くちなしの香の蠱惑
ポッと音を立てて咲いたようなくちなしの純白の花。
夜の闇を蠱惑の芳香で満たしている。
17日に咲きだしてから毎日新しい花を開いている。
輝 ☆彡 2012.6.30
不忍の池をめぐりて・・・美と食を
上野の東京都立美術館の改装工事が終わって3年ぶりにもどって来た日本板画院展を17日に見に行った。
美術館入口に展示してあるこの大きな銀の玉を見ると、ついつい幼心が刺激されて、行くたびにこんなポーズをとっている。
美術館にはこの後ろにある長い階段を降りないと入れなくて、足腰の弱い人は難儀をしていたが、改装によってここにエスカレーターが取り付けられていた。
山形県長井市在住の版画家菊地隆知さんとは、菊地さんが東京で初めて個展を開いた時に、僕が山形で持っていたラジオ番組の中で取材をしたことが切っ掛けで、以来39年のお付き合いになる。新宿コマ劇場のすぐ近くにあった、1階がたばこ屋で地下が画廊の「カドー画廊」を鮮明に思い出す。
この個展の会場で紹介されたのが、やはり版画家の井上勝江さん。
その後、日展で受賞した歌手のジュディ・オングさんの版画の先生としても知られる井上さんのテーマは「花」。個展でも板画院展でも、胡蝶蘭や罌粟、カーラーなど、黒墨単色刷りで大胆な力強い作品が存在を示している。
ウィリアム・モリスによるヤグルマギクの図
井上さんが企画した、日本板画院を創立して初代代表となった棟方志功さんをはじめとする創立期メンバーの足跡を紹介したコーナーが面白かった。
企画した井上さんの熱意と行動力が実を結んで、とても見ごたえがある。
美術館を出て、谷中から根津へ。
去年出演したTBSドラマ『居酒屋もへじ』の舞台となった地域。撮影前の春に、演技の参考に訪れてぐるぐる歩きして以来だ。
路地のあちこちに『もへじ』の雰囲気が漂っていて、登場人物、共演者の面影が浮かんでくる。現実に虚構が重なっているのか、虚構に重なって現実が見えているのか、自分でも分からない不思議な感覚。
緑が美しく茂っている日本画の巨星横山大観の旧居「横山大観記念館」の門内をちょっと覗かせてもらって一息ついてから、不忍の池の南東角へ。ここで不忍通りを渡って、うなぎの老舗「伊豆栄」を目指した
『居酒屋もへじ』の僕の役は、常連客のフジモト。で、仕事はうなぎ職人。
役がうなぎ屋と決まって、うなぎのさばき方や焼き方、職人のタイプなどを調べ、仕上げにうなぎを食べ歩く実習をした。
それ以後、上野のうなぎ屋の話をすると耳にする「伊豆栄」の名前。僕はまだ行ってなかったから気になって仕方のない店名だった。
それで、上野に来たこの日がチャンスと、「伊豆栄」を目指したのだった。
不忍池を一望する7階ラウンジから青い瓦屋根の弁天堂などを眺めていると、うな重が運ばれてきた。
蒲焼きのいーい香りが鼻腔をくすぐりながら胃袋へ直行 ! ンもう、たまりませんッ!
うーむゥ、・・・んまい! 本当に、んまい! うなってしまった!
店から出てきてのこの顔。うなぎをつかんでいるフジモトの顔になっている (苦笑)
輝 ☆彡 2012.6.30
梅雨入り
昨日梅雨に入ったばかりだけど、今朝は晴れた!
素直に嬉しいと喜び、この1週間でぐんぐん蕾をふくらませたクチナシの鉢に水やりをしながら、今日予約して上っている人たちは喜んでいるなぁと、くっきりとそびえているスカイツリーを眺めた。
2週間前、自動車が故障し、いっそ買い替えようとディーラーに行った帰りに見上げた空が快晴だったので、そのまま自転車でスカイツリーを目指した。
運河沿いに作られた自転車も通れる遊歩デッキを川風に吹かれながら、途中緑したたる広い公園での一休みも入れて30分でスカイツリーの足もとの商店街に着いた。
うわぁ〜〜ァッ!
大きい!
高ァァ〜い!
