俳優・佐藤 輝-41

あそびごころの 佐藤 輝の世界 俳優・佐藤 輝 - 41
2017年10月〜11月分

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2017年10月〜11月


山形 レストラン パ・マル 

 北国から初雪の便りが聞かれるようになって、慌ただしく山形へ帰省。

 快晴の青空を背にした日陰に、ピンクの椿が。







 レストラン パ・マルが山形市に新規開店した ! !







 天童市で11年間「ビストロ パ・マル」として新感覚の個性あるフランス料理を提供してきた村山優輔シェフが満を持して新規開店した「Restaurant Pas Mal」







 外壁の白さとは対照的に、店内はぐっと渋く白と黒でまとめられた大人の雰囲気の洒落た世界。

 1階は村山シェフの研ぎ澄まされた感性と包丁さばきがシャープに躍動するキッチン、それを真っ正面から見ることができるカウンター席。
 2階は明るいガラス窓から前の通りも見えるテーブル席。シェフの弟・村山竜章さんがフロアを仕切っている。

 僕は1階カウンター席で、期待の、シェフお任せランチをたっぷりと楽しんだ。







 舌に、とろりっさらさらととろけるように、かすかな海の良い香りを運んでくれる「はまぐりの洋風茶わん蒸し」。

 う〜んッ ! 一発目はこう来たか ! うまい ! !







 一見、日本料理かと思わせながら、するっと躱して、意外な地中海の旅。
 じっくりと舌と歯とのどで味わう。味わう。







 ウニのコンソメジュレ ! !

 11年近く前に「ビストロ パ・マル」で初めて食べた時の感動がよみがえった、うんッ ! ! もぅ ! ! !
 これもとろける磯の香たっぷりのふくよかな味。







 顔がどんどん・・・・。







 このエビが入った香ばしい網の下には、ほっこらほくほく、身の厚い魚のソテェが、ボリュームたっぷりで。
 地中海をイメージしながら、ただただ口いっぱいの満足感、仕合せ感 !

 それにソースが美味いから、パンもぺろり。  







 これ? フランス産鴨モモ肉のコンフィ。

 味覚の旅は地中海からプロバンスの沼地へ。

 もう、何の言葉も出て来ない。
 しこしこじんわ〜りと微妙に奥深い味が出てくる歯ごたえの良さ。
 飲み込む時ののど越しの快感も。

 このソースも ! で、パンのおかわり ! !







 デザートはココナッツのブランマンジェ。

 たっぷりの砂糖を入れたエスプレッソの苦味がココナッツ味を引き立たせ、また、料理の味わいをリフレーンしてよみがえらせてくれる。







 ああ、極めようと追求する姿勢と求める感性と手の技と、それがこの一食に集約された究極の一皿 ! !

 村山シェフがこれからも更に技を極めて活躍の世界を広げて行くのは間違いない。
 次の機会も楽しみに期待している。

 山形行ったら、是非ともレストラン パ・マルへ。絶対お勧めです !


 思い出すだけで、口の中にあの味わいがよみがえって来る !




レストラン パ・マル Restaurant Pas Mal 問合せ・予約 070-1143-8080



 山形へ急ぎ帰ったのは、自動車のタイヤをノーマルからスタッドレスに履き替えるため。

 冬がそこまで来ているのに、秋の大イベントをまだupしていなかった ! 急がねば ! 間に合うかな?

                   佐藤 輝 ☆彡 2017.11.14



酒田ゆかりびと交流会 吉祥寺 

 11月3日。
 酒田市の姉妹都市・武蔵野市で1年ぶりの酒田市主催の会。

 丸山酒田市長をはじめ、田中商工観光部長、司会進行も担当した宮崎観光振興課長と多くの市職員、酒田北前大使など30名ほどが集まって酒田市の近況とこれからの行事予定などを聞き、故郷の「芋煮」を食べながら情報交換をして有意義な時間を過ごした。




丸山酒田市長と佐藤輝、高校の先輩後輩にあたる。



 僕は隣町・庄内町余目の出身ながら酒田市にある高校を卒業した縁で「酒田北前大使」という観光大使に前市長の時代から委嘱されている。

 丸山市長は前市長の急逝を受けて市職員から市長選に立候補して当選、それからは次々と新しい酒田市のあるべき未来像を打ち出して積極果敢に事業を進めている。
 その積極性が評価されて全国の活動的な首長の一人に選ばれたばかり。




