俳優佐藤輝エッセイ「季語のある日々」10.31再生
佐藤輝のエッセイ「季語のある日々」
2006年4月から2007年3月まで1年間にわたって山形新聞に連載。

2006年4月4日 ベランダは山形に地続き 4月18日 サンチョの生みの親-(上) 5月2日 サンチョの生みの親-(下)
5月16日 草笛を吹いたころ 5月30日 もみじ若葉の小倉山 6月13日 蒼き雨降る梅雨の入り
6月27日 二人のテルアキ 7月11日 星に願いを 7月25日 アクア・スプラッシュ 8月8日 夏の故郷
8月22日 夏草や・・・ 9月5日 一期一会の虫の夜 9月19日 高きに登る 10月3日 歳時記 10月17日 美しい日本 
10月31日 再生 11月14日 俳優への第一歩 11月28日 捨てる神あれば・・・ 12月12日 山茶花の散るや・・・
12月26日 一陽来復 
2007年1月9日 演劇の神様 1月23日 見果てぬ夢 2月6日 寒い朝 2月20日 暖冬に思う、寒さかな
           
3月6日 ハポンのサンチョ 3月20日 卒業
 
  

  2006.10.31掲載 再生
  
 再生

                       佐藤 輝

 来週はもう立冬。ベランダで今も時折花を咲かせ、目を和ませてくれているのはおじぎ草。ねむの葉と同じく、指で触れると葉を閉じる。今年のおじぎ草には苦労をかけてしまい、枯れたのではないか、もう花が咲かないのではないかと心配した。だから8月末の朝に、5つの淡いピンクの花が咲いているのを見つけた時は、ことのほかうれしかった。
 7月中旬、天童に住む義父が倒れたと連絡があって急ぎ駆けつけたが、その時、おじぎ草は他の鉢たちと一緒に風呂場に避難させた。1週間後に帰宅すると、あんなに勢いの良かったおじぎ草の葉は閉じっぱなし、やがてぽろぽろと枯れ落ち、羽抜け鶏のような姿になった。かすかに残っていた緑に望みをつないだ。そして一週間後の再度の帰省の時から一緒の旅が始まり、夏の間に東京と山形を車で3往復、2500キロの旅をした。その長旅にも耐え、あの惨たんたる姿から良くぞ回復再生して可愛い花を咲かせてくれたと喜んだ。
 僕の感性や辛抱強さは、自然崇拝と生まれ変わりを基にした出羽三山信仰の影響を受けた庄内の民俗と、風土にはぐくまれた、と思う。特に生まれ変わり、再生の感覚は、同じ役であっても、毎日新鮮な思いで演じる俳優の感性を支えている。
 すぐ上の兄が大学受験の勉強をしていた夏だったから僕は11歳、小学校5年の時に初めて羽黒山に登った。カラリと晴れた特に暑い日で、なぜか母の小言がうるさい日だった。兄は何を思ったものか、握り飯と熟れたトマトを二つ持って、僕を自転車の荷台に乗せ、余目から羽黒山を目指した。乾いた砂利道を、手向の隋神門までおよそ20キロ。藤島を通り、三ケ沢から手向への上りにかかる坂道で一息つき、平野を眺めながらトマトを食べた。
 羽黒山はそれまで、日常の風景として眺め、毎年暮れになると松の勧進がやってくるだけの山だったが、直接神の山に対面したとき、言葉にならない重い衝撃を受けた。隋神門をくぐって入った神域の、老杉の林、こけむした五重の塔、それらの重さ、荘厳さ、静かさに圧倒され、子供心にも自然に宿る力を感じた。油こぼしの坂の別名がある二の坂の茶屋で出された、茄子と油揚げのみそ汁のうまさと共に印象深い。以来、民俗芸能の要素も含めて羽黒山には魅力と親しみを感じ、7月の花祭、大晦日の松例祭など何度となく登っている。松例祭の記録映画を撮り、結婚式も羽黒山で挙げた。
 酒田大火から30年。広い焼け跡と、火元が映画館「グリーンハウス」だったことに大きなショックを受けた日を思い出す。今、復興した市街地を見る時、あらためて、被災された皆さんの恐怖とその後の苦労を思う。
 柳小路にあった洋画専門の「グリーンハウス」は、当時の若者にとって、外国文化を吸収する世界に開かれた窓だった。多くの人たちに夢を与え地域文化に大きな貢献をした。僕も酒田東高時代にここで多くの映画を観て、外国への夢をふくらませた一人。回転扉を押して入った館内には洒落た異国の空気があった。グレン・ミラーのムーンライト・セレナーデと共に場内が暗くなりドレープカーテンが開いて上映が始まる。あの瞬間の胸のときめきがよみがえる。いつか、「グリーンハウス」が果たした文化的意義が評価され、その精神が再生されることを願っている。

  一村を浮き島にして霧の海  輝

俳優佐藤輝 撮影 おじぎ草
写真タイトル
再生したおじぎ草のかれんな花に心和む(筆者撮影)

               2006.10.31 掲載分

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