山形県・庄内地方・庄内町・俳優 佐藤 輝 - 4
      
佐藤 輝の世界 山形県・庄内地方・庄内町 - 4
       
          
当ホームページ内に掲載されている俳優・佐藤 輝の故郷、山形県・庄内地方・庄内町に関係する部分をまとめました。
        

 
山形県・庄内地方・庄内町03年3月〜04年12月 05年2月〜06年6月 06年7月〜07年5月 07年6月〜08年12月 
09年1月〜10年1月 10年4月〜11年3月 11年3月〜6月 11年7月〜12月 11年12月〜12年3月 12年5月〜11月
 12年11月〜13年5月 13年8月〜14年7月 
14年8月〜16年7月  16年8月〜現在   山形県出身芸能人文化人 
           
2007年6月〜2008年12月              



山形県庄内町余目から見た庄内平野のシンボル鳥海山(2,236m)。『出羽富士』とも呼ばれる


慌ただしくて、年の暮れ 

 11月中にはなんとかこのページにもう一度書こうと思いつつ、かなわぬままに、ああ、12月。それも、もう6日になってしまった。

 舞台出演が一段落するといつも、稽古前の準備に入った時から公演が終わるまでにできなかった日常的モロモロの片付けや、義理を欠いてしまった付き合いの穴埋めなど、しなければならないことが目の前に山になっている。特に去年秋からのこの1年間は、日生劇場の『チャングムの誓い』にはじまって名古屋御園座での『チャングムの誓い』、4月『ラ・マンチャの男』、7月『おしん』、10月『 新宿・歌声喫茶の青春』と続き、その役作りのための韓国とスペイン訪問もあったから、し残していたことが山脈だ!

 それを毎日必死になって片付けているのだが、声と体のトレーニングは今だからこそ続けなければならないことだし、その時間は必要で、その間にも「そうそう、写真の整理もしなきゃ。あれもだ、これもだ」、例年なら年明けにやっていることも今月中にやっちゃおうなどと手間ひまのかかることが次々と出てくる。

 しかもその間、雪にならないうちにと先月は山形に2回も帰省。



蔵王は残る紅葉と新雪の純白が好対照。


 その合間をぬって観た『崖の上のポニョ』には心と目が洗われたし、小劇場大劇場をふくめて芝居も何本か観た。
 先月ル テアトル銀座で観た『華々しき一族』は森本薫の原作を大藪郁子さんが時代背景や人間関係をとても解りやすく脚色し、それを演出の石井ふく子さんが出演者の個性をきめ細かに引きだしてドラマティックに仕上げて、見ごたえのある緊張感あふれる面白い舞台だった。若尾文子さんが演じた諏訪、大人の女心の揺れを自然に巧みに演じてハラハラどきどき、まいった。

 間もなく閉館する新宿の小劇場シアタートップスで、劇団道学先生の『ザブザブ波止場』再演を観た。キャストが少し変わっていたが、今や売れに売れている座付作者中島淳彦さんの描いた宮崎油津の潮風と人々ののどかな熱気は劇場空間に相変わらず満ちていた。中島ワールドは人間存在の切なさ、愛おしさを描いて秀逸。


 僕の故郷山形県庄内町の、旧余目町出身者が作っている「東京余目会」に飛び入り参加した。
 俳優という職業は仕事のスケジュールが最優先されるし、予定が急に変更されたり突然入る新しい仕事もあるから、はっきりした出欠の返事を前もって出すことが難しい。そんな訳で返事を出さずにいたものの、都合がつくなら短時間でも出席したいと思っていた。山形県を舞台にした7月の『おしん』公演には「協力 山形県」ということもあって大勢の会員が観に来て僕を激励してくれたし、多忙でみんなと一緒に観られなかった原田眞樹庄内町長は後日、出張の合間に劇場に駆けつけて当日券を求めて一幕途中から観劇してくれた。他の公演にも何人もの会員が観にきてくれている。余目会総会は、そのみなさんに直接お礼を言える良い機会だと思っていたからだ。

 当日あった打ち合わせが順調に進んで、総会が終わる1時間程前に会場のホテルに駆け込むことができた。丁度二組の歌のアトラクションが終わって、140名の参加者が円いテーブルで懇談している会場は和気あいあいと盛り上がっていた。幹事で経理を担当している高校同期の渋谷太郎さんや公演のたびに楽屋に手作りのおこわや煮物を届けてくれる斎藤まり子さんにお礼を言い挨拶していると突然司会者にステージへ呼び出されて紹介されてしまった。本当は個々に挨拶してそのまま静かに帰る積もりだったのだが・・・。
 皆さんの観劇と励ましに対するお礼を述べたあと、声の不調を理由に今日は歌わない積もりだった「最上川舟唄」を、会場の拍手に押されて結局ワンコーラス歌った。『おしん』の舞台で僕が演じた定次が、奉公に出るおしんをいかだに乗せて最上川をくだる時に歌った舟唄。
 歌いはじめて、自分でハッとした。歌い出しの舟を引く掛け声を劇中では花道の長さに合わせて短く端折る形にしていたが、それはあくまでも舞台仕様の『おしん』バージョン。ここでは本来の民謡として端折らずに歌う積もりだったのに、あれっ、何か変だと思ったら・・・「ヨーイサノマガーショ ヨーイサノマガーショ」からすぐに「酒田さ行ぐさげマメでろちゃ〜」とつないで、完全に『おしん』バージョンで歌っていた。

