輝いていた。
 心打たれて、しばらく、ただ眺めた。
 秀吉の金の茶室とは、違う、金色だ。

 オフィス天童のメンバー皆さんがそれぞれ活動されていて、沢山の刺激とエネルギーを貰っている。
 3日が千秋楽の『バッファローの月』には堀口幸恵さんが愛くるしい若手女優アイリーン役で好評出演中。
 ベテラン田中正彦さん、旺なつきさんとの丁々発止のやりとりが見物。息を呑んで卒倒に注意 ! 
 やはり3日が千秋楽の『トッケイと華』は作・演出が中村まり子さん。
 トッケイって何だ ? から始まって、謎・謎・謎 ! そして見終わったら、何と心優しい作者だろうと、心和んで劇場を後にすること間違いなし。

 6月は山形のサクランボ。
 爆笑吉村県知事のサクランボのかぶり物から始まって、東根市・平山果樹園の丁寧に育てた粒選りで深い味わいの佐藤錦、上山市・日本の宿「古窯」から「かみのやまの親善大使」として遣わされたガツンとくる歯ごたえと凄い甘さにびっくりする紅秀峰、それに「黄色いサクランボ」の月山錦。
 おすそ分けしたご近所さんも稽古場も皆さんニコニコのサクランボ顔。嬉しい6月でした。
 しあわせをいただき、ありがとうございました ! !

                      輝 ☆彡 2016.7.1


心和めることの・・・ 

 本当に久し振りのアップ。七夕とは、余りにもピッタリな。

 演劇評論家扇田昭彦さんを送る会が昨日(6日)夜、池袋芸術劇場で行われ、僕も出席させていただいた。 

 会場は、仕事仲間の演劇評論家の皆さんや劇団関係者、劇作家、扇田さんが所属した朝日新聞文芸部の後輩の皆さんなど、600名の参加者であふれた。

 「辛口の評に悔しい思いをしたこともあったけれど、評して貰えたことが嬉しかった、扇田さんに心から感謝しています! !」などの言葉が次々と語られて、舞台作品を熱く愛した扇田さんの評論と人柄に励まされ支えられた多くの人たちの思いが凝縮したホットな空間だった。


 今年も、ただ一株のネジバナが、梅雨時のベランダを明るくしてくれた。





 去年の晩夏から咲き始めたおじぎ草は室内で冬を越して、今日は2輪、一昨日1輪、その前が4輪とほぼ毎日可憐ながら見応えのある花が心を和ませてくれている。


 母校・山形県立酒田東高校の関東圏在住卒業生で作っている「東京亀城会」50周年総会と懇親会が先月28日にあって、僕も参加した。

 届いた案内に「記念イベント おしんの小林綾子さんによるフリートーク」とあるのを見て、他のことはともかく、これは必ず出席しなければなるまいと、僕としては珍しく早々と返信はがきを出した。

 小林綾子さんが主演した舞台「おしん 青春編」(橋田寿賀子脚本、石井ふく子演出)に、僕は2008年7月の新橋演舞場公演と、翌年8月の名古屋御園座公演に出演した。役は少女のおしんが小学校入学を断念して初めて奉公に出た中川材木店の奉公人で、冬の最上川をおしんを筏に乗せて連れて行き、女中にいじめられるおしんをかばう定次の役だった。だから、成長して娘になったおしんの小林綾子さんと一緒の出演場面はなかったが、僕の心の中では、小林綾子さんは定次が行く末を案じた少女のおしんが成長した姿そのものだった。

 フリートークの途中にプロジェクターでその公演チラシの綾子さんと僕の顔が大写しにされたと思う間もなく突然ステージに呼び上げられた。


     


 既に気持ちは定次になっているので、小林綾子さんはあのおしんそのもの。
 「おしーんッ! !」「定次兄ちゃん! !」と互いに駆け寄ってハグ! ! 会場は一瞬息を飲んだ後で爆笑に。
 感動的な、楽しい再会だった。