左から田中商工観光部長、白崎商工会議所専務理事、丸山至市長、佐藤輝、宮崎観光振興課長。



 会の手締めは白崎商工会議所専務理事。

 田中商工観光部長が「酒田市独特の酒田手締めがありますのでそれでお願いします。」と酒田甚句「ほんに酒田は良い湊、繁盛じゃ、おま・へん・か」を歌いながら拍手をパン・パン・パンと打って手本を示してくれた。
 開場入口付近で様子を見ていた二人の女性職員が、正しくはこうだと手拍子。そこでこの二人が前に呼ばれて、正しい酒田手締めの手本を披露。
 そこで全員で練習をして、全員が納得したところで、目出度く酒田手締めで盛りあがって会を閉じた。 

 とても前向きで楽しい会に参加することができた。

 故郷が元気になって欲しいといつも願っている。
 何か手伝いできることがあれば協力を惜しまないと握手して、再会を約束した。

 地域文化の盛りあがるエネルギーが僕たちの未来への夢を大きく育んでくれた。
 酒田は古くから市民自治を基にした経済と文化活動で発展してきた、自由で開放された地域。
 地域住民の幸せのためにも、若者たちの将来への希望のためにも、あのエネルギーが今の時代に復興されることを切に切に願っている。

                   佐藤 輝 ☆彡 2017.11.5



紺碧、白波、夏真っ盛りの庄内浜 

 くらげを堪能したゆったり気分で鶴岡市加茂の水族館から日本海沿いに北へ。







 途中、波打ち際の温泉で知られる湯野浜温泉を通過した。

 ここも矢張り、小学校の遠足で来たところ。
 大きな温泉公衆浴場に芋洗いのようにわいわいとにぎやかに入った後で、昼食に丸々と太った大きないわしが一匹丸ごと入ったみそ汁を食べた思い出がとても印象深く残っている。

 ずいぶん前に廃線になってしまったが、子どもの頃には、国鉄鶴岡駅から庄内交通の電車に乗り換えて湯野浜温泉にやって来たものだった。
 平野から善宝寺を過ぎると砂丘の松林を越えるのが趣があって好きだった。

 長じてからは、両親への感謝を込めて共に過ごした一泊もあったし、日本海からの波しぶきまじりの風の咆哮を一晩中聞きながら過ごした冬の庄内ロケのこともあった。

 温泉の集落から北、庄内砂丘の松林を貫く道を北へ。

 庄内空港滑走路下をトンネルで横切って間もなくの集落・酒田市浜中。
 安部公房の小説「砂の女」のモデルとなった砂丘の村。


 幼い頃から庄内浜の十里塚や由良の浜で家族とキャンプを楽しんだし、東京に住んでからも夏の帰省の時にはしばしば海水浴をした。そして、自分でテントを持った40年前からは、今は「浜中あさり海水浴場」と呼ばれているこの浜中海水浴場でキャンプをすることが多くなった。

 去年も一昨年も、この浜でキャンプをした。

 長期予報では3日続きの晴れ間があったので、今年もこの浜でキャンプと海水浴を楽しむつもりでテントを新調したのに、予定直前になって一泊二日ができる雨の降らない時間が予報からなくなってしまった。
 残念ながらキャンプは断念、水族館なら天気は関係ないと今日の加茂水族館見学になったのだった。







 それが、この快晴 ! !

 新調したテントは置いてきたけど、車にはサンシェードテントと折畳みフットレスト付きリクライニングチェアーがちゃんと載っていた ! それに水着も ! !