 今年は、3年前に庄内町として合併した旧立川町の「ふるさと立川会」との統合にむけた合同の総会として、大きな一歩を踏み出した総会だった。旧立川町には出羽三山の主峰月山から流れ出る清流の立谷沢川があり、清川(きよかわ)で最上川に合流している。この川が今年「平成の名水百選」に選ばれた。その名水と庄内米を庄内町から運んできて炊き上げたおにぎりをいただいた。二つの町、二つの会の合併を象徴するおにぎり。つやつやと輝く本物のおにぎりは、こんなにうまいんだった。香り良く、歯ごたえ良く、甘味があって、うまい ! もう一つ食べたいところだったが、ザンネン、時間切れ。

 庄内町は、霊山から名水流れる立川町と、広々と広がる美田から最高級の庄内米を生産している余目町が合併してできた町。それは今まで夫々が持っていた「ふるさと」のイメージを大きく変えるものだったが、二つのイメージの融合は相乗効果によってプラスになり、「ふるさと」庄内町のイメージを、月山の頂上と広い平野を合わせ持つより広がりのある変化に富んだ魅力あふれる大きなものにふくらませてくれた。ふるさとに対するそんな思いの広がりが会の統合へと発展したことが、出席者の表情や言葉から読み取れる。この会のなごやかに盛り上がった熱気は、そのお祝いの気持ちの現れだった。出席申し込みが多く先着順で締め切り、はがきが遅かった人の出席は断ったと聞かされたが、この記念すべき会に飛び入りで参加させていただけたことを喜んだ。





 11月29日には恒例、千束の鷲(おおとり)神社に三の酉のお参り。来年も、どうぞヨロシク・・・! と。
 一昨年の三の酉の帰りには、俳人鈴木真砂女が開いた銀座1丁目の「卯波」に寄って俳句の話などを楽しんだが、今年はあの味わいある小料理屋は跡形もなく、その場所が更地になってしまっている。

  
 木枯らしの吹き残したる小社かな 輝

 11月30日、モンテディオ山形がJ1昇格を決めた ! 10年間耐えてのおめでとう !
 これで来年はサッカー観戦の楽しみが増えた。2009年は熱くなりそうだ。がんばれ ! モンテディオ山形 !

                  輝 ☆彡 08.12.6


峰岸徹さんと『おくりびと』 

 映画『おくりびと』(滝田洋二郎監督)を見た。
 題名からは何を描いている映画なのかを想像できなかったが、ただ僕の故郷・山形県庄内地方を舞台にした映画だというだけで映画館に入った。

 映画は、庄内平野の冬、数メートル先も見えないほど、殴りつけるように真横から吹きつける強烈な地吹雪の農道を、自動車のヘッドライトがほのかに見えてのろのろと近づいてくる場面から始まった。

 これが、実に面白い映画で、初めは死を現実的なビジネスの対象として考える直截的なやりとりの可笑しさに笑い、物語がすすむにつれて生きることの切実さ、現実の人間関係の切なさ、人が死んで初めて明らかになるその人の過去、またそれを知った上で始まる人々の関係などがリアルに、丁寧に描かれている。そして、死と、その旅立ちの荘厳さ。生きることの重さを実感したからこそ、誠意をもって、ビジネスではない「おくりびと(納棺師)」を仕事としていく決心をした主人公(本木雅弘)の爽快さに観客は共感し、感動の涙を流していた。会社経営者役の山崎努さんとそこで働く事務員役の余貴美子さんのホットな存在感が、良い世界を作って作品に厚みを持たせている。

 その全編の背景には、このホームページの表紙にもなった鳥海山が、遠く近く人々の生活を見守っている。
 今は廃館になっている酒田市の映画館、かつては僕が出演した映画も何度か上映された「港座」をはじめ、僕の知っている街角や景色が次々と出てきて、それが観客の想像力をかきたてて作品を支えている道具立てになっていると思うと愉快だった。
 映画の終盤で、主人公が子供の頃に別れて行方知れずになっていた父の死を知り漁港に駆けつけ、遺体と対面する。その顔にかけられた布を取った瞬間、僕は息を呑んだ。その顔、死んだ父親を演じていたのは、なんと今月11日に65歳亡くなったばかりの峰岸徹さんだった。
 僕はスクリーンに大写しになったその姿を、映画の中の主人公の父親としてではなく、親しくしてもらった俳優仲間・峰岸徹さんの現実の死の床に立ち会ったような気持ちでぼう然として眺めた。とんちゃん(峰岸さんのニックネーム)のあの厚い胸のどこにそんな病魔が隠れていたかと思える、頑丈な亡きがらだった。