 舞台の思い出などを語っている時に、綾子さんが「ヨーイサノマガーショー エーンヤコラマーガセー」と、定次が最上川を下る時に歌った「最上川舟唄」の掛け声を歌い出した。僕も直ぐに合わせて、二人一緒の「最上川舟唄」。





 追分け節の入りは「酒田さ行ぐさげ マメでろちゃヨイトコラサノセ」と僕が引き取ってワンコーラスを歌った。客席も笑いと手拍子で大盛り上がりの楽しい時間を過ごさせてもらった。

 その時の様子は「小林綾子オフィシャルブログ」6月28日の項「“もっけだのぉ”トークライブ」をご覧ください。 

 心和めることの、ありがたき。

                     輝 ☆彡 2015.7.7




■2015年4月 佐藤 輝 出演

NHK FMシアター
4月25日(土) 午後9時〜午後9時50分放送

葬式の翌日、亡くなったはずの母が家に帰ってきた
母、逝かず




【出演者】
市原悦子 今井朋彦 千葉哲也 石橋蓮司
小林勝也 坂口芳貞 佐藤 輝 鈴木一功
大方斐紗子 原口健太郎
【作】
西山聡
【音楽】
小林洋平
【スタッフ】
演出:江澤俊彦
技術:久野裕大
音響効果:野村知成
 
【あらすじ】
   東北の限界集落・笹川村・山中地区の家はほとんどが農業を生業としている。
春なのにまだまだ寒い夜、阿部健(33)の母・絹子(66)が脳溢血で急死した。
健はひとり家に残される。
一方、村の皆から愛されていた人気者の絹子が生前気にかけて心配していたのは、
2年前に東京から帰ってきて以来、一向に村にとけ込もうとしない一人息子・健のことだった。
そんな絹子は、自分の葬式の翌朝、オバケとなって平然と家に帰ってくる……。
この世に未練を残しオバケになってしまった母の息子への情愛と、母をなんとか
成仏させるために、村にとけ込もうと努力を積み重ねる息子の成長を描いた物語。



新年2015年も・・・! !   

 気が付けば・・・、もう2月だ ! !

 ゴゥォーゴゥォーと吼えながらからっ風が強く吹いて、冬の青空。
 高層ビルのすき間に真っ白な富士山の肩や多摩の山並みがくっきりと眺められる。

 「朝日を受けた正月の富士山」のタイトルが似合いそうな富士山。





 去年12月23日、クリスマスムード満杯のディズニーランドに遊びに行って、駐車場ビル屋上からの富士山の眺め。


 開場時間に入場して、まずは絶対逃せない「プーさんのハニーハント」のファストパスをゲット。直ぐに「スプラッシュマウンテン」を目指したが待ち時間が長いのでここは後回しにして、待ち時間が少し短いこれも絶対の「ビッグサンダーマウンテン」に。

 長い時間をゆるゆると待って、窓から鉱山列車の元気な走行シーンが眺められるようになると、子供の頃には何時間も駅で汽車を眺めていたSL少年だった僕の胸はもうワクワク。





 いよいよもう並びくたびれた頃にたどりつくコーナーにはひょっとしてラッキーな瞬間が待っていることがある。

 遠景に「スプラッシュ・マウンテン」の歓声と水しぶき、白煙を吹き上げる「蒸気船マークトウェイン号」の汽笛とカヌーの掛け声、その後からカーブしながらゆったりと走る「ウエスタンリバー鉄道」、そして窓のすぐ下を左から右に轟音と歓声を満載して「ビッグサンダー・マウンテン」が駆け抜ける、その五重奏に立ち会えたときは待ち時間の疲れが一気に吹き飛んでハッピーな気持ちになる。
 今回も、やったー!