 そして着いたのがこの美しい紺碧と白波の浜中の海。

 今年の浜中の海は、子どもの頃に泳いだ庄内浜の海のように色鮮やかに蒼く澄んでいて、久しぶりに大きな白波が寄せていた。







 日よけテントの中の気持ち良さ。

 打ち寄せる潮騒が、風に乗ってテントの中を吹き抜ける。

 うとうとしながら、子どもの頃に家族と過ごしたキャンプ(あの時食べたもずくの酢の物が美味しかったこと)、
 兄貴たちが村の中学生たち全員を引率してリヤカーを引いて行ったキャンプ(世の中みんなが貧しい時代、おかずが味噌と梅干しだけだったこと)、
 テントから海までの間の砂丘が陽に焼かれて裸足の足裏が熱くて熱くて飛ぶようにして走ったキャンプ(登っても登っても足が引っ張られて登れない砂丘の高さだったこと)、
 村中の人たちが馬車に乗ってゆったりゆったり行ったキャンブ(みんなで地引網の引き上げを手伝って、お礼に分けてもらった小さな鯵を浜で焼いて食べた時の香ばしくて美味かったこと)、
 初めて買った大型テントでのキャンプ(70歳を越えた母も泊まって、初めて借りて着たヨットパーカーをとても喜んでいたこと)、
 兄貴ファミリーとBBQと花火を楽しんだキャンプ(三人娘と揃って夕暮れの海に入った兄貴夫婦の笑顔の嬉しそうだったこと)など、
65年以上も前からの庄内浜でのキャンプのエピソードを鮮明に次々と思い出していた。







 今年も、この浜中の海で故郷・山形の夏を体いっぱいに感じることができた。


 天気予報に出ていた数10%の降水確率はどこかへ消えた。


 夏の青空に夏の雲が立った庄内平野を朝来た道を走って生家の菩提寺へ墓参り。両親と兄嫁に、お蔭様で無事でいることを報告。







 2年前に亡くなった6つ年上の兄貴の墓にも墓参して、丁度お盆帰省していた三人姉妹とその家族と一緒に、浜中キャンプの思い出などを語り合った。







 この兄とは子どもの時から、本当に多くの思い出につながる時間を共に過ごしてきた仲だった。

 上京するたびに故郷の酒や米などのお土産を両手に下げてわが家に寄ってくれたし、ファミリー旅行の途中にも家族みんなで立ち寄ってくれた。

 1990年台からは僕が出演した舞台の多くを、東京はもちろん、遠く大阪までも夫婦で観に来てくれた。
 そこで初孫誕生の知らせを受けて、お祝いの乾杯をして喜び合ったのもついこの間のことだったように思い出される。

 それらの舞台公演の思い出として、兄は自宅の玄関ホールの壁一面に公演チラシを貼っていた。それを毎日ながめながら、兄は僕の活躍を願ってくれていた。

 初めてその様子を見た時、これだけの枚数の多いボリュームとそれを一枚一枚手間をかけて貼ったであろう兄の思いやりの深さに僕はのけ反るほどにびっくりし感動した。







 兄が急逝してあっと言う間に過ぎた2年、兄の思いを受け継いで壁に貼られたチラシをそのままにしてくれている兄嫁にも心から感謝した、今年の夏。

 今年は天候不順で叶わなかったが、また、兄嫁と三姉妹ファミリーと一緒にキャンプをしたいと思っている。



                 



 2017年夏の〆(しめ)は、住んでいるマンションの夏祭り。

 自治会役員になっていても中々顔をだせないでいたが、この日は何とか参加できた。







 生ビール、かき氷、ポップコーン、焼きそば、焼きフランクフルト、それに僕が担当したお楽しみ袋。

 このお楽しみ袋は、子どもたちがを抽選して引き当てた番号の付いた駄菓子を詰め合わせた袋をもらえると言うもの。

 番号が出ると、何番が出ても明るく声を張り上げて「大当たり〜ッ ! !」
 続けて手拍子に合わせて「ヨヨ良い ! ヨヨ良い ! ヨヨ良い 良いッ ! !」と手締めして お楽しみ袋を渡した。
 これに子どもたちは大喜びになり、1年生が4人も店側の手伝いに入って来て更に盛り上がって、楽しく幕を閉じた。

 片付けをした後の役員打ち上げで、会長が役員に馴染のない僕を皆さんに「俳優の佐藤さん」と紹介してくれた。
 あらためて自己紹介した後、俳優と紹介された手前、「ラ・マンチャの男」について話し、「見果てぬ夢」をアカペラで朗唱した。

 皆さん、一瞬静寂の後、大きな拍手をしてくれた。
 僕がサンチョを演じた「ラ・マンチャの男」を観たという役員は「感動して鳥肌がたった」との感想。

 役員打ち上げも盛り上がった、気持ち良い夏祭りの〆だった。

                   佐藤 輝 ☆彡 2017.10.29






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