想像以上の存在感。
こんな凄いものを作った人間の想像力と、完成させた技術者のワザに、ただただ感心した。
スカイツリーに上る入場券は持っていないものの近くで見るだけでも見たい。矢張りそんな人が多いらしく、人の波が途切れることなく続いていて、そのまま下のショッピングとレストランの商業施設「東京ソラマチ」に吸い込まれていく。
平日でも20万人が訪れたというから、この日曜日は40万人? テナントを結ぶ通路は暮のアメ横のような混み具合で、呼び込みの大声がこだまして耳が痛くなるほど。
押上駅に近いEast Yard 30階31階は「ソラマチダイニングスカイツリービュー」という名のステキに洒落たスペシャルレストラン街。スカイツリー入場券を持っていない人にはゼッタイお薦めの場所。
店に入らないと見えない眺めもあるけど、スカイツリー側に面した「BEER&PUB SUPER"DRY"」は窓際への出入りが自由で、飲めない人にも嬉しいありがたいパブ。また、エレベーターホールからも広々とした開放的な眺めを十分に楽しめる。
「BEER&PUB SUPER"DRY"」の窓際から見下ろした西側の眺め
今日の予報通りに夕方から曇ってきて雨、それも本格的に強い雨になって、当分は雨の日が続きそう。
梅雨が明けたら快晴の日を狙ってスカイツリーの当日券売場を目指す積もりでいる。
輝 ☆彡 2012.6.10
上を向いて・・・! !
今年は福島・三春の滝桜にも多くの花見客があって、滝のように流れる枝垂れ桜を見上げたという。滝桜は喜んだに違いない。良かった
! !
この写真は2007年4月20日撮影。ニュースで見た今年の桜も枝ぶりはこの年とほぼ同じだった。
21日にはわが家の玄関前の廊下に折畳み椅子を持ちだして金環日食を仰ぎ見る。
あいにくの曇り空と言われたが、フィルター代わりの程よい曇り空。写真も上手く撮れた。 東京では過去の173年と次に見られる300年後の間の今年となったそうな。
22日は雨天オープニングになってしまって待ちに待った人たちに同情した、東京スカイツリー開業。
23日は晴れやかな2日目のスカイツリーを見上げた。
夜には、展望台で写真を撮っているストロボの光が見えた。宝石をちりばめたような東京の夜景を見て、入館者はどんなに感激していることだろうか。
スカイツリーに隣接する商業施設東京ソラマチ31階には、僕の故郷山形県庄内地方の食を広めているイタリアレストラン「アル・ケッチァーノ」のオーナーシェフ奥田政行さんがプロデュースする「ラ・ソラシド フードリレーションレストラン」もオープンした。
その「アル・ケッチァーノ」の直営店で、銀座1丁目の山形県物産館2階にあるレストラン「ヤマガタサンダンデロ」のオープン3周年記念ランチが先月30日にあって、奥田シェフが腕をふるった新鮮な庄内の春の味を楽しんだ。
定評のある高畠ワイナリーのシャンパン(スパークリングワイン)がまた美味い。そんなに飲んだ訳でもないのに、昼酒は心地良く、回る。
奥田シェフとは1年ぶりの再開で、スペインでの世界料理大会のことやマドリード料理のコシードのことなどを楽しく話した。
5月4日は大事な記念日で、羽黒山参拝の日。
小学生の頃からもう何十回も登ってきた羽黒修験の霊山。
月山寄りの自動車道入口近くにある羽黒山荒澤寺を初めて訪ねた。
ここは羽黒山奧之院で羽黒山修験の根本道場。雪の残る境内には「是より女人禁制」の大きな石碑が建っていて、霊気を感じる。
山形から帰ってきたら、美しい文字の丁寧な手紙が届いていた。
35年前に仕事で知りあってお世話になり、以来何かにつけて応援していただいている神奈川在住の田北さんからの手紙だった。紹介させていただく。
前略 御免下さいませ。
“演劇界”四月号を読んでいて信じられない広告ページを見ました。
八月の帝国劇場
“ラ・マンチャの男”の上演広告??!
“ラ・マンチャの男”に何故、佐藤サンチョの名が無いのですか?