 峰岸徹さんとは1974年(昭和49)1月から2月にかけて渋谷の西武劇場(現PARCO劇場)で公演した井上ひさし作『天保十二年のシェイクスピア』で初めてご一緒した。
 初日には4時間30分もかかった長い芝居だったが、それを公演中に出演者同士が相談してテンポを上げたり工夫して、千秋楽の頃には4時間弱におさめた。
 その後、山形市や新潟市、神戸市などで旅公演したこともあって、出演者同士の親交が深まり、当時「峰岸隆之介」を芸名にしていたとんちゃんの自宅に木の実ナナさん、根岸明美さん、稲野和子さん、矢崎滋さん、金森勢さん、観世栄夫さんなど共演者が何度も集まっては楽しんだ。
 2005年10月に『水戸黄門』の仕事で京都に行った折りに、別の番組の仕事で来ていたとんちゃんと太秦の東映撮影所で久しぶりに出会い、互いの連絡先を交わし合ったのが最後になった。

 相撲の世界に柏鵬時代と呼ばれる黄金期を築いた横綱柏戸(鏡山親方)は、わが故郷が誇りとした大先輩。
 その奥さんで鏡山部屋のおかみさんだった富樫セツ子さんが10月9日、旅行先の沖縄で亡くなられたと知らせをいただいて、17日の葬儀に参列した。ひょんなことから知りあい、僕が親方と同郷だというご縁で、ご家族をあげて応援していただいた。7月新橋演舞場『おしん』の楽屋に、二人のお嬢さんと一緒に訪ねて来て下さったのが最後となってしまった。まだまだ若い、61歳だなんて。

 ご冥福をお祈り申しあげます。

                  輝 ☆彡 08.10.23



新橋演舞場公演『おしん』出演


 
橋田壽賀子 作
石井ふく子 演出


2008年7月4日(金)〜27日(日) 新橋演舞場

7月27日無事に公演を終了しました。

佐藤 輝の出身地・山形を舞台にした『おしん』
佐藤 輝が、おしんを親身になって世話する定次役で出演。

主な出演者
小林 綾子  山本 陽子 長山 藍子  赤木 春恵 前田 吟
勝野 洋 東 てる美  堤 大二郎 佐藤 輝 丹羽 貞仁



『おしん』千秋楽から5日、8月1日  

 3日前からおじぎ草のピンクの花が咲きだした。今はまだ少なく、日に1,2輪。朝起きて先ずはおじぎ草を愛でる日課。

 5日前の7月27日に新橋演舞場公演『おしん』の千秋楽を迎えた。
 それから5日もたって、ようやく一月の公演を振り返られる余裕ができた。

 先月4日の初日から39回の上演。お客さんは毎回よく泣き、よく笑ってくれて、上々の反応だった。
 定次を信頼して直球で向かってくるおしんの子供時代を演じた二人の子役佐々木麻緒ちゃんと諸星すみれちゃんとの掛け合いは新鮮で、とても刺激的な毎日でした。まさに「毎日が初日」。

 1日早く26日が最後の出演となった諸星すみれちゃん、出番が終わって最初に言った言葉が「もっとやりたい ! 」だったそうです。僕も同感。

 良い作品のおかげで、僕が演じた定次も好評。気持ち良く公演を終えることができた。





 てるてる広場掲示板にコスモスさんがカキコミしてくださった新聞劇評についての一文は、わき役俳優にとって、心強い励ましでした。
 「東京新聞の劇評全文も読みました。私たち素人の観客は、どうしても役の大小や出演者の名前の大きさに惑わされて演技も見てしまいがちですが、本物の演技こそが舞台全体を支えて成り立たせているのですね。」
 演劇評論家津田類さんの劇評と共に、嬉しい感想でした。

 「最上川舟唄」をもっと聞きたかったとか、最後まで聞きたいとの感想や希望もありましたが、花道の長さも限りのあることで・・・、でも機会があったら僕も歌いたい。
 楽屋では、何かというと「またな ! またな ! またな ! 」と言う定次のセリフの真似が流行った。これも、加賀屋でのおしんとの別れのあのセリフと動きに共演者が関心を持ってくれた結果で、とても嬉しいことです。

 松竹の松本プロデューサーと演出の石井ふく子先生のもとに集まった出演者が、これまた飛びッきり気持ち良い皆さんで、僕にとって素晴らしいお手本となる前向きな俳優人生を歩んでおられる方々だったのは最高のしあわせだった。座組の中に嫌みな人が一人もいないなんて、まったく奇跡的なこと。こういう出演者だったからこそ、一生懸命けなげに子供時代のおしんを演じた二人の子役を引き立て支えて、小林綾子さんのおしんに引き継ぐことができたのだと思う。

 大人の出演者たちについて「子役に食われていた」との感想を耳にしたが、これはまったく素人感覚の感想で、子役であってもおしんが主役、いい大人が主役の子役を食ったら作品の中心はどこへいってしまうんだ? と、言いたい。自分の役がやるべきことは最大限にやって、それ以上に悪乗りをしたりしない節度を持ったオトナの出演者が集まったからこそ、観客にはもちろん、プロデューサーや演出の期待にもこたえられる感動の舞台を創ることができたのだと思う。

 5日の夜には、故郷庄内町の出身者が作っている「東京余目会」と「立川ふるさと会」の会員が観劇してくれて、2次会では「最上川舟唄」を大合唱する盛り上がりだった。町の予定があってこの日に上京できなかった原田眞樹庄内町長も22日の夜に東京出張の合間をぬって観劇、楽屋を訪ね僕を激励してくれた。
 26日昼は、5月に僕が訪ねたおしん生家のロケ地、山形県中山町の「おしん生家保存会」のみなさん20名が特産のプラムを手土産に、突然観劇に来てくれた。
 貸切りバスツアーで前日山形を出発し、東京に1泊したとのこと。希望されて終演後の客席で記念撮影。僕は急遽衣裳さんに頼んで定次の衣裳を付け、皆さんとならんだ。廃村の村祭りで5月に偶然お会いした皆さんとの、嬉しい再会でした。
 多くのみなさんが遠路はるばるとご来場くださいました。ありがとうございました ! 

