俳優佐藤輝エッセイ「季語のある日々」07.2.6寒い朝
佐藤輝のエッセイ「季語のある日々」
2006年4月から2007年3月まで1年間にわたって山形新聞に連載。

2006年4月4日 ベランダは山形に地続き 4月18日 サンチョの生みの親-(上) 5月2日 サンチョの生みの親-(下)
5月16日 草笛を吹いたころ 5月30日 もみじ若葉の小倉山 6月13日 蒼き雨降る梅雨の入り
6月27日 二人のテルアキ 7月11日 星に願いを 7月25日 アクア・スプラッシュ 8月8日 夏の故郷
8月22日 夏草や・・・ 9月5日 一期一会の虫の夜 9月19日 高きに登る 10月3日 歳時記 10月17日 美しい日本 
10月31日 再生 11月14日 俳優への第一歩 11月28日 捨てる神あれば・・・ 12月12日 山茶花の散るや・・・
12月26日 一陽来復 
2007年1月9日 演劇の神様 1月23日 見果てぬ夢 2月6日 寒い朝 2月20日 暖冬に思う、寒さかな
 
3月6日 ハポンのサンチョ 3月20日 卒業


     2007.2.6掲載 「 寒い朝 」
  寒い朝
 
                       佐藤 輝

 4日立春、5日初午(うま)。そして試験の季節。
 初午の日、庭のお稲荷さんまで雪を踏んで道をつけ、赤いのぼりを立てるのが少年時代の僕の役目だった。鎌(かま)など農具の鍛冶(かじ)屋をしていた祖父・丑治は、農閑期に近郷の農家で商いながら、子供のころに身に付けた黒川能を教えて回っていたそうだから、農耕の神を祭るお稲荷さんも大事にしていたのだろう。そばには、昭和2年に謡の門人数百人がたてた、祖父の還暦記念の石碑がある。父も子供のころ、祖父から謡を仕込まれた。
 40年前、劇団俳優小劇場「新人募集」に応募した時の倍率は40倍。1次を通り意気揚々と2次試験にいくと「新人というには力が少したりない。そこで、皆さんが新人になれるように養成したい。養成所を開くから入所しないか?」との案内。好きな劇団だったが、詐欺にあったようで素直には入れず、それで一年間、映画出演と助監督の仕事をした。翌年は納得して受験、競争率十倍を通って養成所研究生40人の1人となる。
 俳優になれる条件は簡単。資格も学歴も要らない。格好いいか、芝居大好きか、演技がうまいか、このうちの一つに「超すごく」がつけば俳優に、なるだけはなれる。
 歌好きだった母は、裁縫で家計を支え、七人の子供を育てた。ミシンを踏みながら、場板に反物を広げながら、「庭の千草」「カチューシャの唄」や唱歌、「酒田船方節」などを次々と歌っていた。それを聞いて育った僕は、玄関を舞台にして、ゆかたに木刀、風呂敷をかっぱ代わりに「勘太郎月夜歌」を歌いながら踊った。芝居が大好きだった。
 高じて小学校1年の休み時間には教室で独演会。「あなたに貰った帯留めの だるまの模様がチョイと気に掛かる さんざ遊んで転がして・・」と西条八十作詞の流行歌「とんこ節」を大声で歌い、隣りの職員室から駆けつけた先生に大目玉をもらったこともある。
 中学の修学旅行で一番の感動は、浅草国際劇場のSKD「春の踊り」。ラインダンスの美しさ、着ぐるみコントのおかしさ、大掛かりな火事場の屋台崩しに目を見張った。
 酒田東高時代、2年の運動会ではでチャップリンの、3年で春組応援団長として大久保彦左衛門の扮装(ふんそう)をしてパフォーマンスに熱中、喜ばれた。授業中も演劇と映画の専門誌を読みふけり、市民会館で催される東京の劇団公演、歌舞伎、寄席、テレビの歌謡番組収録を、どれも見逃すまいとした。
 「北風吹きぬく 寒い朝も 心ひとつで 暖かくなる」(佐伯孝夫作詞)と吉永小百合の「寒い朝」を歌っては気を奮い立たせ、上京したのが春浅い43年前。
 1971年にフリーになって、仕事の場が広がる。余目出身の阿部義弘さんが製作した井上ひさし作「天保十二年のシェイクスピア」出演は新たな出会いをつくってくれた。山形県民会館で公演した時に僕に花束をくれた女性は、後に僕と結婚し一緒に劇団動物園を結成し、以後仕事と辛苦をともにしているし、共演した観世栄夫さん、金森勢さんの協力を得て劇団旗揚げ公演を成功させた。
 また、舞台美術家・朝倉摂さんの紹介で福田善之さんと知り合ったのもこのころ。福田さん作・演出の明治座公演「女ねずみ小僧」に弟ねずみ役で出演。小川真由美さん、緒形拳さんとともにねずみトリオを演じた。これが大劇場初出演となる。
 受験生の皆さん、さあアデランテ(前に) !

 探梅や海の香遠き汐見坂  輝

俳優佐藤輝 撮影 文京区湯島天神の白梅
写真タイトル
合格祈願の参拝客が見上げる、東京・湯島天神の白梅(筆者撮影)

          2007.02.06掲載分

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