どうして? 信じられません。本当ですか? あのサンチョは佐藤さんのものです。前回までの十年余りのサンチョ、誰方も、サンチョは佐藤さんで納得し、専門家もお客様も賛成して下さっていると、私はいつも批評を読む度に嬉しく、有難く、幸せに思っていました。
若しかして理由はご健康上? スケジュール? これなら、心配ではありますが諦めます。
こんな手紙を差し上げるのは不躾、失礼かと存じますが伺わずにいられません。悲しいです。 (今度サンチョを演じられる)俳優さんはどの様な方ですか? 全く存じませんでした。余りに口惜しいので「私は観に行くぞ」とさえ思っています。良くない考えでしょうか。
四月二十八日
田 北
田北さん、そんなに心配していただき、そこまで言っていただき、役者冥利に尽きます。有難うございます。
僕がサンチョ役で出演しないことにこんなにも衝撃を受けられた方がいることを改めて知って、経緯をきちんと説明しないでいたことを反省しました。
僕が出演していた作品で、その後も公演はされているのに出演しなくなった作品は『マイ・フェア・レディ』や『屋根の上のヴァイオリン弾き』など、いくつもの作品があります。
次に出演する作品は「てるてる通信」やホームページなどで案内させていただきました。でも、出演しなくなった作品については、一々の案内や説明をしないでいました。
それでも今までは特に問題は無かったのですが
『ラ・マンチャの男』のサンチョについては、次の公演への出演を期待して皆さんが待って下さっていたのですね。
田北さんへの返信を兼ねて、『ラ・マンチャの男』を愛し、僕を応援してくださる皆さんに不出演の説明をさせていただきます。
2008年4月の『ラ・マンチャの男』帝劇公演に向けた稽古の時点ですでに、次回公演には僕はサンチョとして出演をしないことが決まっていました。後に「次からはイベントだから」との説明を聞きました。
『ラ・マンチャの男』という空前絶後の名作がイベントのダシにされる?! 僕は耳を疑ったが、その方針だと言われれば一介の俳優には言葉が無い訳で。
そう言えば、上演回数でギネスブックに載ることが夢だと聞いたことを思い出した。
上演回数を増やすイベントに、他の出演回数が話題になっては面白くないということもあるのでしょうか。
出演300回を目前にして2001年2月25の千秋楽がアルドンサ最後となった鳳蘭さんはカーテンコールで「300回は演じたかった
! 」と挨拶しました。僕はその言葉にツレちゃん(鳳蘭さん)の万感の思いを感じてドキッとしました。
(アルドン
サ= ALDON
ZA スペイン語では
ZAを
ザではなく
サと発音します。)
1965年にリチャード・カイリー主演でブロードウェイで初演された『ラ・マンチャの男』の舞台を観て感動した草笛光子さんが、東宝演劇部の総帥菊田一夫さんに「日本でもぜひ公演を!
」と強く働きかけて1969年に実現した日本初演。
初演の80回を草笛さんはアルドンサ役で浜木綿子さん、西尾恵美子さんとトリプルで演じられ、70年再演の名鉄ホール、日生劇場、73年日生劇場を単独で93回出演された。
草笛さんたちの熱い働きかけから始まった日本公演も、作品の評判は上がっても客の入りには中々結びつかなかったと聞きました。
89年の梅田コマ劇場公演から6年の間が空いた95年の青山劇場公演に、鳳蘭さん、カラスコ博士の浜畑賢吉さんと共に僕のサンチョ役出演となった。
ツレちゃんとの信書の場面は客席がドッと沸き上がるような笑いの渦に包まれた。そしてこの頃は入場者が増えて、客席は満杯続きだった。
オリジナル演出を引き継いで作品(舞台)作りに無理が無く仕上がりも客席の反応も上々のこの時期にサンチョとして出演できたことは、俳優人生で最も誇らしく嬉しいことです。
キャストが代わって、それに合わせてサンチョのキャラクター、台詞まで変えられた時には、『ラ・マンチャの男』という作品そのものが冒涜されているようで辛かった。