 千秋楽の翌日からプールでのトレーニングに汗を流している。仕上げにはジェットバスで、たっぷりと時間をかけてマッサージ。これが気持ち良い !

 来週は地元と外苑の花火大会が楽しみの8月。

                  輝 ☆彡 08.8.1 


『おしん』に庄内町ふるさと応援団 

 4日に初日を迎えた新橋演舞場の『おしん』は、35分の休憩を入れて4時間の上演中、客席に涙と笑いが絶えることなく、お客さんは感動して帰路についている。

 おしんの子供時代をダブルキャストで演じている佐々木麻緒ちゃんと諸星すみれちゃんが、やはり観客をたっぷり泣かせている。そして加代役のももちゃんと渡邊ひかるちゃんのわがまま娘ぶりが客席を沸かせている。
 子役の素直でけなげな演技を受けて、僕も演技中に本気で泣いてしまうほどだが、大人の出演者も全力投球で、舞台全体に気力があふれて素晴らしい作品になっている。お客様が喜ばないはずがない、実に良い舞台だ。

 5日の夜には、故郷・山形県庄内町の出身者が作っている「東京余目会」と「立川ふるさと会」、それに庄内町から駆けつけてくれた人たちもふくめて約50人が客席2列目で観劇し、舞台の僕を応援してくれた。山形の方言の微妙なニュアンスが分かっているからこそ出てきた笑いや反応などがあり、演じながら僕も楽しかった。

 終演後にはそのうちの30名ほどが劇場近くの居酒屋で2次会をして、僕を待っていてくれた。「たっぷり泣かせてもらったよ!」と舞台の興奮をそのまま引きずった皆さんから乾杯と激励の言葉を受けて、他の作品とは違う、故郷を舞台にした作品だからこそ味わえる、不思議な心地良さに酔いしれた。

 皆さんへのお礼と10月の公演の案内をしたあとは「最上川舟唄」の「ヨーイサノマガーショー エーンヤコラマーガセー」と掛け声の大合唱。「酒田さいぐさげー」と追分け部分も歌いたかったが、他の客の手前、営業妨害になっても悪いので割愛 !
 実に楽しくありがたい応援団との交流だった。

                    輝 ☆彡 08.7.7


さようなら 新橋・Chokai 鳥海 

 昭和39年に山形県立酒田東校を卒業し関東地方に住んでいる僕たち同期は、「東京39会」総会を数年ごとに開いている。そんなに間が空くのは寂しいからと、いつの頃からか「分科会」と称して季節の変わりめに年数度、男だけの飲み会を開くようになった。

 会場はその都度、幹事がさがしていたが、もう何年も前から、新橋にある「Chokai・鳥海」が例会場として定着した。ここは同郷で高校の後輩・佐藤猛君経営の店で、故郷庄内地方の季節の郷土料理をだしてくれる。後輩としては先輩の少々の無理も聞いてくれるし、故郷を語りながらの飲み会にはうってつけの飲み屋だった。
 僕も2,3回に1回は参加していたから、相当の回数この店に通ったことになる。

 今年はまだ分科会が開かれていないからそろそろかなと思っていた矢先の4月9日、突然、幅屋幹事からメールが届いた。それは5月16日に開催する分科会の案内でもあり、「Chokai・鳥海」での最後の集まりとなる知らせでもあった。

 分科会の開始時間は決まっているが厳密ではなく、着いた人から自由に飲み始めるし、誰かが加われば乾杯をするが特別の宣言も挨拶もない。この自由さが分科会の身上だ。
 5月16日の夜、ほぼ分科会の常連となっている9人が、三々五々「Chokai・鳥海」に集まった。
 そして飲み食いしながらの話題は、もっぱら39会の歴史と、次からの分科会をどこで開くかに集中した。それだけこのメンバーにとって、モダンな内装の「Chokai・鳥海」は落ち着いてくつろげた場所であり、安心して故郷を味わえるありがたい店だったのだ。

 「Chokai・鳥海」は5月いっぱいで閉店し、佐藤猛君は、故郷で彼の帰りを待っているお母さんと暮らすのだという。
 仕事の少ない故郷で、急に調理師の口が見つかり、この機会を逃してはいつまた帰れるか分からないから、急ではあるけれども決断したと説明してくれた。そして調理師学校時代の仲間が開いている店を次の分科会会場として紹介してくれた。

 分科会の会費はその都度割り勘にしている。数年前にその会費がガクンと2千円近く少なくなって驚いた。理由は簡単、みんなの酒量がガクンと落ちたからだった。

 佐藤猛君の新しい仕事場は、彼が名付けてこの店の名前にもなっている故郷の名山・鳥海山の麓だという。
 閉店して10日近い。彼は既に緑濃い鳥海山の麓の仕事場で働いていることだろう。そして新橋のビルの地下にあった「Chokai・鳥海」を思い出しているだろう。

