俳優佐藤輝エッセイ「季語のある日々」10.17美しい日本
佐藤輝のエッセイ「季語のある日々」
2006年4月から2007年3月まで1年間にわたって山形新聞に連載。

2006年4月4日 ベランダは山形に地続き 4月18日 サンチョの生みの親-(上) 5月2日 サンチョの生みの親-(下)
5月16日 草笛を吹いたころ 5月30日 もみじ若葉の小倉山 6月13日 蒼き雨降る梅雨の入り
6月27日 二人のテルアキ 7月11日 星に願いを 7月25日 アクア・スプラッシュ 8月8日 夏の故郷
8月22日 夏草や・・・ 9月5日 一期一会の虫の夜 9月19日 高きに登る 10月3日 歳時記 10月17日 美しい日本 
10月31日 再生 11月14日 俳優への第一歩 11月28日 捨てる神あれば・・・ 12月12日 山茶花の散るや・・・
12月26日 一陽来復 
2007年1月9日 演劇の神様 1月23日 見果てぬ夢 2月6日 寒い朝 2月20日 暖冬に思う、寒さかな
              
3月6日 ハポンのサンチョ 3月20日 卒業

  2006.10.17掲載 美しい日本
  
 美しい日本
 
             佐藤 輝

 深まる秋、その変化の美しさに感動する。
 僕が嫌いなものは、ガキ大将、番長、いっちょかみ。つまりは、人を支配し仕切るヤツ。人を自分の好みに従わせようとする権力欲者。
 今年四月から、医療の診療報酬改定によってリハビリの大幅縮小が実施され、最も重い患者も、保険では最長180日での打ち切りが始まった。この現実に直面して、困っている患者と家族が多いと聞く。これで小泉内閣の改革とは福祉と弱者の切り捨てだったと、目に見える形ではっきりした。リストラと労働条件の悪化に加えて、まさに現代版の姥(うば)捨てだ。支持した人たちの責任も重い。当の小泉クンは安倍晋三新首相にバトンタッチして知らんぷり。
 人間の歴史は「自由」を求める歴史。演劇も文化もそこから生まれた。古くは飢餓、病気や災害からの解放。権力体制が整ってくると、支配体制からの自由を求める政治運動となり、いろいろな政治体制が試されてきた。
 「美しい日本」は、誰かに言われなくても、我々の前にある。それに、いくつかの外国を旅して、変わった自然と異文化は面白く大きな興味を持つのだが、暮らしやすい土地はどこだと考えると、日本ほど自然に恵まれ文化とのバランスがとれている国はないと言える。
 僕がここで言っている「日本」と「国」は、政治体制としての「国家」ではない。生まれ育った「故郷」を拡大した地理的概念としての広い地域をさした、国、日本列島だ。
 この「国」に対して誰もが抱く普遍的思いと、暮らしやすい日本の情緒的イメージに乗って、新首相は「国」を語りながら、政治体制としての「国家」を強く語り、実は自分の好みを国民に押し付けようとしている。
 戦後体制からの脱却とも言う。しかしあの高度経済成長も、平和を謳歌できたのも戦後のこと。脱却しなければならない基本的な間違いはない。明治維新後の国家体制の中で、特に軍国主義が個人の自由を束縛し国家に奉仕することだけを強いた時代、人々は忍従しながらも自由を求めた。そうした下地があったからこそ新憲法は歓迎され、戦後民主主義は根づき驚異的な経済成長があった。現行憲法が単に占領国から押し付けられたと主張するのは、大きな間違いだ。
 今、国民が政治に求めるものは、生きる希望を持って健康で安定した暮らしができる仕組みであって「しっかりと」しなければならないのは政治家。実感のない「感動した」が薄っぺらな言葉になってしまったように「美しい日本」や「しっかりと」の言葉の値打ちが落ちないことを願っている。
 8月15日に起きた加藤紘一衆議院議員の実家放火事件は、決して許されない、言論を暴力で封殺しようとした政治テロ。その背景には、ライブドア事件に顕著に見られた、小泉政治の力信奉の空気があった。その災難にもめげず、発言を続けるとコメントした加藤議員の姿勢を支持する。大事な政治局面で発言を期待される政治家は少ない。加藤議員はその数少ない政治家の一人、今後とも前向きに発言を続けてもらいたい。

  十六夜の野づら明るし影黒し  輝

俳優佐藤輝 撮影 東京、台風一過夕焼け
写真タイトル
野分きの後の夕焼けも「美しい日本」(写真・筆者撮影)
          
               2006.10.17 掲載



                   
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