 「ビッグサンダー・マウンテン」に一日で3回も乗ったことがあるが、今回は2回。

 「プーさん」の時間まではまだ間があったので、31年前の開園当時に一度だけいかだに乗って渡ったことがあるトムソーヤ島に。
 当時の写真を見ては、シンデレラ城が遠くに見えるこんな風景はどこにあったのだろうと不思議に思っていたのが、トムソーヤ島にあったサムクレメンズ砦だった。

 トムソーヤのツリーハウスや洞窟、大きな岩山、つり橋と樽の橋など、生家の庭山の大木に登って遊んだ子供の頃の冒険心を思いださせてくれる。ここでもワクワク!


 「スプラッシュ・マウンテン」のファストパスを確保した後は「プーさんのハニーハント」に。

 このプーさんの冬バージョン人形。
 もう何年も前にプーさんコーナーで買ったものだが、プーさん本体のバランスがとても良く、赤いコートも細かなステッチが入った丁寧な仕立てで、僕のお気に入り。洒落たチェック柄のマフラーも僕好み。冬のディズニーランドには必ず一緒だ。





 それにしても、ザンネンながらその後はこんなに丁寧な作りの人形に出会っていない。


 蜂蜜のほのかな香りを鼻腔に印象付けて、興奮しながら「プーさんのハニーハント」から出てくると外ではパレード。

 折良く丁度プーさんが目の前にやってきた !  ラッキー !





 待ち時間が20分となったハートの女王のバンケットホールでゆったりと食事した後は、「ウエスタンリバー鉄道」「カントリーベア・シアター」「イッツ・ア・スモールワールド」「トゥーンタウン」「スプラッシュ・マウンテン」「カルーセル」、クリスマスバージョンの花火ショー、そして今回が初体験、シンデレラ城がスクリーンになる映像ショーのプロジェクション・マッピング「ワンス・アポン・ア・タイム」! !





 「ワンス・アポン・ア・タイム」は音楽と映像に加えてシンデレラ城やその前の塔からも花火や炎を吹き出す、想像以上に大がかりで美しいショーだった。びっくりした。

 その上、滅多に入らない「カリブの海賊」、そしてもう一度「ビッグサンダー・マウンテン」! !





 楽しんで、開放されて、22時35分の退場になってしまいました。何と、ハッピー! !
 ディズニーランド、ありがとう! !






 暮には山形へ、時々はホワイトアウト状態の地吹雪の中を走って正月帰省。

 高校時代には酒田へ汽車通学で通った余目駅(庄内町)。
 国鉄(JR)羽越線と陸羽西線が通っている。

 久し振りに余目のラーメンが食べたくて駅前の「かなめ食堂」に。
 煮干しなどの魚介出汁ながらクセが無くコクのあるあっさりスープ、それに自家製ちぢれ太麺で僕好み。





 凍えていた体が、汗をかくほどにぽかぽかと温まった。

 酒田みなと市場まで足を延ばして、よし蟹、ハタハタの味噌田楽、鯛の塩焼き、安全安心の地元新鮮野菜などをたっぷり仕入れ、夜はいただき物の酒田の「初孫」純米吟醸や鳥海山の伏流水を使ったどぶろく大吟醸をゆったりと味わいながら大宴会。よし蟹は味噌汁にして、これがまた美味い ! !
 持ち帰って東京で食べるには、酒田市麺類食堂組合が売っている「酒田のラーメン」が中々の良い味。


 帰京した翌日には、暮に案内をもらっていた劇団SBZの新年会でお台場にある大江戸温泉物語に。

 うわぁ! でかい! 気持ちいいっ! !

 ゆったりゆったり大浴場に浸かってから更に露天風呂にたっぷりこ。

 体はポッカポッカで、12月の『忠臣蔵』で共演した皆さんと乾杯した途端に、もう真っ赤ッかのとろん。





 今年は初詣のことを全く考えないで正月を過ごしていたが、10日に浅草のROXゆめまち劇場公演を観ることになり、それならばついでではなくてちゃんと初詣をしようと浅草寺にお参りした。