                   輝 ☆彡 08.6.8


五月雨を 集めて早し 最上川 

 1689年(元禄2年)旧暦6月3日に最上川を舟で下った俳人・松尾芭蕉。そして『奥の細道』に載せた俳句が「五月雨を集めて早し最上川」。
 旧暦6月3日は太陽暦では7月。梅雨の真っ最中の最上川は山々の雨を集めて水量が多く、川の中央は濁流が盛り上がって、恐ろしいほどの急流になっていただろう。

 ここは、芭蕉が乗船した場所から更に上った、山形県大江町左沢(あてらざわ)の最上川。
 舟運が盛んだった江戸時代から明治大正時代にかけては、主要な川港として大いに栄えた所だ。
 今は、近くのサクランボ園の緑濃い葉の間に、色鮮やかな深紅の佐藤錦がたわわに実りはじめている。



この川を写真奥に上れば、おしんの生家ロケがおこなわれた中山町方面。右下の対岸が下の写真。 


 『おしん』の主人公おしんは明治40年早春に、まだまだ雪の多いこのあたりから、いかだに乗せられて最上川を下り、子守奉公に出発した。小学校に入る前の、7歳だった。



有名な『おしん』の冒頭、雪の最上川をいかだで下るシーンはここで撮影された。





  万緑の季節の中で、幼いおしんを乗せたいかだをあやつり雪深い最上川を下っていく定次の姿と、その心情に思いをめぐらした。

 頭の中で、村山弁と子守唄と「最上川舟唄」が渦を巻いている。

 7月の新橋演舞場『おしん』にぜひおいで下さい!

                  輝 ☆彡 08.6.7


目に青葉、日本海、庄内の岩牡蠣 

 いやあ、公演が終わったら『おしん』の稽古に入るまでの1ヶ月は暇に任せてのんびりするつもりでいたが、何が何というほどのこともしていないのに、結構暇なしで、夜はへとへとで眠くなるし、朝は朝で、そうだあれの段取りを付けなきゃなどと早起きをしてしまう。
 とはいいながら、この間に山形へ2度の帰省。そして10月に出演する舞台公演の宣伝写真の撮影もあった。

 前もって役柄の説明も受けずに六本木の写真スタジオに入って、衣装さんから受け取った衣装が、何とルパシカ! !
 ルパシカとは、あのロシア民謡を歌うドン・コサック合唱団が着ている民俗服。袖がだぶついていて、腰に紐を結ぶビロードの服。最近は見かけることが少なくなったが、少し前まではロシア風居酒屋の亭主などが着ていたなあ。
 僕の役が、ルパシカを着るような役だったということは、10月の公演は相当なサプライズだなあ、きっと。共演者は誰だろう? お楽しみに ! !





 目には青葉・・・、山形は日本海の岩牡蠣が旬 ! ! 以前はその岩牡蠣を食べるだけのために5月に帰省したものだった。
 今年は思いがけず、その初物に山形市のレストラン『ムッシュ・サトウ』でであった。口いっぱいにほお張る大粒でプリプリとした歯ごたえ、そして弾力のあるのど越し。鳥海山の雪解け水がミネラルたっぷりの伏流水となって日本海の海底にわき出た、そこに育った天然の岩牡蠣。
  口から体全体に広がる甘さと海の香り。大地と海のエキスをもらった体は元気になる。理屈はいらない、ただ、うまい ! !
 しあわせな気持ちになる。

                 輝 08.5.24


庄内の宝 キノゴ頭の「余目の男」 

 音楽集団・上々颱風(しゃんしゃんたいふーん)のツインヴォーカルの一人で僕と同郷の白崎映美さんから、故郷山形県庄内地方で発行されている月刊誌「スプーン」の5月号が送られてきた。
 上々颱風は、心を癒してくれる素晴らしいハーモニーで、アジアを中心にした世界のエスニックサウンドを聞かせてくれる僕の大好きな音楽集団。



庄内平野の南東に横たわる出羽三山の主峰・月山(1984m)


 白崎さんは先月から「スプーン」に「上々颱風の歌姫、白崎映美のおばこエッセイ」連載を始めた。そして連載2回目となる5月号に、白崎さんは僕のことを書いてくれた。
 白崎さんは、書き上げた原稿に編集部がタイトルを付けた時から、そのタイトルでは輝さんが怒るのではないだろうか、きっと叱られると思ったらしく、庄内弁で何度も「タイトルが佐藤さんさ見せんながもっけだ(済まない)ようだなですが、ごげねで(怒らないで)読んでいただけますことをm(__)m」とメールをくれていた。だから、エッセイへの期待と同時に、どんなひどいタイトルなんだろうと不安を持ちながら、掲載誌が届くのを待っていた。

 白崎さんが心配していたそのタイトルが “庄内の宝 キノゴ頭の「余目の男」”。
 !? !? !? 何だこりゃ ! ?