当然、以前のサンチョとは違う、精彩を欠く役柄になっているので、客席からは「体調でも悪いのか?」と思われたらしい。
それまでは公演のたびに初日には必ず観ていたが、もう『ラ・マンチャの男』にはさよならしたと言うお客さんの声を聞くのが哀しかった。
『ラ・マンチャの男』は、夢と現実、人間の生きる望みをテーマにして、想像力をかき立てる舞台のテクニックを駆使した実にスケールの大きなずしりと重みのあるエネルギー溢れる作品です。オリジナルの演出はそのように作っていました。
劇中でセルバンテスが語る「一番憎むべき狂気とは、あるがままの人生にただ折合いをつけてしまって、あるべき姿の為に戦わない事だ。」(森岩雄・高田蓉子共訳)はこの作品のテーマともいうべき大事なセリフで、僕自身大好きな言葉です。『ラ・マンチャの男』の、作品としての「あるべき姿」とは何かを求めながらサンチョを演じた13年間でした。
しかし、もう、一出演者としてベストを尽くすという演技だけの努力では、純粋に作品を愛して観に来て下さるお客さんに申し訳ない気がしていました。看板やパンダ見物のレベルで『ラ・マンチャの男』を見に来る人が多いのかなとも思い始めていたし、本番舞台の立ち回り中に立ち位置がいい加減になって、危ないなと感じることもあり、2008年4月30日の帝劇千秋楽でサンチョ484回を記録して僕の出演は終わりました。
今後は作品本来のそのパワーを持って、永く上演され愛され続けることを、この作品世界に生きた一人として切に願っています。
以上の説明で納得していただけましたでしょうか?
と言うわけで、健康上でもスケジュールの問題でもありません。
以前と同様というよりはそれ以上に、毎日のヴォーカル、週4,5日のトレーニングで体はピンピン、健康そのものです ! ギター弾き語りの練習も再開しています。ご安心ください。
これからも俳優として前向きに前進し続けます ! !
前を向いて、上を向いて ! !
輝 ☆彡 2012.5.26
幸せに幸せを
白木蓮がバトンタッチしたのは桜。
都電が通っていた専用敷が37年ほど前に「緑道公園」と呼ばれる散歩道に生まれ変わり、道の両側に高さ2メートルちょっとの細い桜の苗木が植えられた。
その桜が年ごとにぐんぐんと成長し、8,9年後には幹の直径が30センチを越えて枝も大きく伸び、道を覆うほどに広がった。400メートルの立派な桜並木になって、花のトンネルを歩き、その中で知人友人を招いて花見の宴をするのが毎年の春の楽しみになった。
今では幹の太さが一抱え以上。今年も先月末に開花し、無残に白木蓮を吹き散らした今月3日の台風並の暴風雨に耐えて6日には満開になった。
今年は、ことに花枝が密で、ボリュームのある桜並木だ。
家のベランダからはこの桜並木を一望できるので、縁台に腰かけて朝夕ゆったりと眺めるのが楽しみになっている。
先週、植木鉢へ水やりをした後に桜並木を眺めていると、その緑道に平行して1ブロックマンション寄りの道から子供の弾んだ声が聞こえて来た。
手すりから身を乗りだして道を見下ろすと、グレーのスーツ姿の母親を真ん中に、右にぴかぴかのランドセルを背負った男の子、左にその妹と思われるやはり晴れ着姿の女の子。3人が手をつないで足取り軽く歩いている。この先400メートルには区立の小学校がある。
特に男の子が、まるで野に放たれたばかりの小馬のように、ぴょんぴょぴょんぴょんぴょぴょんとスキップしながらお母さんと妹を引っ張って進む。声の主はこの子。小学校に入学する喜びの大きさが、後ろ姿全体にあふれている。
表情は見えないが、母親も息子の喜ぶ様子をどんなに嬉しく思っているだろう。小さな妹も、兄の晴れ姿をどんなに誇らしく思っているだろう。
そんなことを想像させてくれた3人の幸せな後ろ姿を小学校に着くまで見送った。スキップは休むことなく、学校に着くまで続いた。
この子の人生とこの家族に、このような幸せの喜びがいくつもありますように !