 聞きしに勝る外国人観光客の多さにはびっくり。特にアジア系の、それも団体グループではない、家族連れかと思える小人数のグループが多い。





 観劇後に、『忠臣蔵』を観て喜んでくれた知り合いの新仲見世通りの店に新年の挨拶をして、再度雷門前に。

 これで今年がパキッと始まったような気がするから、不思議なものだ。





 例年、秋の終わりには寒さで枯れてしまうおじぎ草。

 去年は遅くまで元気よく緑が残っていたので捨てるに忍びず、鉢をリビングに入れて水やりを続けていたら先月15日に、立派な花を一つ咲かせた。

 その翌々日にも花をつけ、今また新しい可愛らしい蕾をつけている。

 毎朝、多いときには九羽ほどの雀たちが、ベランダからこのおじぎ草を覗いては何かを囀っている。

 今年も早々にトレーニングを再開して、体調絶好調 ! !

                     輝 ☆彡 2015.2.1


水戸黄門が主役の『忠臣蔵』、無事に千秋楽 ! !  

 ご来場、あたたかなご支援、ありがとうございました ! !

 お陰様で、お客様が口々に「面白かった」と喜びの笑顔で感想を語ってくれる舞台を作ることが出来、無事に千秋楽を終えることができました。心から御礼を申し上げます。


俳優佐藤輝 劇団SBZ忠臣蔵 水戸黄門


 俳優の道を志して丁度50年の年を、出演者39人もの大がかりな舞台で、ストーリーを引っ張っていく主役・水戸黄門役として、長台詞を覚え、テンポ良く動き回り(ジャンプも回転も)、歌い踊り、槍を持って立ち回り、小過はあっても大過なく無事に演じきって締めることが出来るのは心から嬉しいことです。これからの50年に自信が持てました(笑)カッカッカッカ ! !

 このような又と無い機会を作ってくれた劇団SBZ代表の山本太郎さんと脚本・演出の和希太平さんに感謝しています。

 また、大道具の移動も切掛けも衣装替えも多い舞台を段取り良く支えてくれたスタッフの皆さまと、小過に迅速に対応して支えてくれた共演者の皆さまに感謝の気持ちでいっぱいです。


 
 劇団SBZ『忠臣蔵 〜元禄仇討ち裏事情〜』公演パンフレット


俳優佐藤輝 劇団SBZ忠臣蔵 水戸黄門
1幕第1場 江戸城中
怪僧・隆光のまやかしに惑わされて庶民を苦しめる「生類憐みの令」を出した将軍綱吉を諌める為に犬の毛皮を献上した水戸の御老公。
水戸黄門が退出すると、「殿中松の廊下にて刃傷沙汰が起きましてございまする ! 高家筆頭吉良上野介様が、播州赤穂の浅野内匠頭様に切りつけられました ! 」との知らせが・・・。


俳優佐藤輝 劇団SBZ忠臣蔵 水戸黄門
吉良邸
殿中松の廊下刃傷事件はかわら版屋によって大々的に市中に広まった。その矛先は悪者とされる吉良上野介に。水戸黄門は、竹馬の友であり大日本史編纂をも手伝ってくれた「吉良ちゃん」と呼んでいる吉良上野介を訪ねて事件の真相を解明しようとする。もう一人の主役・吉良上野介役は松元信太朗さん。


俳優佐藤輝 劇団SBZ忠臣蔵 水戸黄門
吉良上野介が浅野内匠頭から受け取ったラブレターを見せながら事件の経緯を語っていると、なぜか浅野内匠頭の亡霊が現われて・・・仕方話の中に、なぜか黄門様も一緒に踊っていた !?
解決策を模索し、江戸を離れて水戸に来ないかと勧める黄門様の前で、吉良ちゃんは激しくせき込んだ。聞くと「胸に腫れ物があり、余命わずか・・・」との話。