 でも、本文を読んで納得した。
 キノゴは茸(キノコ)の庄内なまり。 “キノゴ頭の「余目の男」”は、白崎さんが僕と初めて出会った時に受けた僕の印象をストレートに表現した一節だ。(余目アマルメは僕が生まれた現・庄内町の旧町)
 「余目の男」は、白崎さんが観た、僕が4月に出演していた「ラ・マンチャの男」の題名に掛けている。そして、僕との出会いからその後の付き合い、「ラ・マンチャの男」のサンチョの感想を、彼女の言葉を借りれば「感激、感動、尊敬のキモヂを、庄内のひとがたさも伝えたいと」の思いで、切々と書いてくれている。中々文章も上手く、ユーモアにあふれた楽しいエッセイだ。

 僕のサンチョをこれほど喜んでくれたエッセイに感動し、僕も嬉しくてウルウルしながら下の感想メールを送った。(ご注意 白崎さんとのメールは急用以外は庄内弁表記です。また白崎映美さんのことは、白崎さんが歌っている「そうよあたいがエミリーよ」にちなんで、エミリーと書いています)

キノゴ頭の「余目の男」! ! だど ! ?
オラまんずおぼげで(驚いて)すまてぇ、早ぐ中味読まねばねど思たんども、読者の目どご引き付けるために編集者も中々ンメェ見出す付けたもんだの ! うん。
エミリーさん、もっけだがる事は何にも無え ! ! 感激、感動、尊敬の気持ぢにあふれた大した立派な名文だぞ ! ! v(^-^) 書かれた俺はこそばゆいんどものう。こげすて思ってもらって、オラうれすぐでありがででば ! ! (T_T)

                    輝 ☆彡 08.5.16


 白崎映美さんのエッセイ全文を読みたいなど興味をお持ちの方は下記編集部へお問い合わせください。
 SPOON編集部  酒田市京田2-59-3 コマツ・コーポレーション内
         0234-41-0070

 白崎映美さん出演 上々颱風 ライブ
  6月14日〜15日 世田谷パブリックシアター
  6月21日 大阪・能楽会館
  6月22日 神戸・酒心館
  7月5日 新宿・花園神社七夕コンサート
  お問い合わせ M&Iカンパニー 03-5453-8899


『おしん』の故郷 

 7月に出演する新橋演舞場『おしん』の物語りの舞台は、僕の出身地・山形県。
 おしんが生まれたのは最上川の上流の山村の設定だから、僕が生まれた最上川河口に近い庄内平野とは百数十キロ離れている。



佐藤 輝の故郷、山形県庄内平野。北にそびえる出羽富士・鳥海山(2236m)を庄内町から見る。田んぼには水が張られて田植え直前。
「高曇り鳥海五月田に溶けて 輝」


 連休の山形帰省の折りに、NHKテレビ小説『おしん』でおしんの生家のロケ地となった中山町岩谷を訪ねた。ここは山形市中心部から西に車で30分ほどの所。
 岩谷は、昭和55年に全村民が離村して廃村、現在は無人の村。





 実際にロケで使った家はその後倒壊し、現在あるのはロケの時にスタッフや出演者の控えの場所となった家。その内部に、撮影セットと同じような道具が置いてある。


 無人の村なのに、なぜか人のざわめく気配が感じられて、その方向に行ってみて驚いた。

 石段を登ると、小さな神社の境内にゴザを広げて旧村民の男たちが車座になって春祭りの最中だ。
 離村してからも、毎年5月5日にはこの山の神神社に集まり、祭りを祝っているのだという。奇しくもその日に、僕は来合わせたのだった。
 そして紹介されてその車座の中に『おしん』の定次として加わり、皆さんと乾杯をした。まるでおしんの村の村民になった気分。おしんのロケの時の話を聞き、7月公演の定次の役柄などを話した。





 帰りがけ、神社から数分と離れていない十八夜観音を通ると、観音堂が開いており村の女性たちが集まっていた。お参りすると、「まずまず食べなさい」とお菓子や赤飯のご馳走 !
 8月18日の観音様の祭りには山寺の山伏の火渡りもあるから是非おいでと、誘ってくれた。





  村があったころは伝統としきたりを守るために大事だった行事が、今は年2回、夏の祭りとこの春祭りで、散り散りになった村民のきずなを確認し合っている。

                 輝 ☆彡 08.5.13


2008年 

 明けましておめでとうございます。本年もどうぞよろしく、お付き合いください。
 皆さんにお一人お一人にとっても、健康でステキなことがいっぱいある1年でありますように! 
 
 7日にもなってから「おめでとう」はないだろうと言われそうですが、年末年始は、結構多忙でした。
 今も多忙ながら、ここで2008年の第一声を発しないと、応援してくださる皆さんに忘れ去られそうで、キーボードに向かっている次第で。(掲示板ではすでに新年の挨拶を交わしていただきました。ありがとうございました。)

 暮の26日に『チャングムの誓い』の千秋楽打ち上げを半徹でやって、(かつては徹夜もやったけど、半徹も本当に久しぶりです! ) 翌27日からは体のケアと、公演中でできなかった、世の中が年末休暇に入る前に処理しなければならないモロモロをネズミの如くに走り回りながら片付けて29日の夜に帰省した。
 30日は静かだったものの、31日は予報通りに雨から霙、夕方には本格的な雪になった。
 その中を、車で10分ほどの所にある市民温泉「ゆぴあ」に出かけた。
 玄関を入ったホールには、受付のほか、地元の特産品土産物を扱う売店があり広い食堂もある。玄関を入ると、コンニャク煮付けのダシの利いた醤油の良い香りが鼻をくすぐり食欲を刺激する。