僕はとても幸せな気持ちになって、涙がにじんだ。
特に見事な今年の桜は天気にも恵まれて9日には暖かな夜風を気持ち良く受けながら飾り提灯に照らされた夜桜を楽しみ、翌日は時折散る花びらを受けながらゆったりと散歩した。
昼に撮ったビデオを再生して意外だったのはヒヨドリなど小鳥の囀りがたくさん入っていたこと。
例年の冬ならベランダの竹林に10羽ほどの雀が毎日遊びに来て賑やかに囀っていたのに、今年は1羽も訪れず、放射能の影響があったのかと不安に思っていたが、すぐ近くのこの緑道公園にこんなにも野鳥がいたことに驚き、安心した。と同時に、自分がその囀りに気付かずにいたことが少なからずショックだった。
斑入りの椿「日暮」
ベランダの鉢植え椿は、侘助、舘椿に続いて紅色大輪のバーバラクラークが先週から咲き、11日には斑入りの「日暮」も咲きだした。さながら椿の園の春のベランダ。
花吹雪 身にまといゆく 女かな 輝
輝 ☆彡 2012.4.14
花咲け! 華やげ!
いつのまにか山茶花(サザンカ)が散り終えたと思っていたらバトンタッチしたように「侘助(わびすけ)」がピンクの花を咲かせて今が盛り。楚々と咲く姿の可憐さと名前に魅かれて買った椿でこれは茶花として用いられる。
トレーニングに通っている木場のギャザリアの敷地にも和洋様々な植え込みがあって、駐車場そばの「梅見門」のあたりには白梅紅梅が盛りだった。数日前からは沈丁花も咲きだした。
桜の開花予想日が31日と発表されていたもののまだまだそんな陽気にはほど遠い感じがしていて、それよりは遅れるんじゃないかと思っていた3日前の快晴の朝、バルコニーから眺めた桜並木の緑道にひときわ白くポツポツと白木蓮が咲きはじめていた。
これで厳しく永かった今年の寒さがようやく終わると喜んだ。
そして昨日の昼の暖かさが効いたのか、今日は辛夷(こぶし)も咲きだして白木蓮は一気に満開 !
秋に予定されている講演の仕事の準備と墓参りを兼ねて、先週、山形に帰省した。
内陸部の山形市や天童市でも屋敷内に雪が積もったままの家が多く、深夜に車で着くと直ぐに駐車スペースの雪かきで汗をかいた。
日本海沿いの、僕が生まれ育った庄内平野も山に近いところは真っ白な冬景色。
暖かな空気が流れてきたのか雪の原に靄がかかる。
庄内平野のスーパー農道を北上。雪原に靄が立つ。
地を這うように吹きつける日本海からの強い西風には時折雪が混じってブリザードになり、道を横切るように小さな雪の吹き山(吹きだまり)がいくつもできていて自動車がバウンドする。
庄内地方は美味しいラーメン屋が多く「庄内ラーメン街道」として知られる。庄内町の川村食堂で子供時代からの懐かしい味「中華そば」を久しぶりに食べる。
庄内町立余目第一小学校正門横に立つ「人学ばざれば道を知らず」の力強い文字の石碑。揮毫は、母校酒田東高校の教師で余目在住の書道家だった佐藤耐雪先生。
雪の消えた田んぼでは落ち穂などの餌をあさる白鳥の群れ。北帰行に備えて最後の体力作りだ。
深川集落の西外れにある推定樹齢450年の古木「深川のツキ」。この西側には広大な圃場が広がり、その吹きッさらしの真ん中にポツンと金沼の飛龍伝説が伝わる金沼神社がたっている。
神社の裏には金沼の名残か、いかにも伝説の龍が棲んでいそうな古沼が静かに横たわる。(ううぅッ、寒いッ!)
冷えた体には美味しい料理が一番。隣接する酒田市にある今話題のフレンチレストラン「Nico 二コ」で初めて食事。地元の新鮮食材を生かしたメニューが人気。これは庄内豚、ボリュームたっぷりでうまぁい!