俳優佐藤輝 劇団SBZ忠臣蔵 水戸黄門
浅野の家臣達の長屋
気になるのは赤穂の城代家老大石内蔵助ら浅野の家臣たちの動向。すでに探り始めていた黄門様の手の者、助さん(助六)と格さん(お格)の報告は「浅野のご家中の者たち、本所緑町の長屋に」。黄門様は「越後のちりめん問屋の隠居光ヱ門」として大石が経営する長屋に潜入。そして、黄門様は大石に誘われて吉原へ・・・。


俳優佐藤輝 劇団SBZ忠臣蔵 水戸黄門
吉良邸
長屋で浅野の家臣たちの気持ちを聞いた助さん格さんと吉原から帰ってきた黄門様は吉良ちゃんに報告。大石への評価は二つに別れた。


俳優佐藤輝 劇団SBZ忠臣蔵 水戸黄門
黄門様の「大石の本心を探るには、奴の通う吉原が一番 ! ! 」の提案に吉良ちゃんも乗って、家臣共々吉原へ。


俳優佐藤輝 劇団SBZ忠臣蔵 水戸光圀
吉原
吉原では大石が、恋い焦がれている吉野太夫のもとへ。そこにアルバイトで見習いの太鼓持となった黄門様と吉良ちゃん。新造たちは何と、小林平八郎、清水一角、須貝義隆、山吉新八ら吉良の家臣たちだ。


俳優佐藤輝 劇団SBZ忠臣蔵 徳川光圀
吉原の外
大石の本心が仇討ちだと知った黄門様は、大石に自分の正体を明かした上で吉良ちゃんと浅野の経緯の真相を話そうとするが、自分の正体を唯一証明する印籠は助さんに預けたままで、持っていなかった。


俳優佐藤輝 劇団SBZ忠臣蔵 水戸黄門
長屋前
「吉良ちゃんに何と言えば・・・」と落胆する黄門様に助さん格さんが持ってきた情報は「怪しいかわら版屋が扇動して・・・、そのかわら版屋たち、隆光の寺に。それにあの者たちの走りはまさしく忍びの走り。」
「一時も早く吉良ちゃんのもとへ ! 」黄門様の一声に「忍法テレポート ! 」とジャンプ。
かわら版の内容から、公儀の政に対してことごとく諌言を呈してきた黄門を陥れるための公儀の罠と考えた黄門と吉良ちゃんは、大石たちが討入りしやすいように、12月14日に大々的な茶会を開くことを決めた。


俳優佐藤輝 劇団SBZ忠臣蔵 水戸黄門
茶会が済んで寛いでいる黄門様の元に、隆光たちの動向を探っていた格さんが傷を負って駆けつける。「矢張り裏で糸を引いていたのは柳沢吉保とあの隆光めで御座います。・・・助さんは、私を逃がさんと一人で・・・。」
「先方にはこちらの動きが全て漏れており、大石らの討入りを利用しご老公様のお命を・・・それも隆光の手の者によって・・吉良様はじめ赤穂の者たちまで全てを亡き者にし、仇討ちの巻き添えでご老公様が殺されたことにするつもりです。」
「この私の命を狙う為に、その様な恐ろしい企てを !・・・これは腐れ切った公儀との戦いだ。」黄門様は「大至急大石ら赤穂の者たちにこのことを知らせるのじゃ ! 」とお格に全権委任の印籠を託した。


俳優佐藤輝 劇団SBZ忠臣蔵 水戸黄門
お格が出ていくと間もなく、隆光を先頭に隆光配下がなだれ込んできた。必死に黄門様を守って奮闘する吉良主従。ほっと一息ついたところに茶会の時から所在が不明だった剣豪小林平八郎が姿を現わした。良いところに強い味方が現われたと皆が喜んだのも束の間、小林平八郎は仲間を次々と切り捨てた。平八郎は吉良ちゃんの忠実な配下を演じながら隆光たちに情報を伝えていた公儀の犬だったのだ。
小林平八郎と吉良ちゃんの一騎打ち。固唾を飲んで見守る黄門様の耳に山鹿流陣太鼓の響きが。格さんから事情を知らされた大石たち赤穂浪士が黄門様に助太刀しようと吉良邸に駆けつけたのだ。
堀部安兵衛と小林平八郎の一騎打ち。


