俳優佐藤輝エッセイ「季語のある日々」07.3.6 ハポンのサンチョ
佐藤輝のエッセイ「季語のある日々」
2006年4月から2007年3月まで1年間にわたって山形新聞に連載。

2006年4月4日 ベランダは山形に地続き 4月18日 サンチョの生みの親-(上) 5月2日 サンチョの生みの親-(下)
5月16日 草笛を吹いたころ 5月30日 もみじ若葉の小倉山 6月13日 蒼き雨降る梅雨の入り
6月27日 二人のテルアキ 7月11日 星に願いを 7月25日 アクア・スプラッシュ 8月8日 夏の故郷
8月22日 夏草や・・・ 9月5日 一期一会の虫の夜 9月19日 高きに登る 10月3日 歳時記 10月17日 美しい日本 
10月31日 再生 11月14日 俳優への第一歩 11月28日 捨てる神あれば・・・ 12月12日 山茶花の散るや・・・
12月26日 一陽来復 
2007年1月9日 演劇の神様 1月23日 見果てぬ夢 2月6日 寒い朝
 2月20日 暖冬に思う、寒さかな 
3月6日 ハポンのサンチョ 3月20日 卒業

      2007.3.6掲載 「 ハポンのサンチョ 」
   ハポンのサンチョ

                    佐藤 輝

 弥生(やよい)3月、春うらうら。近くの並木の白木蓮(はくもくれん)がぽっ、ぽっ、と咲いた。
 僕は62年前の3月10日、軒先を越す大雪の朝に生まれた。猛吹雪の中を産婆(さんば)さんが駆けつけた時、すでに一人で生まれていて、母のそばでにっこりしていたという。この日、10万人が死んだ東京大空襲。つまり、62歳になるのだが、気持ちはまだまだ50代のまま、来年の稽古(けいこ)のことなどを考えている。
 スペイン(エスパーニャ)は実に面白い魅力あふれる国だ。その特色は、イスラムとヨーロッパの文化の融合。フランスの南に横たわるピレネー山脈を越えたら(本当はスペインなのだが)そこはアフリカだ、といわれるのは、単に気候風土だけではなく、文化についての表現だ。
 スペインは世紀初頭から約800年間、北アフリカから侵入したイスラム教徒のモーロ人によって侵略された歴史をもっている。このイスラム支配は、我々日本人がイメージする他のヨーロッパ諸国とは大きく違う特色ある文化を育てた。今は、当時の建造物が世界遺産となって世界から観光客を集めている。イスラム王が去ったあとも文化は残って融合し、ムデハル様式建築を生み、芸術家に刺激を与え、更にガウディーなどのモデルニスモへと発展した。スペインの伝統料理として知られているパエリヤも、とろりと甘いお菓子のマサパンも、イスラムがもたらしたもの。
 アラビア語の「乾いた大地」を意味する「ラ・マンチャ」地方は、首都・マドリーの南に広がる平原地帯。ここに生まれた物語が「ドン・キホーテ」。1605年に出版されて爆発的な人気を博し、現在、作者・セルバンテスはヨーロッパ通貨エウロのコインの肖像となり、夢を追って冒険の旅をするキホーテと従者のサンチョ・パンサはスペインで最も有名な国民的人物となっている。
 ミュージカル「ラ・マンチャの男」は、セルバンテスとキホーテを主人公にした作品。1965年にニューヨークで初演され、日本では69年から松本幸四郎さん主演で公演、千回を越えている評判の舞台だ。
 僕は95年の公演にサンチョ役で初出演することになり、役作りのため、94年の秋に一人でラ・マンチャ地方を訪ねた。
 村々の入り口にはキホーテとサンチョのモニュメントが立ち、虚構であるはずのキホーテの思い姫・ドルシネア姫が住んだ館があったり、人々はまるで400年前の物語の世界に暮らしているように見えた。キホーテとサンチョのことを自分のアミーゴのように語り、ラ・マンチャを誇りにし、自分たちの土地を熱く語ってくれる。みんなが観光案内人。
 物語の中でもっとも印象的な場面となっている風車との戦いのモデルになっているのは、カンポ・デ・クリプターナの風車。10基の風車が立つその丘を平原の先に見つけて、僕の胸はサンチョの気持ちになってふるえた。
 観光案内所のホセに名刺代わりに公演チラシを渡すと、彼は興奮して「ラ・マンチャ! ここ、ここの物語だ!」と喜び、いつ、どこで公演するのか、と矢継ぎ早に聞いてきた。「来年、ハポン(日本)の東京で」と答えると彼は絶句し、信じられない顔をした。彼には「ドン・キホーテ」が東洋のハポンで演じられているなど、とても想像できないことだった。しかもサンチョを演じるアクトール(俳優)が、遠いハポンからわざわざラ・マンチャを体感しにやって来たとは! 彼は感動し「ハポンのサンチョ」をアミーゴとして大歓迎してくれた。それ以来、僕は公演のたびにラ・マンチャへ帰省している。
 来年春の帝国劇場公演に備えて、7回目の帰省の予定を、心うきうき立てている、春。
(文章の内容上、スペイン語はスペイン語読みの表記にしました)

 春うらら夢の中なる稽古かな 輝

俳優佐藤輝 ミュージカル『ラ・マンチャの男』サンチョ・パンサ
写真タイトル
帝劇「ラ・マンチャの男」松本幸四郎さんのドン・キホーテと、筆者・佐藤輝のサンチョ(写真提供・東宝演劇部)

          2007.03.06掲載分 
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