 アイス、ソフトクリームコーナーで山形名物、玉コンニャクを売っている! 醤油がたっぷりしみ込み赤黒くなっている玉コンニャクを見たらもうたまらず、早速、4個を刺した一串を、100円也で買い、食いついた。もちろん、辛子をたっぷり塗ってもらった。

 この時、鍋の中で煮えたピンポン球ほどのコンニャクを串に刺す従業員の手際の良さにびっくりした。丸くてコロコロするコンニャクを木製のヘラに乗せて串を刺しているのだが、不安定なはずの平らなヘラの上でコンニャクが観念したようにぴたりと止まって安定し、すいっと串が刺さるのだ。つい見とれてしまった。
 しばらく見ていて、その技の秘密を発見した。醤油で黒く色づいたヘラの平らな部分の真ん中に、コンニャクの直径より少し小さな穴が開いていたのだ。その穴にコンニャクを乗せればコンニャクは安定し、刺した串も下まで突き抜けて次のコンニャクを刺すのに好都合、一石二鳥の穴だ。

 聞けば、穴の開いたヘラは玉コンニャク用の特殊なものではなく、市販されている物を流用しているのだと言う。そんなヘラが世の中にあるのは不思議だが、それを玉コンニャク用にと利用法を考えた人はエライ! そのヘラ、本当は何の目的で作られたヘラなのだろう?

 この温泉の風呂上がりには、地元特産のラ・フランス入りソフトクリームと決まっている。とろけるように、うまい!
 頭に雪を受けながら広い露天風呂にゆったりとつかって、過ぎゆく1年を思い返した。多くの人との新たな出会いの喜びがあり、思い掛けない辛い別れもあった。過去の出会いのすべてが僕を成長させ支えてくれる心の糧になっている。今の僕を作ってくれている。だれか一人が欠けていても、今の自分とは違う自分になっていたはずだ。かかわってくれたみなさんに、心から感謝している。
 長湯してほてった体からは中々汗が引かない。上気した顔でぺろりぺろりと食べるラ・フランスソフトクリームはこのシチュエーションにぴったり。ほてった心を鎮めてくれる。格別の味がした。





 元旦は物音ひとつしない静かな朝。
 明るさに気づいて外を見ると、雪。それも30センチもの新雪。電線もテレビのアンテナも雪で太くなっている。





 4月の『ラ・マンチャの男』公演に向けてサンチョをリフレッシュしに12日からスペインへ里帰りする予定で、その準備もあって、元日に東京へ帰って来た。
 最近の帰省はほとんどが自動車だったから、雪の山形を新幹線で走るのは久しぶりだ。
 赤湯温泉に近づくと、雪の原に白竜湖が黒々と沈んで見える。


 途中の米沢駅から積み込まれた、これも地元特産の米沢牛をつかった「すきやき弁当」を買うのが山形新幹線での楽しみの一つ。紐を引いてしばらくすると湯気が吹き出して、アツアツの弁当になる。これも楽しい。そして、やっぱりうまい!





 夜、近くの門前仲町にある深川・富岡八幡に初詣。
 今年は去年に続いて『チャングムの誓い』が2月、名古屋・御園座で公演。
 4月には帝劇で3年ぶりの『ラ・マンチャの男』。初日にはサンチョ出演450回になる。
 そして7月は、新橋演舞場であの『おしん』。初出演だが、僕が演じるいかだ師・定次は、おしんをいかだに乗せて酒田の材木問屋に世話したり、おしんの父親の最期に立ち会ってその枕元で民謡「最上川舟歌」を歌う、舞台では重要な役。
 朝鮮、スペイン、東北地方と神出鬼没の今年の舞台。面白い1年になりそうだ。「毎日が初日」の気持ちを大切にして、お客さんに楽しんでいただける演技をしたいと、心に誓った。





 今年も、僕を支えてくれのは皆さんのあたたかな応援です。どうぞよろしく、重ねてお願いいたします。

                  輝 ☆彡 08.1.7


髭(ひげ)剃り落とし 

 朝、東北地方が大雪に見舞われているテレビニュース。見慣れた故郷の山々も白くなっている。そこに住む、身内や知人友人の顔を思い浮かべた。

 バルコニーにある小楢のミニ盆栽が昨日の木枯らし1号で10枚ほどの小さな黄葉を散らし、細い枝先にこれも小さな冬芽をつけている。
 今朝、山茶花が今年の一番花を咲かせてくれた。

 5日から始まった『チャングムの誓い』の稽古は順調に進み、各場をほぼ二巡。セリフにかぶって音楽も入り、本読みの時には想像できなかった立体的な世界がテンポ良く見えてきて、稽古場に熱気が出てきた。どんどん変わっていくこの段階の稽古場は楽しい。来月3日の日生劇場初日まであと2週間。そろそろ全体を通す稽古にかかる。 