俳優佐藤輝 劇団SBZ忠臣蔵 水戸黄門
その間に吉良ちゃんが隆光の槍で刺された。黄門様が分けて入って吉良ちゃんを抱き起こしたが、吉良ちゃんは致命傷と胸の病で降る雪を見上げながらこと切れる。そこに聞こえてくる四十七士の勝鬨と「隆光を打ち取ったぞ ! ! 」と叫ぶ堀部安兵衛の勝利の雄叫び。
黄門様は絶命した吉良ちゃんの心に届けるように「吉良ちゃん、聞こえるか、あの勝鬨を ! ! 」 
降りしきる雪と勝鬨の響きの中で、黄門様は笑うように泣いていた。
黄門様と吉良ちゃんが、腐れ切った公儀との戦いに勝ったのだ。



 今回も多くの皆さまに観ていただき、励まされ、支えられました。ありがとうございました。

 多感な高校時代を送って俳優人生への出発点となった山形県酒田市の副市長丸山至さんと商工観光部長安藤智広さん、商工観光部観光振興課長宮崎和幸さんが、吹雪の酒田から観に来てくださいました。終演後のロビーで笑顔一杯で「とても面白かった」と実感を込めた感想を伺うことができてとても嬉しく、多いに励まされました。
 楽屋見舞いとして酒田産の地酒と沢山のお菓子もいただき、故郷をPRすることもできました。このような生きの良い舞台を故郷の多くの皆さまにも観ていただきたいものだと切に思っています。


俳優佐藤輝 忠臣蔵 水戸黄門 酒田市副市長丸山至さん
水戸黄門の佐藤 輝と酒田市副市長丸山 至さん


俳優佐藤輝 酒田市副市長丸山至さん 商工観光部長安藤智広さん 観光振興課長宮崎和幸さん
左から商工観光部観光振興課長宮崎和幸さん、水戸黄門の佐藤 輝、酒田市副市長丸山 至さん、商工観光部長安藤智広さん


 千秋楽の舞台には東京近辺に住んでいる高校同期の10名が観劇会を催し、豪勢な花束を持って来て応援してくれました。そして終演後の食事会にも全員参加し、楽屋片付けなどで遅くなった僕を待っていてくれました。

 僕の初舞台から、劇団動物園時代、ミュージカル時代、折に付け同期の誰かが観てくれて励ましてくれました。生徒たちに佐藤輝の演技を見せたいと、私財をもつぎ込んで、勤務先の学校の演劇教室を企画し招いてくれた同期生もいました。


俳優佐藤輝 酒東39会 水戸黄門


 今回も、個々に来てくれた同期生もあり、同郷の「東京庄内会」でご一緒した方たちもあり、『ラ・マンチャの男』のサンチョ初出演以来全公演を漏らさず観てくださっている方も、この50年を振り返ると支えてくださった皆さまとのご縁のありがたさを感じます。



 今公演が初舞台と言う若い出演者もいて、その出演者たちを僕自身がその歳の頃にはどんなことを考えて何をしていたか、何を求めていたかを重ねて見ていました。

 芝居作りには、出演者の演技力を見極めてキャスティングする責任者がおり、台本に書かれた作品のイメージをしっかりと持って演出プランを示し全体をまとめていく「演出」がいる訳だから、僕はそれに沿った最小限の補完的な助言をすることはあってもただ先輩だというだけで横から口を出して演技を指導することはしない。
 それとは別に、助言を求められれば、積極的に求める人にはできる限りのアドバイスをする。本質は理解していないのに傍目八目だけで自分の好みを押し付けてくる「助言」(声をひそめて正反対の「助言」をしてくれる人さえいる)を同時に何人からも受ける事を嫌というほど経験しているから、他の出演者にはそんな無駄なエネルギーを浪費させたくない。特に若い出演者には。

