俳優佐藤輝エッセイ「季語のある日々」6.13蒼き雨降る梅雨の入り
佐藤輝のエッセイ「季語のある日々」
2006年4月から2007年3月まで1年間にわたって山形新聞に連載。

2006年4月4日 ベランダは山形に地続き 4月18日 サンチョの生みの親-(上) 5月2日 サンチョの生みの親-(下)
5月16日 草笛を吹いたころ 5月30日 もみじ若葉の小倉山 6月13日 蒼き雨降る梅雨の入り
6月27日 二人のテルアキ 7月11日 星に願いを 7月25日 アクア・スプラッシュ 8月8日 夏の故郷
8月22日 夏草や・・・ 9月5日 一期一会の虫の夜 9月19日 高きに登る 10月3日 歳時記 10月17日 美しい日本 
10月31日 再生 11月14日 俳優への第一歩 11月28日 捨てる神あれば・・・ 12月12日 山茶花の散るや・・・
12月26日 一陽来復 
2007年1月9日 演劇の神様 1月23日 見果てぬ夢 2月6日 寒い朝 2月20日 暖冬に思う、寒さかな
 
3月6日 ハポンのサンチョ 3月20日 卒業
        
    
 


      2006.6.13掲載「蒼き雨降る梅雨の入り」

 蒼き雨降る梅雨の入り      
 
                      佐藤 輝

 僕は大の竹の子好き。
 東京では桜が咲きだすころから熊本産、和歌山産、やがて靜岡産と出回る。花見には竹の子汁が欠かせない。我が家では、竹の子と大きめに切った生揚げ、鰹節のダシに酒粕を入れた味噌味というシンプルなお袋の味。
 一ト月前、仕事で京都へ出かける時にはまだ八百屋に出ていたから安心していた。だが帰って来た東京では、もう生の竹の子が見当たらない。ああ、もう一度今年の竹の子を食べたかったなと思っているところに水曜日の早朝、庄内に住む兄から電話が来た。兄の所は火曜日の新聞夕刊が翌日の朝刊と一緒に配達されるそうで、隔週水曜日の朝にはこのエッセイ「季語のある日々」を読んでの感想の電話が兄から来る。普段は舞台公演に体調を合せて夜型の生活リズムだから、失礼ながら寝ぼけ声で電話に応答。
 感想を聞いているうちに徐々に頭が回転し、以前、兄が竹の子を送ってくれたことを思い出した。とたんに声も目覚めて、今がチャンスとすかさず竹の子をおねだりした。
 2日後、張りのある皮に包まれた庄内の竹の子が届いた。鍬で掘った切口のみずみずしさは東京の店先ではまず見られない。それと庄内米、好物の茗荷の粕漬なども一緒に。
 いそいそと記念の写真を撮ってから、直ぐに竹の子を茹でた。その夜は家人の手料理で、竹の子汁、若竹煮、豚肉との煮付、そしてベランダから摘んできたサンショの若芽をのせた竹の子ご飯、故郷から届いた竹の子のフルコースを味わう。当然庄内の吟醸酒もついて、今年の竹の子の食い納めに十分満足した。
 故郷で、焼いたクチボソガレイを食べた後、きれいに食べて骨しか残っていないと驚かれ笑われる。でも、こんなに新鮮で美味い魚をいつまた口に出来るか分らないと思うから、一片も残す気にはなれない。自分が死ぬときに「あれが美味しく食べた最後だったな」と思うかも知れないほどの美味しさだから。
 山形は何と美しい自然と四季の変化に包まれ、その恵みの食材に溢れているのだろうとつくづく思う。宝の山だ。住んでいた頃は、これが余りにも日常的にありふれていたので、どこの土地も同じようなものだろうと思っていた。離れて暮らしている今、故郷への熱い思い入れ部分を差し引いても、山形は住みやすさも含め世界に類の無い黄金郷だと思う。
 サンチョを演ずる僕にとって、スペインも心の故郷。今の季節、アンダルシアは冬の曠野から一変してひまわりの花盛り。光あふれる大海原のうねりのように幾重にも続くひまわりの丘が、見渡すかぎり黄色に染まっていることだろう。この壮観に魅かれてスペインを訪れる観光客も多い。
 旅人として見れば、どの土地の景色も文化も珍しく面白い。しかしそこは「乾いた大地」を意味する「ラ・マンチャ」、夏の気温が五十度を越えることもあるアンダルシアなど、厳しい自然の中に人々は生きている。

   並木道蒼き雨降る梅雨入りかな  輝

俳優佐藤輝 撮影 ミュージカル『ラ・マンチャの男』サンチョ アンダルシアひまわり畑
写真タイトル
丘の先の先までもアンダルシアのひまわり畑(筆者撮影)

               2006.6.13掲載分

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