 カン・ドック役に合わせて8月から伸ばしていた髭(ひげ)だが、来年出演する舞台の宣伝写真撮影のために泣く泣く全部を剃り落とした。だから12月のカン・ドックは付け髭で出演することになる。『屋根の上のヴァイオリン弾き』の乞食のナフムも、『ラ・マンチャの男』のサンチョも、『子午線の祀り』の伊勢三郎も、どの役も自分の髭を伸ばして出ていたから、舞台での付け髭は僕の初体験だ。演技の最中に付け髭がはがれ落ちるアクシデントだけは、絶対に避けたいと願っている。あれは本人も辛いが、共演者は笑をこらえるのに必死、観客もハラハラドキドキでドラマそっちのけになってしまう。

 写真撮影をした出演予定の作品名などは未だ公表されていませんので、詳細発表はしばらくお待ちください。

                  輝 ☆彡 07.11.19


山形 monsieur Sato ムッシュ・サトウ 

 そんなわけで、今年も山形へ帰る機会が多くなった夏。
 でも、正月お盆の帰省と違い、友達に会ったり、ドライブを楽しむ余裕を持てないのがザンネンだ。
 その中で一番の救いは、おいしい食事に出会えること。
 どんなに余裕がなくても、食事だけはしないと体が持たなくなるし、心の安らぐ大事な時間だから、おいしい食堂やレストランをさがす。

 山形市にある「フランス風料理 monsieur Sato (ムッシュ・サトウ)」へ。
 「この時間なら間に合いそう」と、急遽予約して2度目のランチ。

 千歳山など緑濃い小高い山々が間近に見える山形県庁近くのあこや町。
 表通りから少し入っているので、初めての人には分りにくい場所だが、その靜かな住宅街の中に、白い瀟洒なレストランmonsieur Satoはある。
 数段の階段を上がり、鉢植えの花咲く玄関から案内されて、小部屋へのアプローチ。もう、料理への期待で鼻も舌もワクワクしている。
 テーブルには、自宅の庭で育てていると言う僕の大好きな真紅のバラ。奇麗に咲かせるのが難しいバラを、ここまで丁寧に育てている・・・。
 料理を作り客をもてなす細やかな気配りと花作りの心が重なって見える。


      


 「・・・・うーん、・・・うまい・・・・! 」
 じわぁっと、深く、奥行きのあるコクのある味わい、それでいてしつこくない上品な味が、舌の上でハーモニーを響かせる。言葉にならない幸福感で心が満たされる。



白身魚三種。


 このところ山形県内には素材を生かした個性的な店が増えて、帰省の楽しみの一つになっているが、素材を生かした上に手間ひまかけた上品で深い味わいを作りだしているmonsieur Satoの工夫には感動を通り越して脱帽する。



とろーりっと甘く上品なカボチャスープに続いて、今日は良い米沢牛が入ったからと、米沢牛ヒレステーキ!  食べる前からこんな顔に。柔らかな味と歯触りは、んっもう絶品 ! !


 このハイレベルな味は、素材の良さとレシピだけでは出せない、まさにシェフの感性が作りだした味と言える。シェフの感性が光っている。これこそが、本当に個性的なおいしさだ。
 混むほどには流行ってほしくないが、一番のお勧めレストランだ。



真ん中に山形特産のサクランボ、それも珍しい黄色いサクランボをアレンジしたデザート。フルーツ王国山形ならではの爽やかな甘みが口中にひろがる。



「monsieur Sato夫妻に拉致される佐藤 輝」に見えるが、夫妻の料理ともてなしに感謝感激、満足顔での記念写真。
ごちそうさまでした! !

    フランス風料理 monsieur Sato (ムッシュ・サトウ)
    山形市あこや町3-16-30 023-642-7995 月曜定休 要予約

                  輝 ☆彡 07.8.4


届きました ! サクランボ 

 今朝、山形から佐藤錦が届いた !





 あれだけ花が咲いたのに、暖冬が影響して実になる途中で落ちてしまい、不作になった今年のサクランボだそうだが、その分、とても甘味の濃い、まさに砂糖のような「佐藤錦」だ。





 昨日までの3日間、用事で山形に行ったものの、その時は通りがかりの果樹園で見事に鮮やかな紅色のサクランボを眺めて記念写真を撮っただけで、口には入れずに帰って来た。そのザンネンな思いを慰めるようにして、後を追って宅急便が届いた !





 これは先月、九州から届いた原酒「奄美黒糖焼酎 浜千鳥の詩」。なかなか手に入らないものだそうで、初めて飲んだ。
 38度をお湯割りにしてちびりちびりと味わうと、甘味のある深くまろやかな味が口中に広がって、脳裏に奄美のサトウキビ畑と紺碧の南の海の風景が浮かんだ。
 土地土地の特産品には、味わう喜びと一緒に、その土地を感じる楽しみがある。

                  輝 ☆彡 07.6.19





 
山形県・庄内地方・庄内町03年3月〜04年12月 05年2月〜06年6月 06年7月〜07年5月 07年6月〜08年12月 
09年1月〜10年1月 10年4月〜11年3月 11年3月〜6月 11年7月〜12月 11年12月〜12年3月 12年5月〜11月
 12年11月〜13年5月 13年8月〜14年7月 
14年8月〜16年7月  16年8月〜現在   山形県出身芸能人文化人 
           
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