俳優佐藤輝エッセイ「季語のある日々」07.1.23見果てぬ夢
佐藤輝のエッセイ「季語のある日々」
2006年4月から2007年3月まで1年間にわたって山形新聞に連載。

2006年4月4日 ベランダは山形に地続き 4月18日 サンチョの生みの親-(上) 5月2日 サンチョの生みの親-(下)
5月16日 草笛を吹いたころ 5月30日 もみじ若葉の小倉山 6月13日 蒼き雨降る梅雨の入り
6月27日 二人のテルアキ 7月11日 星に願いを 7月25日 アクア・スプラッシュ 8月8日 夏の故郷
8月22日 夏草や・・・ 9月5日 一期一会の虫の夜 9月19日 高きに登る 10月3日 歳時記 10月17日 美しい日本 
10月31日 再生 11月14日 俳優への第一歩 11月28日 捨てる神あれば・・・ 12月12日 山茶花の散るや・・・
12月26日 一陽来復 
2007年1月9日 演劇の神様 1月23日 見果てぬ夢 2月6日 寒い朝 2月20日 暖冬に思う、寒さかな
 
3月6日 ハポンのサンチョ 3月20日 卒業
 

     2007.1.23掲載 見果てぬ夢
 見果てぬ夢
 
                       佐藤 輝

 あわてた。ロケ現場に着いてもう撮影が始まるというのに、自分のセリフを覚えていないし台本もホテルに置いて来たまま。台本を取りに戻ろうとして大声で「マネージャー ! ホテルへ、ホテルへ」と叫んでいる自分の声で目が覚めた。夢と知ってほっとした。初夢だったら、宝船を川に流しに行くところだった。オーケストラのメンバーにこの話をすると、演奏家は自分の楽器を電車に置き忘れた夢を見ると言う。職業意識は夢にも現れる。
 辞書風に書くと「俳優・役者」とは演じることを「職業」とする人。つまり食べるための仕事として演じていることになる。演じることは同じでも、職業としていないアマチュアの場合「俳優・役者」とは言わない。
 日本では、看板や組織のある伝統芸能の役者でもない限り「俳優・役者」として生きていくのはとても難しい。それができるのは観客の支持を得た演技者だけ。しかし観客の目は厳しい。その観客を引きつけ納得させられるのは、全人格・全人生をかけた嘘(うそ)のない演技のみだ。生身の肉体をさらして表現する舞台の演技には、その俳優の心と肉体の今の状態がモロに出てくる。だから演技を職業とすることは、日々自分を磨き、今の瞬間を真剣に生き続けることだ。
 渋谷にあって僕が所属した劇団俳優小劇場は、教会でギリシャ悲劇を上演する一方、話芸を生かした一人芝居を「新劇寄席」として公演したり、演劇の可能性を求めて新しい試みを次々と舞台化し、柔軟で突出したエネルギーを持った劇団だった。稽古(けいこ)の合間には先輩たちとギターを弾きながらフォークを歌った。ここで僕は多くの体験をし、俳優としての財産をもらった。劇団員の小沢昭一さんが追求していた放浪芸の系譜は、新劇に伝統芸能を取り込む走りとなったが、これも僕がもらった財産の一つ。しかし、先輩に露口茂、山口崇、養成所の後輩に伊武雅刀、田村亮、風間杜夫などを擁した劇団は一九七一年に解散。僕はフリーになった。
 俳優に月給はない。必要とされた時に結果を出さなければギャラはもらえない。俳優として生きるために、演技者として出演の声がかかれば、ジャンルを問わずどんな仕事にもどん欲にトライした。喫茶店で、ギターの弾き語りをしたのもこのころ。工夫してベストを尽くせばそこは修業の場ともなり、得た経験が次の仕事で生かされる。その繰り返しと積み重ね。続けることが力と財産になった。
 劇団から受け継いだ財産は、黒川能や黒森歌舞伎など庄内の民俗芸能や昔話などの研究につながる。さらにそれらをまとめて自分の表現とするために、早稲田大学に聴講生で入り、民俗芸能研究の第一人者本田安次教授について二年間学んだ。その成果は、昔話と民謡による「むかし・まつり」の構成となり、演技に生かして「ろば」の語り芸となり、それが「子午線の祀り」で評判となった伊勢三郎の長ゼリフへ発展し、今日に続いている。
 「見果てぬ夢」は「ラ・マンチャの男」の中の好きな歌。「夢は稔り難く 敵は数多(あまた)なりとも 胸に悲しみを秘めて 我は勇みて行かん 道は極(きわ)め難く 腕は疲れ果つとも 遠き星をめざして 我は歩み続けん」(ジョー・ダリオン作詞、福井峻訳詩)
 夢を持つことは誰にもできる。尊いのは、大きな夢の実現に向かって歩み続ける姿勢。そのエネルギーがその人を輝かせる。

  冬服に日向のにおい持ち帰り  輝

俳優佐藤輝 撮影 ミュージカル『ラ・マンチャの男』サンチョ・パンサ
写真タイトル
スペインラ・マンチャ地方の民家の風見。ドン・キホーテが胸を張って風に向かっている (筆者撮影)

          2007.01.23掲載分

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