僕が生まれた67年前の3月10日のことを、当時旧制中学生だった長兄と小学2年だった兄は、軒先まで届くほどの雪が積もって電線をまたいで歩くほどの大雪だったと、思い出が尽きなかった。
蔵王山を遠望する上山市(歌人斎藤茂吉さんの故郷)でも雪をかき分けて墓参り。そのあと、近くの「原口そば」で打ち立てそばとそばがきをいただく。香りと歯ごたえ、のど越しが良く、そばのうま味が口中にほうぅっと広がる。ごま味で食べたそばがきはふわふわの食感が楽しい。漬物どころ山形、山盛りの白菜の漬物も、うまい
! この農家の居間で食べる雰囲気も嬉しく、訪ねるたびに感激を新たにする山形そばの一軒。
東京に帰ってみると、生家ではまだ咲いていなかった薮椿がバルコニーで鮮紅の花を咲かせていた。
これは生家の庭の木からこぼれ落ちた種が芽を出して成長した実生苗(のっこ)を34年前に鉢植えにした椿で、生家のある地名を付けて「舘椿(たてつばき)」と呼び大事に育てている一鉢。
この鮮やかな紅色が、心浮き立つ春の間近いことを教えてくれる。だからことに大好きな花だ。
人華やぎ、命輝く季節、春だ !
花咲け! 華やげ! 人も大地も! 命あるものすべて!
苦しみの冬を乗り越えた東北地方にも、間もなく春はやって来る。
輝 ☆彡 2012.3.29
ありがとう ! 淡島千景さん
大女優、淡島千景さんが亡くなられた。
自分だけが目立ち、話題の中心になることが一番で、わき役が目立つことを嫌うスターが多い中で、淡島千景さんは本当の意味で大女優、大スターだった。
周りには優しいのに自分には厳しい。
2009年11月から12月に全国公演をした『おしん 少女編』で初めてご一緒した。
その稽古初日、酒田の米問屋加賀屋の大奥様くに役の淡島さんは、難しい庄内弁(酒田弁)をほぼ完全にマスターして、セリフを入れて(覚えて)いた。それも、稽古入り直前まで体調不良の女優さんの代役を急遽引き受けていた時期にだった。
稽古が終わってからも稽古場に居残り、方言指導の担当者に何度も何度もイントネーションとアクセントの確認を繰り返していた。
それは、高いレベルを求めて自分に妥協しない、大女優の確固とした存在感を裏付ける、俳優としての丁寧な役作りの作業だった。
その姿は、後光が射しているように崇高に見えた。
僕は、これからの俳優としての生き方の最高のお手本を見せていただいた。
淡島さんの大奥様くに役は観客を感動させ、地元酒田の観客からは「あの存在感だば凄いもんだけのう。気品と貫録があって優しくて、奇麗な酒田弁だっけのう
! 」という感嘆の声が異口同音に何人からも聞かれた。
その酒田には僕の出身高校があり、地元の同期生から花束を贈呈したいと申し出があった。市や商工会議所、経済連などの協力もあってメインの出演者11人に贈呈されることになった。
淡島さんが僕を呼んでそのカーテンコールの段取りを付けてくれたが、地元出身者としての僕の挨拶には「時間がないからとか遠慮しないで、言いたいことは全部言うのよ
! 」と励まして下さった。
ご自身を脇に置いて言えた言葉、大きな自信があればこそ言えた励ましの言葉だった。
あの翌日の盛岡での千秋楽を最後に、ふたたびお会いしてご挨拶する機会もなかった。
思いがけなかった昨16日の訃報。
またお会いした時にきちんとお礼を申し上げようと思っていたのに、その機会は永遠に失われてしまった。
前向きに、崇高に、気高く芸に向かわれた熱いエネルギーも、病には打ち克つことができなかったのか。
でも、その生き方、生きる姿は僕にとって俳優の鑑でした。俳優としての精神をいただきました。大切な心の宝です。
淡島千景さん、ありがとうございました。
ご冥福をお祈り申し上げます。 合掌
輝 ☆彡 2012.2.17
からっ風、関八州を一望に !
その日の朝に東京湾に開通したばかりの東京ゲートブリッジを、12日午後に渡った。
自宅から自転車で40分ほど。これが良かった。
湾岸道路からゲートブリッジに向かう道に入ると、自動車がびっしりと並んでいて大渋滞。
開通を待ちわびた人たちが、江東区の若洲キャンプ場側のエレベーター前に朝から長い列を作ったそうだが、午後には10分も待たずに30メートル上がって橋上の歩道に出ることができた。
「帽子を風で吹き飛ばされないように !」と警備員が注意している。
快晴の東京湾をぐるっと360度、広々と素晴らし眺めだ。気分爽快 !