 最初のアドバイスだけでぐんぐんと伸びる若い芽もあれば、努力は見えるのにその成果が見えない芽もある。
 ぐんぐん伸びる人はその途上で格好つけなどの変なクセを身に付けないこと、浮かれないこと。狭い小さな世界で甘んじない、外にはもっともっとスゴイ奴がいる。
 成果が見えない人は人一倍いや人五倍くらいの努力を惜しまないこと。
 どちらも演技者表現者としての感性が大切、それだけを求めること。努力をしない天才より苦労して努力した人の方が実を結ぶ。そして志を持って更に高いレベルを目指すこと。

 僕が演じた今公演の水戸黄門役を「矢張り凄かった」「渋い存在感」「迫力がある」「あんなに身軽に動けるね」「声がちゃんと響いてる」など評価してくれる感想が多く、皆さんがそのように満足してくれたことに感謝しています。が、僕はまだまだ物足りない、もっと深く、もっとレベルの高い表現ができたハズだと反省している。少なくとも納得できるパーフェクトさが無かったのは悔しい。

 だから次を目指す。その時点で、世界で最もレベルの高い表現と納得できる演技を目指す。

 ありがとうございました ! !

                     輝 ☆彡 2014.12.12


夏休み Part2 鳥海登頂 夢よ!! 

 出羽富士とも呼ばれる名峰・鳥海山、2,236m。

 故郷山形県と秋田県に裾野を広げて、日本海から屹立する。

 一昨年は蔵王山、去年は月山と故郷の山に登頂し、今年の夏のメインイベントは県内最高峰の鳥海山登頂と心に決めていた。

 

2,236mの鳥海山頂に立つ。


 庄内平野のど真ん中にある生家あたりからも、ほぼ真北にそのすっくとした気高い山容を四季を通じて仰ぎ見ることができ、また、自分の思い出の多くの背景には鳥海山があり、この山に見守られて育ったという思いが強い。



湯の台口から滝の小屋を経て、万年雪の大雪渓へ。


 酒田にある県立高校に通うようになって、鳥海山は更に身近な存在になった。

 山頂付近に咲く鳥海山固有の高山植物「チョウカイフスマ」が校章になっていて、その校章も僕の誇りの一つになっていた。



山頂下から西の日本海方面、下山ルートの鳥海湖から吹浦口方向をバックに。


 登山予定10日前の8月8日から天気予報を細かにチェックして、17日(日)と18日(月)が曇りだった予報から徐々に曇り時々晴れと良い方向に変化していることに希望を持って、14日に、17日宿泊の予約を山頂小屋にした。そして当日早朝から登山にかかれるよう、湯の台口車道終点から20分で着く滝の小屋に16日の宿泊を頼んだ。

 ところが、湯の台口へ出発予定の16日の朝になって天気予報は急な下り坂に。
 その日は曇りから雨、17日18日は曇り時々雨、そして登山には不適の決定的予報が。テレビでは北アルプスや飯豊山での遭難のニュースが報じられている。

 登山用具をチェッしながら、そこで登る勇気より中止する勇気の決断をした。

 2カ所の山小屋にキャンセルの連絡をすると、「その方が良いです。また天気の良い日に来てください。」と気持ちの良い返事。その言葉に救われて、重かった心は快晴になった。

 だから、上の3枚の写真は今年撮った写真ではありません(笑)
 「言われなくたって、見れば直ぐに何十年も前の顔だってわかったよ ! !」ってか?

 はい、32年前の鳥海登山でした。
 こんな良い思い出があるから、矢張り好天の鳥海山を目指したい ! !

 それにしても、こんなに早くその時がやって来るとは、夢にも思わないその日でした。


 当初の計画では鳥海山でご来光を拝んで下山する予定だった18日。
 曇り時々雨の天気に、何かにつけては、矢張り登らないで良かったと納得の独り言。

 以前書いた、今年5月にオープンした故郷庄内町の新産業創造館「クラッセ」。

 遅れて6月にその中にオープンした「やくけっちゃーの」が気になっていたので、両親の墓参りを兼ねて余目駅前に向かった。

 登山がダメなら食い気でいこう ! ! の気分。



前菜「庄内浜の海の幸 盛合せ」は「吹浦の岩ガキ」「バイ貝の小松菜ソース」「鯛と甘鯛のカルパッチョ」うんめぇ! !