間近な東京ディズニーランド、東京スカイツリーはもちろん、遠く筑波山、日光男体山、上越国境の山並み、多摩の山々、それに富士山などを見渡すことができる。
橋の中心部に向かってゆるゆると登る。
60メートルほどの高さになったころ、急に風が吹き始めて、うわァ ! 寒い !
カメラを持つ手も凍えて震えるほどに。
ここでUターンすることにした。
若洲キャンプ場にもどって自動販売機で買ったホット缶コーヒーのあったかいこと、美味いこと !
砂町南運河にかかる橋から、富士山の眺め。
輝 ☆彡 2012.2.17
■2012年2月 佐藤 輝 出演
NHKラジオ FM放送
ラジオドラマ 青春アドベンチャー『魔術師』
2月6日(月)〜2月10日(金) 22:45〜23:00(1-5回)
2月13日(月)〜2月17日(金) 22:45〜23:00(6-10回)
月曜日〜金曜日 22時45分〜23時 全10回放送
原作 : 江戸川乱歩 脚色 : 芳崎洋子 演出 : 江澤俊彦
【主な出演者】
篠井英介(明智小五郎) 橋爪 功(魔術師) 粟田 麗(文代) 春日井静奈(妙子)
冷泉公裕(語り) 佐藤 輝(波越警部)
左端の脚色・芳崎洋子さん、その右奥演出・江澤俊彦さん、語り・冷泉公裕さん、
佐藤 輝、篠井英介さん、マイクをはさんで橋爪 功さん。出演者の皆さんと。
2010年に放送された江戸川乱歩原作『黄金仮面』に引き続いて、佐藤 輝が名探偵「明智小五郎」の相棒「波越警部」役で出演します。お楽しみください。
あらすじ
昭和初期。東京の資産家、福田得二郎のもとに脅迫とも犯行予告ともとれるメモが
毎日届けられた。恐怖を感じた福田氏は、警察に捜査を求める。
難事件と直感した警視庁の鬼警部・浪越は、信州で休暇中の明智小五郎に
急いで東京へ帰るよう電話で頼みこんだ。そして明智は帰京したのだが。
名探偵・明智小五郎と恐怖の"魔術師"との手に汗握る攻防が繰り返され、
背筋も凍る事件の発端が明かされる。
果たして、この事件の結末は?
NHKラジオ放送は
インターネットでも聴くことが出来ます。
電波状態に影響されないので、クリアに音の広がりを楽しめます。
NHKネットラジオ
『らじる★らじる』
http://www3.nhk.or.jp/netradio/player/
このページの(FM)を選んでお聞き下さい。
雪と歌と
今日も冷え込んだ。
23日から24日未明にかけて降った雪がまだ日陰に残っていて、ただでさえ冷たい風を更に冷たく感じさせている。自転車のハンドルを握る手も凍える。
東京の積雪は4センチだったのに、人も自動車も滑って滑ってけが人と事故が続発していた。
テレビカメラはその様子を予知して待っていたかのように、タイミング良く撮っている。不謹慎だが、つい笑ってしまった。
去年暮から覚えなければならない歌があったので正月は帰省せず、一段落がついた6日深夜に車で快晴の東京を発った。
東北自動車道に雪はなかった。が、宮城県の村田JCTで山形道に入ったとたんに積雪 !
未明に着いた帰省先では、まず駐車スペースの雪かきで一仕事。汗をかいた。
雪道では、急ブレーキと急ハンドルは絶対ダメ! !
そうしないでコントロールできる速度で走るのが基本。スリップしそうな道は、ギアを2NDに入れてタイヤで雪をなだめるようにゆっくりゆっくり走れば安全に走れる。
秋の終りの帰省時に、いつも山形でタイヤをノーマルからスタッドレスに履き替えている。だから今回も助かった。
山形はこんな積雪だった。骨組みの中の果樹はサクランボ・佐藤錦。
帰省中も歌の練習。来年に向かってステップアップの新たなトライ!
夜8時にはもう門灯も消えて静かになってしまう住宅街では、聞きなれないメロディーと歌詞の大きな歌声に、隣近所は連日びっくりしたことだろうが、俳優の僕にとっては大事な仕事だ。
息抜きの楽しみは美味しい食事。
山形の冬の味覚、日本海で捕れた真鱈の白子。
天童市のビストロ「パ・マル」でこの季節一番人気だというオーナーシェフ結城優輔さんオリジナルの「菊ワタのカリカリ焼き」。もう、絶品
! ! うん、一番人気に大納得。
パリパリに揚げた細切りポテトのサクサク感の次にほんわりとろとろの白子の味わい深いコクが口中に広がってノド奥に下りていく時の、幸福感!
言葉に表せない、快感 ! しあわせだ !
オーナーシェフ結城優輔さんと
鹿肉、フォアグラ、豚肉のパテ。白鷹産馬肉のカルパッチョ。
今回も、食べた料理どれもが文句無くうまかった。
結城シェフの創作意欲は絶え間なく燃え上がっている。
輝 ☆彡 2012.1.26
大寒、カヴァ、ドンガラ汁
冬、真っ盛り。今日は大寒。
18日の夜遅くに、今年初めての酒を飲んだ。
去年12月も後半はクリスマスイブの乾杯だけだったから、ウ〜ンッ、んまい !
酒はスパークリング・ワインのカヴァ。フランスのシャンパンに引けを取らない、のど越しすっきりのスペインの酒。
細いシャンパングラスを筋になって立ち昇る小さな気泡の動きを目で楽しみながら、7回のスペイン旅行の先々で飲んだバルなどを思い出し、またその日に歌ったパフォーマンスが来年の新しい仕事へと発展してくれる期待をふくらませた。
ミュージカルで歌われる曲は、ただ耳で聞く分には聞きやすく覚えやすそうに思えても、実際にメロディーを体に入れようとすると音のつながりとリズムの取り方が難しく苦労することが多い。
それを克服するには、僕は、とにかく回数多く声に出して連続して歌う。
またさらに、曲を体にしみ込ませるためにも回数多く声に出して歌う。
そのうちに気が付くと、あの難しかった曲が、体から意識をしないであふれ出てくる!
もうこうなれば作曲者の手を離れて自分の歌になったと言えるが、この回数多く声に出して歌う時の一番の障害は声の不調。
今回挑んだ曲も苦労した。だからその曲を歌うと決まってからはパフォーマンスが終わるまで、咽喉の調子最優先の体調管理に徹してアルコールを控えた。
体調管理が功を奏してか、思いっきり歌ったパフォーマンスは自分が思った以上の出来だったようで、嬉しい評を聞くことができた。
この好評がぜひ来年に実を結んで欲しいと希望をふくらませた、んまいカヴァだった。
翌19日、前日に歌った歌の復習をして、更に新しい曲の耳慣らしをしていると、思いがけずピンポーン!
白いトロ箱に入った日本海の寒鱈が故郷・山形の庄内から届いた、岩のりも入って ! ! !
夜は早速、庄内の冬の味覚「ドンガラ汁」を、文字通り鱈腹食って体がぽかぽかに。
寒い夜にはうってつけのうまさだ。
吹雪の日本海で獲れた真鱈はまるまると肥えていて栄養満点。そのアラや白子をぶつ切りにして、豆腐、ネギと一緒に酒粕と味噌仕立ての汁にしたのが「ドンガラ汁」。ごった煮にすることによって鱈のうまみが増幅されてこくが出る。上に黒光りする岩のりを散らす。
庄内地方の酒田市や鶴岡市ではこの時期、大々的に「寒鱈まつり」や「ドンガラまつり」が催されて、はしごをして何杯もおかわりをする人もいるほど、庄内人には欠かせない味。
寒鱈を送ってくれた兄に電話すると「今年は雪が多くてのう、道は除雪されているけど、一歩外れると80センチの積雪」だと言う。
雪深い故郷に暮らす兄と、荒波にもまれながら寒鱈漁をしている漁師さんの姿を思いながら、温まった体をベッドに丸めた。
輝 ☆彡 2012.1.21
2012年
明けましておめでとうございます ! !
みんなで歯を食いしばって乗り越えた2011年。
1000年後の人たちが安心して生きられるよう、2012年を夢と希望をはぐくむ新たな出発の年にしましょう ! !
皆さまのご健康をお祈りいたします。
正月夜間照明の東京スカイツリー
もちろん、僕も頑張ります。
今年も皆さまの温かな応援をよろしくお願いいたします ! !
輝 ☆彡 2012.1.1