 肉を焼いて食べるって、つまりは焼肉 ?
 どんな肉をどんな風に? と思いながら天井の高いレストランに入る。広々とした空間の気持ち良さ。

 さっすが「アル・ケッチャーノ」の奥田シェフが監修するレストランだけあってメニューから違う。
 うん、ヤキニク・イタリアーノ・ショウネーゼ ! ! どれも、うんめぇ! !



庄内地方が如何に新鮮な食材に恵まれた土地か ! ! この多種多様さ ! ! 野菜も肉も魚介類も、ここは庄内の美味のショーウインドー ! !


     





 腹いっぱいになったのに、庄内地方に行ったら必ず立ち寄っているから今回もと酒田港にある「みなと市場」と「海鮮市場」に。矢張り、これを買いたいという気持ちが起きない。

 しばらくして外に出ると陽が射して青空も見えはじめている。

 この天気だと、鳥海山の中腹あたりはどうだろう?

 遠く鳥海山の方向を見ると、上半分は雲がかかっているものの、麓の方は少し見えている。  自動車道で天気の良い所まで行ってみようかとカーナビで調べると、1時間半で鳥海ブルーライン中腹の大平に着くとの表示。

 それなら日没前には着けるからと、鳥海山を目指した。


 遊佐町に入ると、雲はどんどん高くなり、山頂近くまで透けて見えることも・・・。



お盆の帰省客も少なくなって、道は広々ゆったりと安全運転。大平荘前。
まだ明るいからと、その先の秋田県側5合目の鉾立をめざした。



1,150m、鳥海山5合目の鉾立口登山道入口。山頂はここから8km。


 日帰りで登頂しておりて来たという登山者に聞くと、雨が止んだのはこの2時間ほど前で、それまではずうっと雨の中の登山で大変だったとふらふらになりながら答えてくれた。

 登山を中止したのは正解だったとあらためて思った。





 ちょっとだけ、ちょっとだけと登山道を登って振り返ると、駐車場越しに日本海が見え、ぐんぐん視界が広がって気分爽快。
 目を凝らすと、日本海に浮かぶ飛島がうっすらと見える。

 つづら折りに何度か折れて、この道の天辺で引き返そうと登り着いた所が開けて、なんと展望台 ! !

 谷を越えてその先の上を見上げれば、大きな岩山が重々しく覗いている。

 あれが夢に見た、鳥海山頂だ ! !





 この展望台からは谷を越えた山肌に、御滝(顔の直ぐ右側)と白糸の滝(更に右斜め上)が眺められ、滝の落ちる水音が谷間に響いている。





 登れなかった悔しさを忘れて、思いがけず登山気分を味わった満足感。

 確かに、鳥海山に登った今年の夏 ! !





 去年は10月中旬になってようやく咲いたおじぎ草。
 今年も少し遅めだが一昨日、8月29日に咲いてくれた。

 毎年、咲くのが待たれる花の一つだ。

 夏休みは終わった。さあ、次の出演に備えてトレーニングが続く。

                      輝 ☆彡 2014.8.31






俳優佐藤輝 7歳 山形県庄内町 余目八幡神社
7歳、余目八幡神社祭り。花持ち





 
山形県・庄内地方・庄内町03年3月〜04年12月 05年2月〜06年6月 06年7月〜07年5月 07年6月〜08年12月 
09年1月〜10年1月 10年4月〜11年3月 11年3月〜6月 11年7月〜12月 11年12月〜12年3月 12年5月〜11月
 12年11月〜13年5月 13年8月〜14年7月 
14年8月〜16年8月  16年8月〜現在   山形県出身芸能人文化人 
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